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第43話
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一方の南郷は、生まれは本人が語っている通りだとして、居場所を求めて這い上がり、今は総和会内で守光の隠し子ではないかと噂されるほどの側近となった。そして和彦は、英俊とは違う道を歩むよう言われ、医者としての人生を送ると同時に、佐伯家の異物として在り続けるはずだった。それがなぜか長嶺の男たちのオンナとなり、佐伯家の脅威となった。
南郷にどんな思惑があって、こんな話をしたのかは不明だが、和彦は警戒を強くする。
もし自分と南郷に重ねる部分があったとしても、親しみは感じない。そう心の中で誓って、椀を手に和彦は席を立った。南郷は、さすがにあとを追いかけてはこなかった。
別荘に戻った和彦を出迎えた吾川が、おやっ、という顔する。
「どうかされましたか、佐伯先生。顔が赤いですが」
長靴を脱いだ和彦は、反射的に自分の顔に触れる。実は車中でずっと、顔どころか体も熱くなって気になっていたのだ。暖房が効きすぎていたのだろうかとも思ったが、そうではない。和彦のあとから玄関に入ってきた南郷が、答えを口にした。
「イノシシの肉を食ったせいだろうな。滋養が高いから、身が燃えてるんだろ」
「……体が温まるって、そういう意味ですか」
「たっぷり分けてもらってきたから、晩メシは肉パーティーだな。シカの肉もあるぞ、先生」
ちらりと笑みを浮かべた吾川がすぐに表情を隠し、こう切り出してきた。
「少し早いですが、昼食を召し上がりませんか? そのあと、会長がお話があるそうですから」
いよいよかと、反射的に和彦は背筋を伸ばす。
「いえ……、お腹は空いていないので。今からでも、会長のお部屋にうかがっても大丈夫ですか?」
「では、少々お待ちください。お茶を淹れてきますから、一緒に参りましょう」
吾川がキッチンに向かい、和彦はその後ろ姿を見送ったあと、急に手持ち無沙汰となる。ダウンジャケットを部屋に持って行こうかと逡巡していると、南郷が片手を突き出してきた。
「ジャケットを部屋に持って上がっておく」
ここは素直にお願いし、茶器とおしぼりの載った盆を手に戻ってきた吾川と共に、守光の部屋へと向かう。
廊下の一番奥の部屋だが、和彦はまだ入ったことはなかった。過去にこの別荘を訪れたときには、鍵がかかっていたからだ。
総和会が所有する別荘ということで、説明がなくとも漠然と事情は察し、さぞかし特別な設えの部屋なのだろうと想像はしていたが――。
吾川に言われるまま先に部屋に入ると、まるで旅館の客間のような小さな玄関があり、そこでスリッパを脱ぐ。こんなところからすでに、二階の客間とは造りが違うのだなと、緊張とは裏腹に、和彦は妙に冷静に観察していた。
襖を開けると、八畳ほどの広さの和室があり、コタツに入った守光といきなり目が合った。
「――外は寒かっただろう、先生。さあ、早くコタツに入りなさい」
ゆったりとした笑みを浮かべた守光に手招きされ、和彦はおずおずと向かいに座る。すぐに吾川がお茶を淹れ始めた。
おしぼりで手を拭きながら、不躾でない程度に室内を見回す。質の良さそうな調度品がさりげなく置かれた光景は、総和会本部の守光の居室とまったく同じだ。ただこの部屋には大きな窓があり、柵に囲まれてはいるがテラスにも出られるようになっていて、いくぶん開放感があった。
二人の前にお茶を出し、静かに頭を下げて吾川が部屋を辞す。間を置かず、守光が本題に入った。
「あんたが心配しているのは、賢吾が言い出した、長嶺組が総和会での活動を休止するという件だろう」
本来は、総和会本部に出向いて、和彦から切り出すつもりだった。守光は予想していたからこそ、わざわざこの場所を選んだことになる。側近の南郷に事前に準備をさせてまで。
なぜ、と、昨夜から何度繰り返したかわからない疑問が、また脳裏を過った。
「……あえて、吾川さんから、ぼくの耳に入るようにしたのですか?」
「わしはよほど、あんたから謀略家だと思われているようだ」
守光が珍しく苦笑を浮かべたが、和彦は顔を強張らせたまま、じっと見つめる。
「――早急に、あんたと二人で会う必要があった。だが、わしから直接連絡し、賢吾のことを話したとして、あんたは本部に足を運ぶ気になったかね? 賢吾に冷静になるよう諭しながらも、もう決めたことだと言われれば、それ以上の行動は取らなかっただろう。あんたは、賢吾に甘い。何より、力を持つ男に逆らえない。だから吾川を通した。わしに話を聞きに行くという口実を、あんたに与えたんだ。そして長嶺組からの横槍を避けるため、こうして別荘に移動してきた」
