血と束縛と

北川とも

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第42話

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 ただ、いつでも、温かみのある会話はなかった。それでも、いつだったか、三田村の家庭環境をちらりと教えてもらったことがあるが、そのことを思えば、和彦の生活は十分すぎるほど恵まれていたのだ。
「クリスマスは?」
 ふいに三田村に問われ、和彦は目を丸くする。
「ケーキを買ってもらったり、プレゼントを贈られたりはしなかったのか?」
 一瞬、脳裏に浮かんだのは、里見の顔だ。
「実家では……、なかったな。そういうものだと思っていたから、特に不満もなかった。一人暮らしを始めてから、こんなに気分が浮かれるものなんだと知ったんだ」
「俺は、家で祝うなんてもちろんなかったが、子供会ってやつで近所の子供を集めて、お菓子を配ったり、大人が催しをやってたんだ。あれは楽しかったな」
 話す三田村の横顔が穏やかなので、本当に楽しい思い出として残っているのだろう。その三田村がふいにこちらを見た。
「去年は、先生へのクリスマスプレゼントを探すのも、一緒に過ごせたのも、楽しかった」
「……あんたからもらった時計、壊すのが怖くて、なかなか外につけて歩けないんだ」
「壊したら、また俺が買う。それだけだ」
 三田村から傾けられる愛情がくすぐったくて、心地よくて、和彦はそっと微笑む。
 スープを飲み干してしまうと、汗が完全に引いて少し肌寒さを感じていたはずが、体の内側からぽかぽかと温まっている。
 満たされた、と心の底から思いながら和彦は、当然のように三田村にもたれかかる。
「眠くなってきたんだろう、先生。ベッドに入る前に、シャワーを浴びて、歯も磨いて、さっぱりしてくるといい。その間に、ベッドをきれいにしておくから」
「――……三田村、お母さんみたいだ」
 ごほっと咳き込んだ三田村に、空になったカップを取り上げられる。急かされた和彦はのろのろとバスルームに向かっていたが、ふと気になることがあって立ち止まった。
 先日、里見と接触したことによって、何か変わったことは起きなかったか――。
 そう質問したかったが、自分でも、具体的にどんなことが起こりうるのか咄嗟に思い浮かばなかったため、声に出すことはできなかった。
 むしろ言葉にして発することで、不穏な事態を引き起こしてしまいそうだと思い直す。振り返ると、カップを手にした三田村がキッチンに向かっており、何げなくといった感じで和彦と目が合った。
 控えめに笑いかけられただけで、シャワーを浴びに行くほんの少しの時間すら、惜しくなる。
 三田村のことを言えないなとため息をつきながら、和彦はあくびを一つ洩らして、今度こそバスルームへと向かった。




 午前十時前に本宅に戻ってきた和彦は、一旦客間に入って着替えを済ませると、すぐに洗面所で手洗いとうがいをする。昨日優也を診たこともあり、自分の体調の変化には細心の注意を払っているが、今のところ気になる症状は出ていない。
 念のため、鏡の前で大きく口を開けて喉の状態を確認していると、洗面所のドアが軽くノックされた。和彦は慌ててタオルで口元を覆う。
「先生、何か飲み物を用意しましょうか?」
「あっ、うん。だったらお茶を……」
「わかりました。組長の部屋に運んでおきます」
「それは――」
 賢吾の部屋に行けということらしい。顔は出すつもりだったが、待ちかねていたといわんばかりの対応に、思わずため息が洩れる。昨日の一連の出来事の大半は、賢吾のお膳立てによるものなので、きっと和彦からの報告を楽しみにしているのだろう。
 タオルをカゴに放り込み、さっそく賢吾のもとへと行く。一声かけて部屋に入ると、賢吾はワイシャツ姿で寛いでいた。和彦は軽く首を傾げる。
「その格好は……、外から戻ってきたばかりなのか? それとも、これから出かけるのか?」
「ちょっと顔を出すところがあるんだ。日曜ぐらいゆっくりしたいところだが、お前もいなかったことだしな。――もっとゆっくりしてくるかと思った」
 責められているのではないとわかっているが、和彦は賢吾に対して言い訳めいたことを口にする。憎たらしいことに賢吾は、ニヤニヤと笑いながら片手を耳に当て、よく聞こえないという仕種をした。
「準備があるんなら、ぼくと顔を合わせるのはあとでもよかっただろ」
「あまり愉快じゃない用で出かけるから、多少なりと気分をよくしておきたかったんだ」
 あながち冗談とも思えない賢吾の口ぶりだった。和彦はようやく座卓につき、そこに笠野がお茶を運んでくる。
 笠野が出て行くのを待ってから、抑えた声で切り出す。
「……昨日、御堂さんから聞いた。あんたが総和会の幹部会に、南郷さんの処罰を求めていると」

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