血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
1,104 / 1,268
第43話

(7)

しおりを挟む
 結局、和彦が個人で使うために買ったのは、目覚まし時計だった。これぐらいなら、本宅の客間に置いていても何も言われないだろう。
 買い物を済ませてフロアを移動していた和彦は、途中で、我ながら恥ずかしくなるような芝居がかった声を上げた。
「あー、そうだ」
 エスカレーターの先に立つ組員が振り返る。
「どうしました、先生?」
「えっと……、もうちょっと見ておきたいものがあるんだ。だから、一階で待っていてくれないかな。そこの休憩コーナーで」
「気にしないでください。おつき合いしますから」
「いやっ、ついてきてもらうほどのものじゃ、ない、んだ。ただ見るだけで、買うつもりはないから、荷物持ちはいらないし……」
 話しながら次第に声が小さくなる和彦の様子から、察するものがあったらしい。組員は、自分の職務を忠実に果たすべきか、和彦の希望を叶えるべきかと悩むように、頭を掻く。和彦はすかさず畳みかけた。
「ウロウロするわけじゃないから。地下の売り場に用があるんだ」
「……必死ですね。先生」
 仕方ないと組員が納得してくれたのと、エスカレーターで一階に着いたのは同時だった。その場で再び別れた和彦は、さっそく地下一階の売り場へと向かう。
 実は、宮森とケーキを一緒に食べた月曜日の夜から、毎日優也とメールをやり取りしている。前触れもなく、本当はあんたと話すことなんてないけど――と、優也が憎まれ口をメールで送ってきたのだ。
 和彦との連絡を楽しみにしていると宮森は言っていたが、とてもそんなふうには読み取れないと苦笑しつつ、和彦は返信したのだが、そこから、なんとなくメールが続いている。
 ただ、毎回優也から言われるのは、メールのやり取りは面倒くさいということだ。つまり、チャットアプリでやり取りしたいらしい。
 和彦としては意地を張っているつもりはなく、何かと多忙なこの時期、たかが連絡ツールのために、新しい電子機器の使い方を覚える余裕はない。
 しかし、気になっているのは確かなのだ。このあたりの心情を、優也や千尋という青年たちに見透かされている気がする。
 心の中でぼやきながら和彦は、階段を下りて正面の位置に展開されているコーナーに足を踏み入れる。会社帰りの男女や、学生と思しき若者たちが多く、なかなかにぎわっていた。彼らが熱心に見ているのは、スマートフォンだ。
 和彦は、どの機種がいいとか、どんな機能があるとか、そんな予備知識は持ち合わせていない。いままでまったく興味がなかったものを、これを機に、自分が使うことを念頭に見ておこうというだけだ。
 そう考えて売り場をウロウロしていたが、すぐに居心地の悪さを覚える。目移りするというレベルにすら達せず、何を見ていいかわからず、視線が泳いでしまう。買い物好きの和彦の性分を持ってしても、理解が追い付かない。
 今度、千尋についてきてもらおうと思った一瞬あとに、どうしてスマートフォンに興味を持ったのか聞かれると、なかなか面倒なことになるのではないかと危惧する。
 長嶺の男たちの嫉妬深さを甘く見てはいけない。自戒するように心の中で呟いた和彦は、ぶるっと身震いをした。
「……なんか、嫌な予感が……」
 まさか風邪ではないだろうかと戦きながら、早々に売り場から退散する。
 エスカレーターを上がってきた和彦を見ると、イスがあるのに立ったまま待機していた組員が近づいてきた。
「早かったですね、先生」
「う……ん、よくわからなくて」
「欲しいスマホの品定めはできましたか?」
 売り場から見当をつけたのか、それともあとをつけていたのか。あえて問い詰めるようなことでもなく、曖昧な返事をして店をあとにする。
 帰りの車中で和彦は、優也にメールを送る。まだしばらくスマホは買わないと。驚く速さで返信があり、一読して苦笑する。あんたのダンナに買わせろよ、とは優也でなければ出ない言葉だ。
 本当に口が減らないなと、呆れる一方で感心もしていると、突然携帯電話が鳴った。表示された番号は、今まさにメールをやり取りをした優也のものではない。見覚えのない番号なのだ。
 さきほど感じた嫌な予感は、この電話が関係あるのかもしれない――。
 和彦は本能的な忌避感に襲われ、反射的に電話に出たくないと思ったが、助手席の組員がこちらをうかがってくるため、不自然に電源を切るわけにもいかない。おそるおそる電話に出てみた。
「――……もしもし」
『お疲れのところ申し訳ありません。総和会の吾川です』
 思いがけない相手からの電話に、和彦は激しく動揺する。声も出せないまま固まっていたが、吾川は辛抱強く和彦からの返事を待っている。そこでようやく我に返り、電話にではなく、ハンドルを握る組員にこう頼んだ。

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

朝起きたら幼なじみと番になってた。

オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。 隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた 思いつきの書き殴り オメガバースの設定をお借りしてます

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

処理中です...