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第42話
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しおりを挟むパジャマに着替えた和彦が、タオルで髪を拭きながら部屋に入ると、イスに腰掛けた三田村が優しい声で問いかけてきた。
「しっかりと温まったか、先生?」
「気になるなら、一緒に入ればよかったんだ」
和彦の返答に、三田村は少し照れた表情で応じた。
「……俺たちが一緒に入ると、慌ただしくなって、温まる間もないだろう」
三田村の言わんとしていることを察し、思わず視線が泳ぐ。
「それに、先に報告の電話を済ませておきたかったんだ」
テーブルに置かれた三田村の手元には、携帯電話がある。連絡した先はおそらく一件ではないだろう。さて、と洩らした三田村が立ち上がる。
「俺も入ってくる」
「しっかり温まってくるんだぞ」
三田村は曖昧に笑うだけで返事をしなかった。
部屋に一人となった和彦は、さっそく自分の携帯電話を取り出し、賢吾宛てに簡単な報告のメールを打つ。簡単とはいってもけっこうな文字数となったため、電話で済ませたほうが本当は楽なのだが、この部屋にいて、賢吾の声を聞くのは気が咎めた。賢吾と三田村に対して。
自分は性質の悪いオンナだと、つい自嘲気味な気分になりながらも、文章を打ち込む指は止まらない。早く済ませてしまわないと、三田村が戻ってくる。
メールを送信し終わって、ほっと安堵の息をついた和彦は、携帯電話の電源を切ることなく、ベッド側のイスの上に置いておく。今夜に限っては、優也の体調についていつ連絡が入るかわからないためだ。
それなのに今夜、あえて三田村と共に過ごすことを選んだ。
十二月に入ってから、どこにいても、誰の側にいても、ざわざわとして気持ちが落ち着かない。心のどこかで、年末年始を実家で過ごしたあと、自分はこの場所や人間関係を失ってしまうかもしれないと、危惧しているせいだ。そんなことにはならないと自分に言い聞かせては、次の瞬間には不安に襲われる。その繰り返しだ。
この瞬間も、三田村との思い出を積み重ねようとしているだけではないかと考え、ゾッとした。
慌ててキッチンで冷たい水を飲んでいると、バスルームの扉を開閉する音がする。和彦が目を丸くしている間に、上半身裸の三田村が戻ってきた。
「……早すぎだ。全然温まってないだろ」
ぎこちなく笑いかけた和彦だが、タオルで乱雑に髪を拭った三田村が一瞬見せた鋭い表情に息を呑む。余裕のない男のものだった。
「三田村……」
大股で歩み寄ってきた三田村に、まずグラスを取り上げられてから、きつく抱き締められた。和彦は条件反射のように広く逞しい背に両腕を回す。濡れた肌を――雄々しい虎の刺青を撫でていた。
「……ごめん」
思わずこんな一言が口を突いて出た。
「どうして謝るんだ、先生」
「たった今、不吉なことを考えていた。この部屋で、あんたと二人きりなのに」
「疲れてるんだな……」
三田村のハスキーな声が耳の奥で溶ける。和彦は甘えるように頬ずりをして、指先で三田村の背をなぞる。たったそれだけで、精悍な体がピクリと揺れた。
「不吉なことなら、俺も考える。先生が実家に帰ったら、もう二度と俺たちのところに戻ってこないんじゃないかと。さっきも、シャワーを浴びながらそんなことを考えて、急に不安になった。先生がまだ部屋にいるのか――」
「じゃあ、似た者同士だな。ぼくとあんたは」
三田村の唇が頬に触れ、次に唇の端へと移動する。和彦は口づけを求めて小さく喘いだ。
「先生、戻ってきてくれるか?」
「戻ってくるなと言われても、戻ってくる。ぼくの人生をめちゃくちゃにした責任はしっかり取ってもらうからな。執念深いんだ、ぼくは」
吐息を洩らすように三田村が笑い、和彦は自分から唇を寄せる。ゆっくりと唇を重ね、この日初めて、三田村との口づけを堪能することができる。
最初は優しく互いの唇を吸いながら、軽く舌先を触れ合わせる。それだけで、ドロドロとした情欲が体の奥から溢れ出してきて、和彦の息遣いが乱れる。その変化に気づいた三田村に、肩を抱かれてベッドへと移動する。
腰掛けた和彦は大きく息を吐き出し、一旦体を離した三田村が、キッチンの電気を消したり、サイドテーブルに水を準備する様子を目で追いかける。焦らされているようでもどかしくもあるが、抱き合っていては見ることのできない虎の刺青を眺められるので、不満は口にしないでおく。
エアコンの温度を調節した三田村がようやくベッドに戻ってきて、視線を交わし合ったあと、再び唇を重ねた。パジャマの上着の下に片手が差し込まれ、脇腹を撫でられる。それだけで鼻にかかった声が洩れてしまう。
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