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第43話
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顔を強張らせた和彦は、咄嗟に言葉が出なかった。
総和会本部の守光のもとに、ただ顔を見せに行って終わりとは、絶対にならない。そう確信できるだけの経験を、和彦は積み重ねてきた。
浮き立った気分は一瞬にして萎え、視線を伏せる。
「――和彦」
こんなときでも魅力的なバリトンで呼ばれ、ハッとする。気遣うような賢吾の眼差しを、正面から受け止めた。
「不安そうな顔をするな。まるで俺が、お前を苛めているみたいだ」
「そんなことは……」
「知らせたくはなかったが、一応、な。年末のことを考えて神経をすり減らしているお前が、今日はいじらしくストレス解消をしていたと聞かされていたんだ。何事もなかった顔をしてやってもよかったが、結局は、お前に伝えなきゃいけねーことだ」
「……今日は病院に行ったあと、千尋と買い物をしてきたんだ。それに、秦と会って、早めのクリスマスプレゼントをもらった。ぼくもそろそろ、あんたたちへのプレゼントをしないとと思って、本人に何が欲しいか聞くのがいいか、それともぼくが選んだものでいいか迷ってるんだ」
堰を切ったように取り留めなく話し始めた和彦だが、自分でも何を言っているのかわからなくなる。今あえて、賢吾に伝えるべきことではないのは確かだ。
「けっこう、いい日だったんだ……」
「すまねーな。水を差しちまって」
「別に、あんたが謝ることじゃない。――それで会長は、いつぼくに来いと?」
「いつ、とは言わなかった。そういうところが、オヤジはいやらしいんだ。こちら……というか、お前を試してるんだ。飛んでやってくるか、ギリギリまで粘るか。命令するのは容易いが、それじゃあおもしろくないんだろ」
いつになく険を含んだ賢吾の物言いに、聞いている和彦のほうが不安になってくる。
父子の間に何かあったのではないかと、尋ねていいものか逡巡していると、和彦の素振りから察したのか、賢吾が唇の端に微苦笑を刻む。
「オヤジは、年末からのことを考えているはずだ。お前を、長嶺組からじゃなく、総和会から送り出したいんだろう。相手方により強い圧力をかけて、ついでに、俺にも」
「あんたに?」
「父子とはいっても、オヤジと俺は別の組織を背負ってる。いざとなれば、力を見せつけ合う。オヤジはそうする必要を感じているということだ」
ざわつく空気に頬を撫でられたようで、ますます和彦は顔を強張らせる。賢吾が身を乗り出してきて、おどけたように言う。
「今日の俺は、ついついお前を怖がらせちまうみたいだな。――何も特別なことじゃない。わざわざ言葉にしないだけで、オヤジと俺はいつだって張り合ってる。そういうもんだろ。息子にとっての男親ってのは」
「……ぼくにはわからない」
「千尋もそうだ。俺に張り合ってる。気を抜くと、お前を奪おうとしてくるだろうな。……違うな。奪い返そうとしてくる、って言うべきだな」
今日の賢吾の話はどこか掴み所がないなと、和彦がはっきりと困惑して見せると、急に賢吾が表情を引き締める。
「行かなくていいぞ」
「えっ……」
「オヤジのところに顔を出さなくていい。話は俺がしておく」
でも、と和彦が口ごもると、大きな手にやや乱暴に頬を撫でられる。
「ここにいろ。――和彦」
声音の切実さと、何より眼差しの真剣もあって、和彦はそれ以上何も言えない。こちらの危惧をこんなふうに封じ込めてしまうのはずるくないかと思ったが、ただ、賢吾の気持ちは伝わってくるのだ。
「うん……」
「俺からの話はそれだけだ。さあ、風呂に入ってこい。その間に、晩メシを用意させておく。今日はたっぷり遊んで、腹も減っただろ?」
ニヤリと、人を食らう笑みを賢吾から向けられる。
「……この家の主より先に入るのは気が引ける」
「気にするな。俺はメシを食ったら、またちょっと出かけないといけねーんだ」
「忙しいんだな」
「師走は何かとな……」
賢吾がふっと遠い目をする。そこに疲労の色を見て取り、和彦は自分の今日一日を振り返ってから、いささか罪悪感を覚えた。
賢吾の部屋をあとにした和彦は、一旦客間に寄って着替えを取ってくると、すぐに風呂場に向かおうとする。その途中で、スーツ姿の千尋に出くわした。目を丸くする和彦に、こちらに気づいた千尋がパッと顔を輝かせる。
昼過ぎまでさんざん一緒に行動していたのに、いまさら何がそんなに嬉しいのだろうかと、心の中で和彦は呟く。悪い気はしないが、照れ臭くて仕方ない。
「今から風呂?」
弾むような足取りでやってきた千尋に聞かれて頷く。
「お前は、今帰ってきたのか? その格好は……仕事か」
