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第42話
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「――食事はしっかりとれているか? もう少し太ってもいいぐらいだが、まあ痩せすぎというわけでもなさそうだ。……お前はなあ、食事に関しては本当に危なっかしい。学生の頃は、王子様みたいな見た目のくせして、いつもモソモソと菓子パンかじってただろ。同じ教室の女子たちが心配して、よく食い物を差し入れしてたよなあ」
昔のことをよく覚えているなと呆れていると、橘の傍らに立つ看護師の口元がわずかに緩んでいる。さすがに恥ずかしくなった和彦は、慌てて弁明する。
「一年生の頃の話だっ。一人暮らしに慣れてからは、きちんと食事はしていた」
「いやいや。誰彼と、お前をメシに連れ回してたからだろ。……本当に、今はきちんとやってるのか?」
「ぼくよりしっかりした人間に、面倒を見てもらっているから、心配するな」
橘が、おやっ、という顔を一瞬したが、和彦は気づかないふりをする。そんな和彦の態度を、橘も見逃すはずもない。あごひげを撫でると、橘は目元は柔和なまま医者の顔となる。
「眠れなくなる以外に、気になる症状はあるか?」
友人同士としての語らいはここまでだと察し、和彦は姿勢を正すと、患者として質問に答え始めた。
病院を出ると、すぐ側のバス停に並ぶ人たちの列が視界に入った。緩やかなスロープを下りながら、なんとなく眺めていた和彦だが、その列の向こうに立つ千尋に気づき、目を見開く。すぐに駆け寄った。
「何してるんだっ」
「病院には入ってないよ」
「……へ理屈を言うな」
冷たい風が吹きつける屋外にいて寒くないはずもなく、千尋は両手をダウンジャケットのポケットに突っ込み、首をすくめている。道路を挟んで向かいにある薬局にまで当然のようについてこようとするので、好きにさせた。
「――病院から出てきた和彦が、いままで見たことないような顔してた」
いつもより数回分多めに処方された安定剤を受け取り、病院の駐車場に引き返していると、こんなことを千尋に言われた。
「どんな顔だ?」
「ちょっと怖い顔。もしかして、どこか悪いって言われたとか……」
反射的に自分の顔を撫でた和彦は、苦笑いをして首を横に振る。
「いや。患者の立場であれこれ質問されて、自分の健康について考えてたんだ。年が明けたら、人間ドックの予約を入れないかと誘われたけど、正直、気が重い」
「怖いなら、オヤジと一緒に受けたら? 絶対、オヤジのほうがヤバそうだって」
簡素な検査着姿の賢吾を想像して、噴き出してしまう。ようやく和彦が笑ったことに気をよくしたのか、千尋の足取りが弾むように軽くなる。
「ねえ、せっかく外に出たんだから、どこかで昼メシ食ってから、買い物しようよ。俺、ジャケット見て欲しいんだ」
「そうだなあ」
ふと和彦を襲ったのは、既視感だった。なんのことはない。一年前の同じ時期にも、こうやって千尋と連れ立って歩いていたのだ。そのことに感慨深さを覚えると同時に、一年前と変わらず自分の隣にいる青年に、愛しさも感じる。
和彦が向ける眼差しに気づき、千尋がにんまりとする。
「俺に見惚れてた?」
「……寒いのに、よく口が動くな。お前。――感心してたんだ。よくまあ、三十過ぎた男に飽きないもんだと思って」
「他の奴が言ったら、どれだけ自惚れが強いんだって呆れるけど、和彦が言うと、納得するしかないよね。実際俺、欠片ほども飽きてないし。それどころか、ますます好きになってる」
父親譲りのタラシぶりだと、努めて無反応を装っていた和彦だが、確実に頬は熱くなってくる。さりげなく顔を背け、組の車に逃げるように乗り込む。一方の千尋は悠然としたもので、これからの予定を組員に伝えている。
シートベルトを締めながら和彦は、ダウンジャケットを脱ぐ千尋にぼそぼそと伝えた。
「ジャケットを選んでやるし、ぼくが買う」
「えっ、なんで?」
「少し早いけど、クリスマスプレゼントだ。クリスマス当日に渡せるかどうかわからないからな」
「誰と一緒にいるかわからないからね、和彦は」
千尋に限ってこの発言は皮肉でもなんでもなく、心の底からそう思っているのだろう。和彦としても否定はできない。
嬉しそうに千尋が車を出すよう告げる。そんな姿を見ていると、診察を終え、安定剤も出してもらえた安堵感もあって、和彦の気持ちもいくらか浮き立ってくる。
