血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
1,081 / 1,268
第42話

(18)

しおりを挟む
 一度にしゃべりすぎたとばかりに、優也が体をくの字に曲げて咳き込む。和彦は急いで冷蔵庫からペッボトルの水を取ってくると、優也を起こして飲ませる。ようやく咳が落ち着くと、優也は大きく息を吐き出し、再びぐったりとベッドに横になった。
「――僕も、あんたと似たようなものだ」
 充血した目を忙しく瞬かせながら、優也が呟く。
「ヤクザに飼われてる」
「そう、自分を卑下するような言い方しなくてもいいだろ。……少しだけ、君の事情を聞いたけど、やむをえないと思う。それに、飼われてるなんて言い方……。叔父が甥の面倒を見ているだけじゃないか」
 優也は鼻で笑った。
「違う、違う。お人好しだって言われない? 佐伯先生」
「……『先生』と付けてくれるんだ」
 ごほんっ、と非難がましい咳をして、優也が続ける。
「この部屋に踏み込んで、僕を強引に医者に連れて行くこともできたのに、叔父さんは、あんたを呼んだ。それだったら、普通の医者に往診を頼んでもよかったんだ。そうしなかったのは、城東会の看板をくれた長嶺組の組長に、忠義を見せるためだ。自分の身内を、そのために利用した」
「熱でうなされながら、そんな難しいことを考えていたのか。よくなるものも、よくならないぞ」
 和彦の言葉から呆れたような響きを感じ取ったのか、優也が布団を頭の先まで引き上げようとしたので、慌てて引き止める。
「考えすぎだっ。……他人にあれこれ説明して、状況を取り繕う手間が惜しかったんだろう。宮森さんは」
「まあ、どうでもいいんだけど。叔父さんの、組での評価なんて。ただ、僕が、今みたいな生活を送れなくなるのは、困る」
 優也の憎まれ口が本心から出ているものなのか、和彦には判断がつかない。ただ、額面通り受け取る気にはなれなかった。粗野な言葉を使う優也から、悪意らしきものは感じないからだ。
「利用しているのかもしれないが、君のことを気にかけてやってくれと頼んでくる人間もいるんだ。そう卑下したもんじゃない」
「……その頼んできた人間ってのは、ヤクザなんだろ」
「今のところぼくと君の周りには、ヤクザしかいないんだから、まあ、そうだよね」
 優也は小声で何かブツブツと洩らしていたが、憎まれ口をはっきりと聞くことはできなかった。
 前回よりは遥かに友好的に会話ができ、診察に対して優也が協力的であったことにひとまず満足して、和彦は体温計と聴診器を仕舞う。そして、とにかくしっかり栄養をとって、体をよく休めるよう言い含めておく。
「とにかく咳が気になる。もう少し様子を見て、咳が治まらないようなら、布団で簀巻きにしてでも病院に連れて行く。……ぼくは正直、切ったり、縫ったり、ときどき骨を削ったりはしているけど、呼吸器系の病気はあまり扱ったことがないんだ。こういうことを聞いたら君だって、専門医に診てほしくなるだろ」
「謙遜するなよ。あんたは十分、名医だと思うよ。――佐伯先生」
 なんとも癇に障る言い方だ。勤務していた税理士事務所でもこの調子だったのだろうかと、聞いてみたくはなったが、好奇心は猫を殺すという、どこかの国のことわざが脳裏を過る。和彦はとりあえず、優也の皮肉にムッとしたふりをしておいた。
 これで帰ると告げて、いそいそと立ち上がったところで、優也が布団の下から片手を出し、自分の頭上を指さした。
「ベッドの下に、僕のスマホが落ちている」
 ベッドと壁の隙間を覗き込むと、確かにスマートフォンが落ちている。腕を伸ばしてなんとか拾い上げた和彦は、優也のてのひらに載せてやる。
「なあ、あんた、LINEやってないの? 僕、喉がこの調子だから、電話で話すより、文章でやり取りするほうが、楽なんだけど」
「……やり取り?」
「僕のかかりつけ医になったんなら、当然。病気のことだけじゃなく、いろいろと、相談したいことも出てくるかも、しれない。いちいち、叔父さんのところに話を通すの面倒だし」
 かかりつけ医が欲しいなら、それこそ病院に行けばいいだろうし、個人的な相談も、他にもっと適任がいるのではないか。
 何より気になるのが、組を通さずに優也と関わりを持つことが、果たして許されるのだろうかということだ。ある意味、身元はしっかりしているのだが――。
「スマホは持ってないんだ。だから、文章でやり取りしたいなら、メールだな」
「……組長のイロやってるなら、スマホぐらい、買ってもらえばいいだろ」
 さきほどの意趣返しのつもりなのか、呆れたように優也に言われる。実のところ周囲からはさりげなく、スマートフォンに切り替えたらどうかと勧められてはいるのだ。かつて、和彦と同じ機種の携帯電話を購入した千尋も、仕事ではスマートフォンを使用し始めたようだ。

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

処理中です...