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第42話
(32)
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精悍な体つきと不遜な眼差しが印象的な加藤と、見た目はまるで苦労知らずの大学生のようだった小野寺の顔が、同時に蘇る。中嶋は、加藤と体の関係を持っており――。
和彦が向けた胡乱な視線に気づいたらしく、中嶋はわずかに目を逸らした。
「若い奴らは、本当に血の気だけは多くて、嫌になりますよ。殴り合いの原因も、どうやら小野寺が、俺のことで加藤にちょっかいをかけたらしくて。でも二人とも、はっきりとは原因を言わないんですよ。周囲にいたのが、俺より下の連中ばかりだったから、大ごとにならなくて済みましたけど。上にバレたら、二人とも隊からつまみ出されても不思議じゃなかった」
「どっちが、君を殴ったんだ」
「加藤です。正確には、加藤が小野寺を本気でぶちのめそうとして、俺が割って入ったんです。あいつ、格闘技やってるから、下手すりゃ、小野寺を殺しかねない。それで俺がこの様です」
「よく、それで済んだな……」
「寸前のところで、加藤が手を止めようとした結果です」
二人は同じタイミングでソファの背もたれに体を預け、息を吐き出す。
中嶋が、今日の秦からの誘いを断った理由は、これで納得できた。殴られた顔を見られたくなかったというのもあるだろうが、事故にせよ加藤から殴られたという事実を、秦の眼前に突き出すわけにはいかなかったのだろう。
「――……こういうお節介は性に合わないんだが、秦と別れるつもりなのか?」
「あの人から言い出すならともかく、俺からは、そのつもりはまったくありませんよ」
「だったらどうして……」
「秦さんらしくない行動を目の当りにしてから、今さらながら、合わせる顔がなくて。……自慢じゃないですけど、俺、前は二股、三股なんて当たり前だったんですよ。仕事みたいなものでしたから。だから、自信があった。上手くやれる。割り切れる。本気ではあるけど、溺れるような関係にはならない、って」
「どちらとも?」
中嶋は自分の頬を撫で、頷いた。
「どちらとも」
「それで結局、どちらとの関係に溺れたんだ」
「……意地が悪いですね、先生」
拗ねたように中嶋が唇を尖らせ、和彦は表情を和らげる。
「先生にはわからないですよ。俺は、策士を気取って、自分の策に早々にハマったマヌケです」
「その口ぶりだと、加藤くんのことも避けてたのか。……ああ、だから彼は、挑発されて殴り合いなんて――」
「しっぺ返しを食らったんです。だからなおさら、今のこの状態で秦さんの前には出られない。加藤のほうも、俺を殴ったときに、今にも死にそうな顔していて、それを見たら、偉そうな説教なんてできませんでした」
見た目とは裏腹に腹の据わった野心家である中嶋が、歯止めを失ったように弱音をこぼす。関係を持っている男のことで心が揺れている様は、嫌になるほど身に覚えがあり、和彦は労わってやりたくなるような、目を背けたくなるような、そんな複雑な心理に陥る。
「……言っておくが、ぼくだって上手くやっているなんて、思ったことはないからな。情に身を任せている結果、がっちりと雁字搦めになっている。でもそうなるよう、自分で選んだということだろうな。選んだ以上、他人のせいにはできないし、したくない」
「先生のそういう腹の括り方、下手なヤクザより凄味があるんですよ。怖いなあ」
「本職のヤクザに言われたくないよ」
中嶋が笑みを浮かべたことに内心ほっとする。和彦は数瞬ためらったあと、中嶋の頭を撫でてやる。こんなときぐらい、年上ぶってみたかったのだ。
「落ち着いたら、秦に連絡したらどうだ。ぼくが押し掛けてきたことは内緒で。あれは、実はけっこう君に溺れてるだろ。もしかすると加藤くんも」
「それはそれで……、困るな」
「どうしたいかは、君が考えろ。ぼくのようになれとは言わない。ぼくは、弱いからな。弱いなりの処世術があるが、君は違う」
中嶋がゆっくりと目を伏せて、再びこちらを見たとき、和彦は慌てて手を引いた。寸前まで弱音をこぼしていた青年が、今はもう、食えない筋者の顔つきとなっていたからだ。こういう顔をした男に、和彦は勝てない。
「じゃあ、ぼくは帰るからな。頬は冷やして、腫れを取れよ」
立ち上がろうとした和彦だが、すかさず中嶋に腕を取られる。たったそれだけの動作に、ゾクリとした艶めかしさを感じ、うろたえる。
「ぼくは、君らの三角関係に巻き込まれる気はないからなっ」
「ひどいなあ。親身に相談に乗ってくれてたのに」