車が道路に出たところで、携帯電話の電源を切ったままなのを思い出した。さっそく電源を入れると留守電が残されていた。着信通知に表示された相手の名に、そういえば、と和彦は思い出す。
〈この男〉とも、一年前の今の時期に顔を合わせていた。
昔のことをよく覚えているなと呆れていると、橘の傍らに立つ看護師の口元がわずかに緩んでいる。さすがに恥ずかしくなった和彦は、慌てて弁明する。
「一年生の頃の話だっ。一人暮らしに慣れてからは、きちんと食事はしていた」
「いやいや。誰彼と、お前をメシに連れ回してたからだろ。……本当に、今はきちんとやってるのか?」
「ぼくよりしっかりした人間に、面倒を見てもらっているから、心配するな」
橘が、おやっ、という顔を一瞬したが、和彦は気づかないふりをする。そんな和彦の態度を、橘も見逃すはずもない。あごひげを撫でると、橘は目元は柔和なまま医者の顔となる。
「眠れなくなる以外に、気になる症状はあるか?」
友人同士としての語らいはここまでだと察し、和彦は姿勢を正すと、患者として質問に答え始めた。
病院を出ると、すぐ側のバス停に並ぶ人たちの列が視界に入った。緩やかなスロープを下りながら、なんとなく眺めていた和彦だが、その列の向こうに立つ千尋に気づき、目を見開く。すぐに駆け寄った。
「何してるんだっ」
「病院には入ってないよ」
「……へ理屈を言うな」
冷たい風が吹きつける屋外にいて寒くないはずもなく、千尋は両手をダウンジャケットのポケットに突っ込み、首をすくめている。道路を挟んで向かいにある薬局にまで当然のようについてこようとするので、好きにさせた。
「――病院から出てきた和彦が、いままで見たことないような顔してた」
いつもより数回分多めに処方された安定剤を受け取り、病院の駐車場に引き返していると、こんなことを千尋に言われた。
「どんな顔だ?」
「ちょっと怖い顔。もしかして、どこか悪いって言われたとか……」
反射的に自分の顔を撫でた和彦は、苦笑いをして首を横に振る。
「いや。患者の立場であれこれ質問されて、自分の健康について考えてたんだ。年が明けたら、人間ドックの予約を入れないかと誘われたけど、正直、気が重い」
「怖いなら、オヤジと一緒に受けたら? 絶対、オヤジのほうがヤバそうだって」
簡素な検査着姿の賢吾を想像して、噴き出してしまう。ようやく和彦が笑ったことに気をよくしたのか、千尋の足取りが弾むように軽くなる。
「ねえ、せっかく外に出たんだから、どこかで昼メシ食ってから、買い物しようよ。俺、ジャケット見て欲しいんだ」
「そうだなあ」
ふと和彦を襲ったのは、既視感だった。なんのことはない。一年前の同じ時期にも、こうやって千尋と連れ立って歩いていたのだ。そのことに感慨深さを覚えると同時に、一年前と変わらず自分の隣にいる青年に、愛しさも感じる。
和彦が向ける眼差しに気づき、千尋がにんまりとする。
「俺に見惚れてた?」
「……寒いのに、よく口が動くな。お前。――感心してたんだ。よくまあ、三十過ぎた男に飽きないもんだと思って」
「他の奴が言ったら、どれだけ自惚れが強いんだって呆れるけど、和彦が言うと、納得するしかないよね。実際俺、欠片ほども飽きてないし。それどころか、ますます好きになってる」
父親譲りのタラシぶりだと、努めて無反応を装っていた和彦だが、確実に頬は熱くなってくる。さりげなく顔を背け、組の車に逃げるように乗り込む。一方の千尋は悠然としたもので、これからの予定を組員に伝えている。
シートベルトを締めながら和彦は、ダウンジャケットを脱ぐ千尋にぼそぼそと伝えた。
「ジャケットを選んでやるし、ぼくが買う」
「えっ、なんで?」
「少し早いけど、クリスマスプレゼントだ。クリスマス当日に渡せるかどうかわからないからな」
「誰と一緒にいるかわからないからね、和彦は」
千尋に限ってこの発言は皮肉でもなんでもなく、心の底からそう思っているのだろう。和彦としても否定はできない。
嬉しそうに千尋が車を出すよう告げる。そんな姿を見ていると、診察を終え、安定剤も出してもらえた安堵感もあって、和彦の気持ちもいくらか浮き立ってくる。
車が道路に出たところで、携帯電話の電源を切ったままなのを思い出した。さっそく電源を入れると留守電が残されていた。着信通知に表示された相手の名に、そういえば、と和彦は思い出す。
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