血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
1,114 / 1,268
第43話

(17)

しおりを挟む
 一方の南郷は、生まれは本人が語っている通りだとして、居場所を求めて這い上がり、今は総和会内で守光の隠し子ではないかと噂されるほどの側近となった。そして和彦は、英俊とは違う道を歩むよう言われ、医者としての人生を送ると同時に、佐伯家の異物として在り続けるはずだった。それがなぜか長嶺の男たちのオンナとなり、佐伯家の脅威となった。
 南郷にどんな思惑があって、こんな話をしたのかは不明だが、和彦は警戒を強くする。
 もし自分と南郷に重ねる部分があったとしても、親しみは感じない。そう心の中で誓って、椀を手に和彦は席を立った。南郷は、さすがにあとを追いかけてはこなかった。


 別荘に戻った和彦を出迎えた吾川が、おやっ、という顔する。
「どうかされましたか、佐伯先生。顔が赤いですが」
 長靴を脱いだ和彦は、反射的に自分の顔に触れる。実は車中でずっと、顔どころか体も熱くなって気になっていたのだ。暖房が効きすぎていたのだろうかとも思ったが、そうではない。和彦のあとから玄関に入ってきた南郷が、答えを口にした。
「イノシシの肉を食ったせいだろうな。滋養が高いから、身が燃えてるんだろ」
「……体が温まるって、そういう意味ですか」
「たっぷり分けてもらってきたから、晩メシは肉パーティーだな。シカの肉もあるぞ、先生」
 ちらりと笑みを浮かべた吾川がすぐに表情を隠し、こう切り出してきた。
「少し早いですが、昼食を召し上がりませんか? そのあと、会長がお話があるそうですから」
 いよいよかと、反射的に和彦は背筋を伸ばす。
「いえ……、お腹は空いていないので。今からでも、会長のお部屋にうかがっても大丈夫ですか?」
「では、少々お待ちください。お茶を淹れてきますから、一緒に参りましょう」
 吾川がキッチンに向かい、和彦はその後ろ姿を見送ったあと、急に手持ち無沙汰となる。ダウンジャケットを部屋に持って行こうかと逡巡していると、南郷が片手を突き出してきた。
「ジャケットを部屋に持って上がっておく」
 ここは素直にお願いし、茶器とおしぼりの載った盆を手に戻ってきた吾川と共に、守光の部屋へと向かう。
 廊下の一番奥の部屋だが、和彦はまだ入ったことはなかった。過去にこの別荘を訪れたときには、鍵がかかっていたからだ。
 総和会が所有する別荘ということで、説明がなくとも漠然と事情は察し、さぞかし特別な設えの部屋なのだろうと想像はしていたが――。
 吾川に言われるまま先に部屋に入ると、まるで旅館の客間のような小さな玄関があり、そこでスリッパを脱ぐ。こんなところからすでに、二階の客間とは造りが違うのだなと、緊張とは裏腹に、和彦は妙に冷静に観察していた。
 襖を開けると、八畳ほどの広さの和室があり、コタツに入った守光といきなり目が合った。
「――外は寒かっただろう、先生。さあ、早くコタツに入りなさい」
 ゆったりとした笑みを浮かべた守光に手招きされ、和彦はおずおずと向かいに座る。すぐに吾川がお茶を淹れ始めた。
 おしぼりで手を拭きながら、不躾でない程度に室内を見回す。質の良さそうな調度品がさりげなく置かれた光景は、総和会本部の守光の居室とまったく同じだ。ただこの部屋には大きな窓があり、柵に囲まれてはいるがテラスにも出られるようになっていて、いくぶん開放感があった。
 二人の前にお茶を出し、静かに頭を下げて吾川が部屋を辞す。間を置かず、守光が本題に入った。
「あんたが心配しているのは、賢吾が言い出した、長嶺組が総和会での活動を休止するという件だろう」
 本来は、総和会本部に出向いて、和彦から切り出すつもりだった。守光は予想していたからこそ、わざわざこの場所を選んだことになる。側近の南郷に事前に準備をさせてまで。
 なぜ、と、昨夜から何度繰り返したかわからない疑問が、また脳裏を過った。
「……あえて、吾川さんから、ぼくの耳に入るようにしたのですか?」
「わしはよほど、あんたから謀略家だと思われているようだ」
 守光が珍しく苦笑を浮かべたが、和彦は顔を強張らせたまま、じっと見つめる。
「――早急に、あんたと二人で会う必要があった。だが、わしから直接連絡し、賢吾のことを話したとして、あんたは本部に足を運ぶ気になったかね? 賢吾に冷静になるよう諭しながらも、もう決めたことだと言われれば、それ以上の行動は取らなかっただろう。あんたは、賢吾に甘い。何より、力を持つ男に逆らえない。だから吾川を通した。わしに話を聞きに行くという口実を、あんたに与えたんだ。そして長嶺組からの横槍を避けるため、こうして別荘に移動してきた」
 今度は和彦が苦笑する番だった。
「失礼ですが、やっぱりあなたは、謀略家だと思います」

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

処理中です...