「今日は、君の様子が気になっただけだ。御堂さんとの食事会もあるから――」
「優しい佐伯先生なら、もう少しつき合ってくれるでしょう?」
「日を改めてな」
和彦が向けた胡乱な視線に気づいたらしく、中嶋はわずかに目を逸らした。
「若い奴らは、本当に血の気だけは多くて、嫌になりますよ。殴り合いの原因も、どうやら小野寺が、俺のことで加藤にちょっかいをかけたらしくて。でも二人とも、はっきりとは原因を言わないんですよ。周囲にいたのが、俺より下の連中ばかりだったから、大ごとにならなくて済みましたけど。上にバレたら、二人とも隊からつまみ出されても不思議じゃなかった」
「どっちが、君を殴ったんだ」
「加藤です。正確には、加藤が小野寺を本気でぶちのめそうとして、俺が割って入ったんです。あいつ、格闘技やってるから、下手すりゃ、小野寺を殺しかねない。それで俺がこの様です」
「よく、それで済んだな……」
「寸前のところで、加藤が手を止めようとした結果です」
二人は同じタイミングでソファの背もたれに体を預け、息を吐き出す。
中嶋が、今日の秦からの誘いを断った理由は、これで納得できた。殴られた顔を見られたくなかったというのもあるだろうが、事故にせよ加藤から殴られたという事実を、秦の眼前に突き出すわけにはいかなかったのだろう。
「――……こういうお節介は性に合わないんだが、秦と別れるつもりなのか?」
「あの人から言い出すならともかく、俺からは、そのつもりはまったくありませんよ」
「だったらどうして……」
「秦さんらしくない行動を目の当りにしてから、今さらながら、合わせる顔がなくて。……自慢じゃないですけど、俺、前は二股、三股なんて当たり前だったんですよ。仕事みたいなものでしたから。だから、自信があった。上手くやれる。割り切れる。本気ではあるけど、溺れるような関係にはならない、って」
「どちらとも?」
中嶋は自分の頬を撫で、頷いた。
「どちらとも」
「それで結局、どちらとの関係に溺れたんだ」
「……意地が悪いですね、先生」
拗ねたように中嶋が唇を尖らせ、和彦は表情を和らげる。
「先生にはわからないですよ。俺は、策士を気取って、自分の策に早々にハマったマヌケです」
「その口ぶりだと、加藤くんのことも避けてたのか。……ああ、だから彼は、挑発されて殴り合いなんて――」
「しっぺ返しを食らったんです。だからなおさら、今のこの状態で秦さんの前には出られない。加藤のほうも、俺を殴ったときに、今にも死にそうな顔していて、それを見たら、偉そうな説教なんてできませんでした」
見た目とは裏腹に腹の据わった野心家である中嶋が、歯止めを失ったように弱音をこぼす。関係を持っている男のことで心が揺れている様は、嫌になるほど身に覚えがあり、和彦は労わってやりたくなるような、目を背けたくなるような、そんな複雑な心理に陥る。
「……言っておくが、ぼくだって上手くやっているなんて、思ったことはないからな。情に身を任せている結果、がっちりと雁字搦めになっている。でもそうなるよう、自分で選んだということだろうな。選んだ以上、他人のせいにはできないし、したくない」
「先生のそういう腹の括り方、下手なヤクザより凄味があるんですよ。怖いなあ」
「本職のヤクザに言われたくないよ」
中嶋が笑みを浮かべたことに内心ほっとする。和彦は数瞬ためらったあと、中嶋の頭を撫でてやる。こんなときぐらい、年上ぶってみたかったのだ。
「落ち着いたら、秦に連絡したらどうだ。ぼくが押し掛けてきたことは内緒で。あれは、実はけっこう君に溺れてるだろ。もしかすると加藤くんも」
「それはそれで……、困るな」
「どうしたいかは、君が考えろ。ぼくのようになれとは言わない。ぼくは、弱いからな。弱いなりの処世術があるが、君は違う」
中嶋がゆっくりと目を伏せて、再びこちらを見たとき、和彦は慌てて手を引いた。寸前まで弱音をこぼしていた青年が、今はもう、食えない筋者の顔つきとなっていたからだ。こういう顔をした男に、和彦は勝てない。
「じゃあ、ぼくは帰るからな。頬は冷やして、腫れを取れよ」
立ち上がろうとした和彦だが、すかさず中嶋に腕を取られる。たったそれだけの動作に、ゾクリとした艶めかしさを感じ、うろたえる。
「ぼくは、君らの三角関係に巻き込まれる気はないからなっ」
「ひどいなあ。親身に相談に乗ってくれてたのに」
「今日は、君の様子が気になっただけだ。御堂さんとの食事会もあるから――」
「優しい佐伯先生なら、もう少しつき合ってくれるでしょう?」
「日を改めてな」
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