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第42話
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電話がかかってきたのは、ほんの十分ほど前だ。和彦は、話しかけてくる千尋を片手で制しつつ、あとでかけ直すという短い留守電を聞いてから、こちらから電話をかけてみる。
応じたのは、滴り落ちそうな艶を含んだ声だった。
『――ご機嫌いかがですか。先生』
たった今、心療内科を受診したばかりだと言ったら、電話の相手である美貌の男はどんな顔をするのだろうかと、皮肉めいたことを考える。
「すこぶるいい。寒いけど、天気がいいからな」
『でしょうね。声を聞けばわかる』
元ホストらしい調子のよさに、堪らず和彦はくすくすと笑ってしまう。一方の千尋はあからさまにムッとしながら、口の動きだけで問いかけてくる。誰、と。
「それで、何か用か?」
『今日の先生の予定をお聞きしたくて。実はお渡ししたいものがあります』
「はっきり言ってくれ。――秦」
にじり寄ってくる千尋に聞かせるよう、はっきりと呼びかける。電話の向こうの敏い男は、和彦の状況を察したらしく、息遣いが弾んだ。
『お世話になっている先生に、今年もクリスマスプレゼントをお渡ししたいんです』
少し気が早くないかと指摘したかったが、和彦も他人のことは言えないため、寸前のところで自重した。
昼間、さんざん千尋とあちこちで買い物をしたのに、また心が浮き立ってしまう――。
北欧の輸入雑貨を扱っている店内で、和彦は自分の目がキラキラと輝いているのを自覚していた。とにかく、魅力的な商品が多すぎる。特に今はクリスマスシーズンということもあり、この時期ならではのデザインのものが揃っていた。
目の毒すぎると、つい顔を背けた先で、使い勝手のよさそうなクッションを見つけ、ふらふらと歩み寄る。その隣には、暖かそうなブランケットがある。ソファに掛けて使えそうだと、思わず手を伸ばしていた。
「――楽しそうですね、先生」
傍らから声をかけられて我に返る。いつから和彦の様子を眺めていたのか、今いる店の紙袋を下げた秦が顔を綻ばせていた。
「ここなら、きっと先生は喜んでくれると思ったんです。まあ正直、待ち合わせ場所に現れた先生が、どことなくお疲れのように見えたので、連れ回していいものか迷ったのですが」
色気をたっぷり含んだ流し目を秦から寄越されて、よく見ているなと、和彦はやや呆れた表情で返す。秦がブランケットの一枚を取り上げ、手渡してくる。思った通り、手触りがいい。
「さすがに商売で雑貨を扱っているだけあって、いい店を知っているな。君の店は、北欧雑貨は扱ってなかっただろ。もしかして――」
「あいにく、そこまで手を広げるつもりはありませんよ。本業は、水商売なので」
胸に手を当て、秦は堂々と言い切る。もちろん和彦に異論はなく、そうだなと頷いてはみたが、少しだけ意地の悪い気持ちが湧き起こる。
「やっぱり、雑貨屋経営は不本意なのか? 最初から乗り気で始めたわけじゃないんだろう」
「とんでもない。見識を広めるという意味では、いいきっかけをくださいましたよ、長嶺組長は。それに、先生も同じでしょう。最初は乗り気ではなかったというなら」
痛いところを突かれた。和彦に事情があるように、貴公子のような容姿のこの男には、和彦の想像も及ばないような事情がある。そこに、物騒な男たちの代表格である賢吾が目をつけ、秦を庇護下に置いている。まさに、お互い様だ。
「……こんなところで、あの怖い男の話題を出すべきじゃないな。誰に聞かれているか、わかったものじゃない」
「でも先生は、大事にされている」
ここで秦がふいに声を潜めた。
「もしかして、お疲れの様子なのは――」
からかわれているとわかっていながら、瞬く間に和彦の頬が熱を帯びる。ムキになって説明していた。
「日中、千尋とあちこち買い物をして回ってたんだっ。時間があるうちに、クリスマスプレゼントを買っておきたくて」
「先生は、渡す相手が多くて大変ですね」
笑いを含んだ声で言われても、気遣われている気がしない。和彦は大きく頷いた。
「そう、大変なんだ。ついつい、君の分まで買ってしまった。君がもらう山積みのプレゼントの一つに加えてくれ」
「……誤解されてますね」
「何言ってるんだか。元ホストで青年実業家の人脈の華やかさを考えたら、誰だってそう思う」
「もらうものが多いということは、その分、わたしが贈るものも多いということですよ。――そこで、これです」
秦が紙袋を差し出してきたため、慌ててブランケットを棚に戻して受け取る。
