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第43話
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しおりを挟むひどい車酔いに苛まれながら和彦は、ウィンドーの外に目を向ける。とっくに日が落ちて辺りは闇に包まれてはいるものの、ぽつぽつと点在する街灯と、前後を走行する車のライトのおかげで、かろうじて周囲の景色を見ることはできる。
とはいっても、目に入るのは木々の影ぐらいで、それが巨大な生き物に見えてくるぐらいには、和彦は不安感に支配されていた。
どこに連れて行かれているのかは、すでにわかっている。ただ、なぜその場所なのかはわからない。
後部座席に並んで座る守光は、雪が見たくなったからだと言っていたが、そんな説明を和彦が信じるとは、端から思っていないだろう。和彦の理解と納得など、必要としていないのだ。ただおとなしく運ばれればいいと、それだけを求めている。
木の枝に積もった雪が風でハラハラと散る光景を、視界の隅に捉える。今は止んではいるが、この様子だと少し前までけっこうな勢いで降っていたのかもしれない。道全体が白く染まっている。ただ、運転は慎重ではあるが、移動が困難なほどの積雪にはまだなっていない。
前方を走っていた車が停止し、人が降りる。何をしているのかと見るまでもない。道を塞いでいたガードフェンスを移動させているのだ。和彦も知っている手順だった。
再び車は走り出したものの、それも長い時間ではなく、見覚えのある建物が見えてきた。先に到着している人間がいることを物語るように、駐車場だけではなく、玄関先も照明が灯っており、部屋の窓からも電気の明かりが見える。
総和会が所有している別荘だった。
かつて和彦は、この場所に二度訪れており、そのいずれも同行者は違っていた。前回は五月の連休中で、三田村と中嶋が。さらにその前は、年が明けたばかりの頃、賢吾と千尋が一緒だった。
そして今は――と、和彦はそっと隣の守光を見遣る。駐車場の照明の明かりを受け、一瞬守光の横顔に濃い陰影が浮かぶ。それによってひどく凶悪な相に見えてしまい、和彦は内心震え上がっていた。
ふっとこちらを見た守光が穏やかに微笑む。
「大丈夫かね。顔色が悪いようだが」
「……少し、車に酔って……」
「いきなり、長時間の移動につき合わせたせいだろう。腹も空いているんじゃないか」
今夜の移動はまさに強行軍と呼べるものだったかもしれない。途中、休憩も取ることなく、ひたすら車は走り続けたのだ。一応、和彦や守光にうかがいを立てることはあったが、守光が大丈夫と答えれば、和彦も同調せざるをえない。結局、到着するまでの間、一度も外の空気は吸えなかった。
車が玄関前に着けられ、外からドアが開けられる。守光に続いて車を降りた和彦は、あまりの寒さに肩を竦める。通勤で着ているコートは、防寒としてまるで役に立っていなかった。
足元のコンクリートに積もった雪はすっかり踏み固められ、分厚い氷のようになっている。滑っては大変だとばかりに、守光の傍らに、スッと男たちが寄り添った。和彦にも手が差し出されそうになったが、首を横に振って断る。このとき思い切り息を吸い込んだ拍子に、肺に冷気が突き刺さる。
激しく咳き込んでしまい、辺りを包む静謐ともいえる空気を切り裂いていた。自分がひどく不粋なことをしでかしたようで、和彦は必死に口元を手で覆って咳を抑えた。
「大丈夫ですか、先生」
気遣わしげに声をかけられ、平気だと応じる。もう一度咳をしてから、はあっ、と白い息を吐き出した和彦は、ようやく周囲に目を向けることができた。
辺りは威圧的ともいえる闇に包まれており、煌々と明かりの灯るこの別荘だけが、異質なもののように浮かび上がっている。ここはこんなに怖い場所だっただろうかと、和彦は自問していた。
いや、怖いのはこの場所ではなく、一緒にいる人物だ――。
肩越しに振り返っていた守光と目が合い、軽く頷かれる。
「早く中に入ろう、先生。風邪を引いては大変だ」
すでに足元から凍りつきそうで、守光に言われるまま建物へと入る。その途端に、暖められた空気に肌を撫でられた。
エントランスホールに立った和彦は軽い違和感を覚え、次の瞬間には、その理由がわかった。視界に入るリビングの絨毯やカーテンが替わっており、家具の位置も動かしたようだ。
前回訪れてから半年以上経っているというのに、案外はっきりと覚えているものだと、ぼうっと眺めていた和彦だが、部屋に案内すると言われて我に返る。咄嗟に守光に目を向けていた。
「あのっ……」
「今夜はもう遅いから、部屋でゆっくり休みなさい。要望があれば遠慮せず、うちの者に言えばいい」
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