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第42話
(26)
しおりを挟む和彦の心療内科の担当医は、医大に入った頃からの長年の友人でもある。
実家が病院を経営しており、跡を継ぐため医大に入学したと言っていたが、そういう使命を背負った学生は、さほど珍しくない。他の同期たちの中にも、同じようなことを語っている者は何人もいた。
ただ、和彦の友人は少しだけ変わった経歴を持っていた。
病院を継ぐ気などさらさらなく、理工学部を卒業したあと、一般企業の研究職に就いていたのだという。事情が変わったのは、長男である友人に代わって、婿を取って病院を継ぐ予定だった彼の妹が病に倒れたからだそうだ。
親兄弟、さらには親戚総出で説得され、友人は医者を目指すことになり、二浪を経て、医大に入学した。
同期ながら、和彦より九つ年上だが、それでなくてもさまざまな人間が学ぶ大学だ。多少の年齢差を気にする者はいなかった。
「ぼくの友人は、年上のうえに、社会人経験もあったから、けっこう同期たちから頼りにされてたんだ。気さくで大らかで、いつもがさつにガハハと笑って、でも気配りができて。それでも、心療内科の道に進むと言われたときは、さすがに驚いた」
「……ずいぶん買ってるんだ。その人を」
一緒に車の後部座席に座っている千尋が、拗ねたような口調で言う。自分から聞きたがったくせに、どうして機嫌が悪くなるのだと、和彦は横目でじろりと見遣る。
今話題に出ている友人の診察を受けるため、土曜日の午前中から出かけているのだが、なぜか千尋が、当然の顔をして車に乗り込んできたのだ。
「一体、どうしたんだ。いままでは、ぼくが病院に行くと言っても、ついてくることなんてなかったし、ぼくの友人のことなんて聞いてもこなかったのに。……そもそも、聞く必要もないだろ。どうせ、お前たち父子、とっくに調べてるんじゃないのか」
「まあ、和彦を診てる友人だというぐらいだし、気にはなったから。……心配なんだよ。〈あんなこと〉があったばかりだし、それでなくても最近、和彦の周りがバタバタしてるから。目を離すと、またトラブルに巻き込まれるんじゃないかって」
「ぼくより、お前が巻き込まれるほうが怖いだろ。組にとっては」
和彦は視線を前列に向けるが、同乗している組員二人は、和彦の意見に賛同の意は示してくれなかった。
長嶺組は現在、組同士の大きな揉め事は抱えてはいないそうだが、それでも万が一の事態に備えて、長嶺父子は護衛をつけている。それは、抗争においては有効かもしれないが、堅気――例えば、感情的になった官僚相手にはまったく役に立たない。長嶺の本宅前に立つ自分の兄を見て、和彦は心底肝が冷えたのだ。
「ぼくのことで、お前は無茶をするな。いいな?」
「んー、どうかな。俺、考えるより先に、体が動いちゃうほうだし」
まったく悪びれずに言う千尋を軽く睨みつける。ヤバイ、という顔をした千尋が、わざとらしく話題を戻した。
「話を聞く限り、和彦と全然タイプが違うし、歳も違うのに、どうして仲良くなったの」
「医学部なんて、同期でもけっこう年齢の幅があるし、グループで課題を解いたり実習もあるから、いちいち気にしていられないんだ。ただ、ぼくはその頃は人見知りがひどかったから、なかなか周りと溶け込めなくて……」
「和彦もそんな頃があったんだ」
「……意外だ、みたいな言い方するな。――話すようになったきっかけは、他愛ないことだ」
「何?」
遠慮がないなと思いながら、和彦はぼそりと答えた。
「昼ご飯を奢ってくれた。カップラーメンとおにぎりな」
一拍置いて、千尋がくっくと声を洩らして笑う。和彦らしいとまで言われ、ささやかに抗議をしておこうとしたが、目的地である病院の駐車場に入ったため、ひとまず飲み込んでおく。
和彦が車を降りようとすると、千尋までドアを開けようとしたので、慌てて制止する。
「お前はここで待ってろっ」
「付き添いなんだから、待合室まで――」
「どこで風邪のウイルスをもらうかわからないんだから、おとなしくしてろ」
千尋が捨てられた子犬のような顔になったのを確認して、やっと和彦は車を降りることができる。このとき、しっかり見張っておいてくれと、組員に頼んでおくことを忘れない。
受付に寄ってから、心療内科のある二階に向かう。どこの科の前も、座る場所を探すのも苦労するぐらい混雑しているが、そこを通り抜けてしまうと、驚くほど静かになる。
やや奥まって、人目につきにくい場所にある心療内科まで来ると、窓口で診察券を出す。ソファに腰掛けて待っていると、予約の時間を十五分ほど過ぎて名を呼ばれた。
中に入ると、白衣姿の男がデスクの傍らで屈伸をしていた。ぎょっとして一瞬立ち尽くすと、そんな和彦に気づいて男がこちらを見た。
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