血と束縛と

北川とも

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第42話

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 仕方ないなあと独りごちた和彦は、パジャマの前を留め直すと、青年の体に布団をかける。すぐに頭から布団を被ってしまったので、これ幸いと遠慮なく部屋中を見て回り、ついでに冷蔵庫の中も覗く。食料がぎっしりと詰まっているが、部屋の惨状からして、組員たちが差し入れをしているのかもしれない。
 タオル、タオルと声に出しながら、洗面所まで行ってみる。洗濯物が山のように溜まっている光景を目の当たりにして、和彦はがっくりと肩を落とす。
 部屋に戻ると、咳き込みながら青年が、布団の隙間からこちらをうかがっていた。
「咳で苦しいから、やっぱり病院で診てもらおうかなー、という気には?」
「しつ、こい……」
 和彦はメモ用紙に必要なことを書き込んでから、外で待機している組員に渡す。
「買い物リストだ。ここに書いてあるものを今すぐ買ってきてくれ。ドラッグストアとスーパーで揃うはずだ」
 城東会の組員の一人がすぐに走っていき、残った男にも、うんざりしながら指示を出した。
「今から、ゴミ袋に洗濯物を詰めてくるから、コインランドリーでまとめて洗ってきてほしい。汗をかくから、いくらでも着替えが必要なんだ」
 そう告げて、部屋に引っ込もうとした和彦を、城東会の組員が呼び止める。
「あのっ……、ユウヤさんはどういう状態ですか? 診察が終わったら、すぐに報告するよう言われているもので……」
「『ユウヤ』が、彼の名前なのか」
 そういえば、こちらも自己紹介がまだだったなと、和彦は心の中で反省しておく。患者からいままでにない反応を示されて、やはり少し冷静ではなかったようだ。
「彼は、四十度近い熱が出ているし、咳もひどい。喉もかなり腫れている。インフルエンザかもしれないと思ったけど、話を聞いてみると、風邪をこじらせた可能性が高い。まだ肺炎にはなってないみたいだが、正直、すぐに病院に連れて行ったほうがいい」
 組員からすがりつくような眼差しを向けられ、和彦は一拍遅れて付け加える。
「……外に連れ出すなら、舌を噛んで死ぬと脅された。それが可能かどうかはともかく、行きたくない人間を引きずり出すよりは、安静にさせておくほうがいいだろう……」
 和彦は大きく息を吐き出すと、ドアの陰に立っている長嶺組の組員に、しばらくかかりそうなので車で待っていてくれと声をかける。寒風吹きすさぶ場所にいられると、風邪の患者が増えるだけだ。
 のんびりと土曜日を過ごす予定だったのにと、ちらりと思わなくもなかったが、何かしていたほうが今の自分の精神状態にとってはいいのだろうと納得しておくことにした。


 乱雑なテーブルの上に、ダイレクトメールが開封されないまま置いてあったので、宛て名を確認させてもらうと、〈滝口たきぐち優也ゆうや〉と記されていた。
 当の本人は、額に冷却シートを貼り、真っ赤な顔をして目を閉じている。少し前まで、冷却シートを貼ろうとする和彦とベッドの上で掴み合いを繰り広げ、さすがに疲れ果てたようだ。パジャマを着替えさせるのも一苦労で、和彦が何かするたびに、とりあえず憎まれ口を叩き、抵抗していたのだ。
 喉が痛くて堪らないというので、市販薬を口に放り込んでやると、やっとおとなしくなった。
 床の上に座り込んでぐったりとしていた和彦だが、ここで、いつの間にか自分がマスクを外していることに気づく。優也と格闘しているうちに、邪魔になって自分で剥ぎ取ったようだ。
 風邪が移って、いっそのこと自分もしばらく寝込んでしまったらどうかと、医者にあるまじき想像をしてから、のっそりと立ち上がる。優也の世話をしつつ、合間に部屋を片付けていたら、こちらもすっかり疲れ果てた。
 カーテンの隙間から外の様子をうかがうと、いつの間にか日が暮れている。放り出していたメモ帳に這い寄ると、自分の携帯電話の番号を書き記し、優也の枕の下に突っ込む。
「ぼくはこれで帰るから。冷却シートをきちんと交換して、しっかり水分を取って、汗をかいたらこまめに着替えるんだぞ。苦しくて堪らなくなったら、我慢なんてせずに、ぼくの携帯に電話をかけてこい。……諦めて、病院に行ってもらってもいいけど」
「……絶対、嫌だ」
 咳き込みながらの返答に、呆れるよりも感心して、和彦はちらりと笑みをこぼす。
 帰る前にこれだけはと、水で濡らしたタオルをハンガーにかけてから、優也が寝ているベッドの側に吊るしておく。ささやかながら、乾燥対策だ。
 バッグを手に外に出ると、城東会の組員が一人だけ立っていた。外から鍵をかけると、共にエレベーターホールへと向かう。
「無事にドアチェーンを切ったことだし、数時間置きに部屋に入って彼の様子を見てやってほしい。憎まれ口を叩けないぐらい弱ったら、こちらに連絡を」

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