今度は和彦が苦笑する番だった。
「失礼ですが、やっぱりあなたは、謀略家だと思います」
南郷にどんな思惑があって、こんな話をしたのかは不明だが、和彦は警戒を強くする。
もし自分と南郷に重ねる部分があったとしても、親しみは感じない。そう心の中で誓って、椀を手に和彦は席を立った。南郷は、さすがにあとを追いかけてはこなかった。
別荘に戻った和彦を出迎えた吾川が、おやっ、という顔する。
「どうかされましたか、佐伯先生。顔が赤いですが」
長靴を脱いだ和彦は、反射的に自分の顔に触れる。実は車中でずっと、顔どころか体も熱くなって気になっていたのだ。暖房が効きすぎていたのだろうかとも思ったが、そうではない。和彦のあとから玄関に入ってきた南郷が、答えを口にした。
「イノシシの肉を食ったせいだろうな。滋養が高いから、身が燃えてるんだろ」
「……体が温まるって、そういう意味ですか」
「たっぷり分けてもらってきたから、晩メシは肉パーティーだな。シカの肉もあるぞ、先生」
ちらりと笑みを浮かべた吾川がすぐに表情を隠し、こう切り出してきた。
「少し早いですが、昼食を召し上がりませんか? そのあと、会長がお話があるそうですから」
いよいよかと、反射的に和彦は背筋を伸ばす。
「いえ……、お腹は空いていないので。今からでも、会長のお部屋にうかがっても大丈夫ですか?」
「では、少々お待ちください。お茶を淹れてきますから、一緒に参りましょう」
吾川がキッチンに向かい、和彦はその後ろ姿を見送ったあと、急に手持ち無沙汰となる。ダウンジャケットを部屋に持って行こうかと逡巡していると、南郷が片手を突き出してきた。
「ジャケットを部屋に持って上がっておく」
ここは素直にお願いし、茶器とおしぼりの載った盆を手に戻ってきた吾川と共に、守光の部屋へと向かう。
廊下の一番奥の部屋だが、和彦はまだ入ったことはなかった。過去にこの別荘を訪れたときには、鍵がかかっていたからだ。
総和会が所有する別荘ということで、説明がなくとも漠然と事情は察し、さぞかし特別な設えの部屋なのだろうと想像はしていたが――。
吾川に言われるまま先に部屋に入ると、まるで旅館の客間のような小さな玄関があり、そこでスリッパを脱ぐ。こんなところからすでに、二階の客間とは造りが違うのだなと、緊張とは裏腹に、和彦は妙に冷静に観察していた。
襖を開けると、八畳ほどの広さの和室があり、コタツに入った守光といきなり目が合った。
「――外は寒かっただろう、先生。さあ、早くコタツに入りなさい」
ゆったりとした笑みを浮かべた守光に手招きされ、和彦はおずおずと向かいに座る。すぐに吾川がお茶を淹れ始めた。
おしぼりで手を拭きながら、不躾でない程度に室内を見回す。質の良さそうな調度品がさりげなく置かれた光景は、総和会本部の守光の居室とまったく同じだ。ただこの部屋には大きな窓があり、柵に囲まれてはいるがテラスにも出られるようになっていて、いくぶん開放感があった。
二人の前にお茶を出し、静かに頭を下げて吾川が部屋を辞す。間を置かず、守光が本題に入った。
「あんたが心配しているのは、賢吾が言い出した、長嶺組が総和会での活動を休止するという件だろう」
本来は、総和会本部に出向いて、和彦から切り出すつもりだった。守光は予想していたからこそ、わざわざこの場所を選んだことになる。側近の南郷に事前に準備をさせてまで。
なぜ、と、昨夜から何度繰り返したかわからない疑問が、また脳裏を過った。
「……あえて、吾川さんから、ぼくの耳に入るようにしたのですか?」
「わしはよほど、あんたから謀略家だと思われているようだ」
守光が珍しく苦笑を浮かべたが、和彦は顔を強張らせたまま、じっと見つめる。
「――早急に、あんたと二人で会う必要があった。だが、わしから直接連絡し、賢吾のことを話したとして、あんたは本部に足を運ぶ気になったかね? 賢吾に冷静になるよう諭しながらも、もう決めたことだと言われれば、それ以上の行動は取らなかっただろう。あんたは、賢吾に甘い。何より、力を持つ男に逆らえない。だから吾川を通した。わしに話を聞きに行くという口実を、あんたに与えたんだ。そして長嶺組からの横槍を避けるため、こうして別荘に移動してきた」
今度は和彦が苦笑する番だった。
「失礼ですが、やっぱりあなたは、謀略家だと思います」
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