一緒に過ごしている最中、千尋はこの後、仕事があるとは一言も言っていなかった。おそらく、のんびり過ごしている和彦に気を使ってくれたのだろう。
「まあね」
総和会本部の守光のもとに、ただ顔を見せに行って終わりとは、絶対にならない。そう確信できるだけの経験を、和彦は積み重ねてきた。
浮き立った気分は一瞬にして萎え、視線を伏せる。
「――和彦」
こんなときでも魅力的なバリトンで呼ばれ、ハッとする。気遣うような賢吾の眼差しを、正面から受け止めた。
「不安そうな顔をするな。まるで俺が、お前を苛めているみたいだ」
「そんなことは……」
「知らせたくはなかったが、一応、な。年末のことを考えて神経をすり減らしているお前が、今日はいじらしくストレス解消をしていたと聞かされていたんだ。何事もなかった顔をしてやってもよかったが、結局は、お前に伝えなきゃいけねーことだ」
「……今日は病院に行ったあと、千尋と買い物をしてきたんだ。それに、秦と会って、早めのクリスマスプレゼントをもらった。ぼくもそろそろ、あんたたちへのプレゼントをしないとと思って、本人に何が欲しいか聞くのがいいか、それともぼくが選んだものでいいか迷ってるんだ」
堰を切ったように取り留めなく話し始めた和彦だが、自分でも何を言っているのかわからなくなる。今あえて、賢吾に伝えるべきことではないのは確かだ。
「けっこう、いい日だったんだ……」
「すまねーな。水を差しちまって」
「別に、あんたが謝ることじゃない。――それで会長は、いつぼくに来いと?」
「いつ、とは言わなかった。そういうところが、オヤジはいやらしいんだ。こちら……というか、お前を試してるんだ。飛んでやってくるか、ギリギリまで粘るか。命令するのは容易いが、それじゃあおもしろくないんだろ」
いつになく険を含んだ賢吾の物言いに、聞いている和彦のほうが不安になってくる。
父子の間に何かあったのではないかと、尋ねていいものか逡巡していると、和彦の素振りから察したのか、賢吾が唇の端に微苦笑を刻む。
「オヤジは、年末からのことを考えているはずだ。お前を、長嶺組からじゃなく、総和会から送り出したいんだろう。相手方により強い圧力をかけて、ついでに、俺にも」
「あんたに?」
「父子とはいっても、オヤジと俺は別の組織を背負ってる。いざとなれば、力を見せつけ合う。オヤジはそうする必要を感じているということだ」
ざわつく空気に頬を撫でられたようで、ますます和彦は顔を強張らせる。賢吾が身を乗り出してきて、おどけたように言う。
「今日の俺は、ついついお前を怖がらせちまうみたいだな。――何も特別なことじゃない。わざわざ言葉にしないだけで、オヤジと俺はいつだって張り合ってる。そういうもんだろ。息子にとっての男親ってのは」
「……ぼくにはわからない」
「千尋もそうだ。俺に張り合ってる。気を抜くと、お前を奪おうとしてくるだろうな。……違うな。奪い返そうとしてくる、って言うべきだな」
今日の賢吾の話はどこか掴み所がないなと、和彦がはっきりと困惑して見せると、急に賢吾が表情を引き締める。
「行かなくていいぞ」
「えっ……」
「オヤジのところに顔を出さなくていい。話は俺がしておく」
でも、と和彦が口ごもると、大きな手にやや乱暴に頬を撫でられる。
「ここにいろ。――和彦」
声音の切実さと、何より眼差しの真剣もあって、和彦はそれ以上何も言えない。こちらの危惧をこんなふうに封じ込めてしまうのはずるくないかと思ったが、ただ、賢吾の気持ちは伝わってくるのだ。
「うん……」
「俺からの話はそれだけだ。さあ、風呂に入ってこい。その間に、晩メシを用意させておく。今日はたっぷり遊んで、腹も減っただろ?」
ニヤリと、人を食らう笑みを賢吾から向けられる。
「……この家の主より先に入るのは気が引ける」
「気にするな。俺はメシを食ったら、またちょっと出かけないといけねーんだ」
「忙しいんだな」
「師走は何かとな……」
賢吾がふっと遠い目をする。そこに疲労の色を見て取り、和彦は自分の今日一日を振り返ってから、いささか罪悪感を覚えた。
賢吾の部屋をあとにした和彦は、一旦客間に寄って着替えを取ってくると、すぐに風呂場に向かおうとする。その途中で、スーツ姿の千尋に出くわした。目を丸くする和彦に、こちらに気づいた千尋がパッと顔を輝かせる。
昼過ぎまでさんざん一緒に行動していたのに、いまさら何がそんなに嬉しいのだろうかと、心の中で和彦は呟く。悪い気はしないが、照れ臭くて仕方ない。
「今から風呂?」
弾むような足取りでやってきた千尋に聞かれて頷く。
「お前は、今帰ってきたのか? その格好は……仕事か」
一緒に過ごしている最中、千尋はこの後、仕事があるとは一言も言っていなかった。おそらく、のんびり過ごしている和彦に気を使ってくれたのだろう。
「まあね」
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