血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
1,101 / 1,268
第43話

(4)

しおりを挟む




 車で移動する間、和彦はひたすら困惑していた。隣でハンドルを握る里見は、ドライブを楽しんでいるかのように、気軽に話しかけてくる。しかし、降ろしてほしいと頼んでみると、首を振って拒むのだ。
 恫喝してくるわけでもなく、それどころか声を荒らげることすらしない里見だが、和彦を帰したくないという確固たる意志は伝わってくる。
 状況としては今まさに連れ去られているのだが、切迫感や危機感は乏しい。
 里見の真意や、英俊との関係がどうしても気になるのだ。
 話を聞いて、揺れる気持ちにケリがつくなら――と、どこか言い訳じみたことを、和彦は自分に言い聞かせる。
 膝の上で握り締めていた手をゆっくりと開く。覚悟を決めるしかなかった。
「……結局、里見さんの思うとおりになってたんだよね。昔から」
 和彦の非難がましい言葉を受け、里見は短く笑い声を洩らす。
「君には多少強引に出たほうがいいって、知ってるからね。自分からあれこれとワガママを言う子じゃなかったから」
「持って生まれた性分かな。ぼくの周囲は、そういう人……男ばかりだ」
 ピリッと車内の空気が緊張する。和彦は、あえて里見の表情を確認しなかった。
 車は、あるマンションの駐車場に入り、エンジンが切られる。戸惑う和彦に対して、里見は先に車を降りると、後部座席に置いた和彦の荷物を取り上げる。目が合うと頷かれ、車内に一人残るわけにもいかず、渋々和彦もあとに続く。
 エントランスに入ると、里見は集合郵便受の前で立ち止まる。郵便物を取り出している間、和彦は所在なくガラス扉越しに外の通りを眺めていた。
「――静かだろ」
 ふいに里見に話しかけられる。
「うん……」
「オフィス街にあるから、生活するには不便な場所なんだ。ただ、仕事に集中はできる」
「あっ、じゃあ、ここが仕事用に借りてる部屋?」
「出勤も楽だし、出張帰りとか、駅が近いから寝泊まりするにもいい場所なんだ。年相応に、家でも買おうかと考えたこともあるんだけど、独り身で、なんでもかんでも自分だけで処理していくことを考えたら、都合に合わせて部屋を行き来する生活のほうが、おれの性分には合ってるかなって」
 別れてから再会するまでの里見の生活について、思いを馳せないわけではない。魅力的な外見と、仕事での有能さを持ち合わせた人物だ。出会いなどいくらでもあったはずだ。
 巡り合わせとは怖いものだと、エレベーターで三階に上がりながら和彦は心の中で呟く。
 足を踏み入れた里見の仕事部屋は、適度に物が多く、それでいてきちんと片付いていた。
「……昔の里見さんの部屋を思い出すなあ」
 リビングダイニングで仕事をしているのか、テーブルの上には何冊もの本やファイルが積み重ねられ、空いたスペースはわずかだ。どこで食事をとっているのかと見回してみれば、どうやらキッチンカウンターで済ませているようだ。小さな食器棚には、わずかな食器類が収まっている。
 その食器棚の上に置かれた、赤い花をつけたシクラメンの植木鉢を眺めていると、コートを脱いだ里見がキッチンに入る。
「そこら辺のクッションを適当に使っていいよ。ちょっと待って。今お茶を淹れるから」
「里見さん、ぼく、あまり長居は――」
 できないというより、したくない。この部屋に連れてこられたことで和彦には、抗えない力に巻き取られてしまいそうな予感があった。里見と長く一緒にいることで、その力はどんどん強くなっていく。聞きたいことだけを聞いて、早く帰りたい。
「大丈夫。送っていくから」
 里見が背を向けたため、発しかけた言葉は口中で消える。仕方なく和彦もコートを脱いだが、素直に腰は下ろせない。
 ふと、半分ほど引き戸が開いている隣の部屋が気になった。
「……里見さん、こっちの部屋、入っていい?」
「かまわないよ。おもしろいものはないけど」
 壁際に置かれたベッドはあえて視界に入れないようにして、和彦が歩み寄ったのは、スチール製の本棚だった。専門書ばかりが並んでいるかと思いきや、意外にも写真集もスペースを取っている。一冊手に取って開いてみると、国内の自然風景を撮ったものだ。
 お茶が入ったと呼びにきた里見は、和彦が写真集を開いているのを見て、微妙な表情を浮かべる。
「それは――」
 里見の様子から、和彦は即座に理解した。
「ああ……、そうか。これは、兄さんが置いてる本なんだ」
 他人の宝物に触れてしまったような罪悪感に、慌てて写真集を本棚に戻す。食器棚の上に置かれたシクラメンの植木鉢も、おそらく英俊が持ち込んだものだろう。
 英俊の痕跡がしっかりと残るこの部屋に、自分を連れてきた里見の無神経さが腹立たしかった。

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

朝起きたら幼なじみと番になってた。

オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。 隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた 思いつきの書き殴り オメガバースの設定をお借りしてます

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

処理中です...