「取り寄せてもらっていたものを、今、受け取ってきました」
「これが、ぼくへのクリスマスプレゼントか?」
「オーナメントです」
応じたのは、滴り落ちそうな艶を含んだ声だった。
『――ご機嫌いかがですか。先生』
たった今、心療内科を受診したばかりだと言ったら、電話の相手である美貌の男はどんな顔をするのだろうかと、皮肉めいたことを考える。
「すこぶるいい。寒いけど、天気がいいからな」
『でしょうね。声を聞けばわかる』
元ホストらしい調子のよさに、堪らず和彦はくすくすと笑ってしまう。一方の千尋はあからさまにムッとしながら、口の動きだけで問いかけてくる。誰、と。
「それで、何か用か?」
『今日の先生の予定をお聞きしたくて。実はお渡ししたいものがあります』
「はっきり言ってくれ。――秦」
にじり寄ってくる千尋に聞かせるよう、はっきりと呼びかける。電話の向こうの敏い男は、和彦の状況を察したらしく、息遣いが弾んだ。
『お世話になっている先生に、今年もクリスマスプレゼントをお渡ししたいんです』
少し気が早くないかと指摘したかったが、和彦も他人のことは言えないため、寸前のところで自重した。
昼間、さんざん千尋とあちこちで買い物をしたのに、また心が浮き立ってしまう――。
北欧の輸入雑貨を扱っている店内で、和彦は自分の目がキラキラと輝いているのを自覚していた。とにかく、魅力的な商品が多すぎる。特に今はクリスマスシーズンということもあり、この時期ならではのデザインのものが揃っていた。
目の毒すぎると、つい顔を背けた先で、使い勝手のよさそうなクッションを見つけ、ふらふらと歩み寄る。その隣には、暖かそうなブランケットがある。ソファに掛けて使えそうだと、思わず手を伸ばしていた。
「――楽しそうですね、先生」
傍らから声をかけられて我に返る。いつから和彦の様子を眺めていたのか、今いる店の紙袋を下げた秦が顔を綻ばせていた。
「ここなら、きっと先生は喜んでくれると思ったんです。まあ正直、待ち合わせ場所に現れた先生が、どことなくお疲れのように見えたので、連れ回していいものか迷ったのですが」
色気をたっぷり含んだ流し目を秦から寄越されて、よく見ているなと、和彦はやや呆れた表情で返す。秦がブランケットの一枚を取り上げ、手渡してくる。思った通り、手触りがいい。
「さすがに商売で雑貨を扱っているだけあって、いい店を知っているな。君の店は、北欧雑貨は扱ってなかっただろ。もしかして――」
「あいにく、そこまで手を広げるつもりはありませんよ。本業は、水商売なので」
胸に手を当て、秦は堂々と言い切る。もちろん和彦に異論はなく、そうだなと頷いてはみたが、少しだけ意地の悪い気持ちが湧き起こる。
「やっぱり、雑貨屋経営は不本意なのか? 最初から乗り気で始めたわけじゃないんだろう」
「とんでもない。見識を広めるという意味では、いいきっかけをくださいましたよ、長嶺組長は。それに、先生も同じでしょう。最初は乗り気ではなかったというなら」
痛いところを突かれた。和彦に事情があるように、貴公子のような容姿のこの男には、和彦の想像も及ばないような事情がある。そこに、物騒な男たちの代表格である賢吾が目をつけ、秦を庇護下に置いている。まさに、お互い様だ。
「……こんなところで、あの怖い男の話題を出すべきじゃないな。誰に聞かれているか、わかったものじゃない」
「でも先生は、大事にされている」
ここで秦がふいに声を潜めた。
「もしかして、お疲れの様子なのは――」
からかわれているとわかっていながら、瞬く間に和彦の頬が熱を帯びる。ムキになって説明していた。
「日中、千尋とあちこち買い物をして回ってたんだっ。時間があるうちに、クリスマスプレゼントを買っておきたくて」
「先生は、渡す相手が多くて大変ですね」
笑いを含んだ声で言われても、気遣われている気がしない。和彦は大きく頷いた。
「そう、大変なんだ。ついつい、君の分まで買ってしまった。君がもらう山積みのプレゼントの一つに加えてくれ」
「……誤解されてますね」
「何言ってるんだか。元ホストで青年実業家の人脈の華やかさを考えたら、誰だってそう思う」
「もらうものが多いということは、その分、わたしが贈るものも多いということですよ。――そこで、これです」
秦が紙袋を差し出してきたため、慌ててブランケットを棚に戻して受け取る。
「取り寄せてもらっていたものを、今、受け取ってきました」
「これが、ぼくへのクリスマスプレゼントか?」
「オーナメントです」
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