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第42話
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まだ笑いの余韻を引きずっている御堂が財布を取り出すと、これまで距離を取っていた第一遊撃隊の隊員がさりげなく近づいてきて、購入したものを受け取ろうと待ち構える。一方、和彦についている組員は、棚の陰で携帯電話を耳に当てていた。
定時報告だろうかと眺めていた和彦を、電話を切った組員が見る。その様子から、何かあったと察した。案の定、素早く歩み寄ってきた組員にそっと耳打ちされる。
「先生、仕事が入りました」
それを聞いた和彦は、まず御堂を見遣る。組員の声が聞こえたとも思えないが、財布を仕舞った御堂がちらりと笑みをこぼす。
「君は、わたしなんかよりよほど忙しいね」
「あのっ……」
「気にしなくていいから、行っておいで」
そう言って御堂は軽く手を振った。
慌ただしく和彦が連れて来られたのは、ごくありふれた四階建てのマンションだった。先に到着していた他の組員から、手術衣などを詰め込んだバッグを手渡され、促されるままエレベーターに乗り込む。
「……患者の様子は? さすがに、土曜のこんな明るいうちから、普通のマンションで切ったり縫ったりは無理だろ」
「それが、よくわからないんです」
困惑気味に組員から返され、和彦も困惑の表情で返す。これまでも、状況が把握できないまま患者の元に連れて来られたことはあるが、それでも素人判断ではあっても容態ぐらいは告げられていた。組員にも緊迫感は漂っており、そこから何かしら感じ取ることはできていたのだ。しかし今は――。
「わたしらも、何も教えられてないんです。とにかく先生を連れて行けばいいとだけ」
「誰から?」
「組長です」
信用できる筋からの依頼ということは間違いないようで、頭の中に疑問符が飛び交いながらも、一応和彦は納得しておく。
エレベーターが最上階である四階に到着し、先に降りた組員が慎重に辺りを見回して頷くのを確認してから、和彦も降りる。エレベーターホールを出て、部屋はどこだろうかと探すまでもなかった。一番奥の部屋の前に、いかつい風貌の男二人が所在なさげに立っていたからだ。
こちらに気づいた途端、大げさなほど背筋を伸ばしたあと、深々と頭を下げてきた。どこかで見かけたことがある男たちだと気づき、和彦は首を傾げたが、その間にも、組員が男たちと言葉を交わす。声を潜めて何度かやり取りをしたあと、和彦は男たちを紹介された。やはり声を潜めたまま。
「城東会の組員たちです」
城東会といえば、三田村が補佐を務めている若頭が組長として仕切っている組だ。ああ、と声を洩らしたものの和彦は、微妙な表情を浮かべてしまう。城東会顧問である館野から、前に言われた言葉が蘇っていた。
正直、城東会から自分はよく思われておらず、何か行事ごとでもない限り関わることはないだろうと考えていたので、この遭遇は予想外もいいところだ。
「――……もしかして、この部屋に患者が?」
和彦の問いかけに、城東会の組員が頷く。
「多分、患者だと思います」
「……多分?」
「部屋に入って確認したわけではないのですが、うちの組長に状況を報告したら、すぐに佐伯先生に来てもらうことにするとおっしゃられて……」
わけがわからない。思いきり疑問が顔に出ていたらしく、城東会の組員が真剣な表情で言った。
「ドア越しに聞こえたんです。ひどく咳き込む声が」
「だったら、どうしてまず部屋に入らなかったんだ? ドアは開くんだろ」
見れば組員の足元には、ワイヤーカッターがある。前に、一人暮らしをしていた千尋の部屋に押し入ってきた賢吾たちのことを思い出し、ヤクザのやり方は共通なのだなと、妙な感心をしていた和彦だが、それどころではないとすぐに思い直す。
「本当に、大丈夫、なのか? もしかして、中にいるのが堅気の人間なんてこと――」
「堅気です」
わけがわからないと、今度こそ和彦は声に出して呟く。慌てて城東会の組員が言い募った。
「堅気ですが、組の……というか、組長の身内です。その組長が、荒っぽい手段もやむなしとおっしゃったんです」
「……それなら、まあ、言われた仕事はやるけど……」
ぼやき混じりの言葉を承諾の返事と受け取ったのか、素早く組員が動き、合鍵を使ってドアを開けると、隙間からワイヤーカッターを突っ込んでドアチェーンを千切る。和彦は、恭しく差し出されたマスクをして玄関に入った。
単身者用の部屋らしい広いとは言い難いリビングダイニングには、満杯のゴミ袋が三つほど置かれており、一方のキッチンは使っている様子もなく、日頃の生活ぶりがうかがえる。床に並べて置かれた空のペットボトルを横目に、和彦は奥の部屋に続くガラス戸を開ける。
定時報告だろうかと眺めていた和彦を、電話を切った組員が見る。その様子から、何かあったと察した。案の定、素早く歩み寄ってきた組員にそっと耳打ちされる。
「先生、仕事が入りました」
それを聞いた和彦は、まず御堂を見遣る。組員の声が聞こえたとも思えないが、財布を仕舞った御堂がちらりと笑みをこぼす。
「君は、わたしなんかよりよほど忙しいね」
「あのっ……」
「気にしなくていいから、行っておいで」
そう言って御堂は軽く手を振った。
慌ただしく和彦が連れて来られたのは、ごくありふれた四階建てのマンションだった。先に到着していた他の組員から、手術衣などを詰め込んだバッグを手渡され、促されるままエレベーターに乗り込む。
「……患者の様子は? さすがに、土曜のこんな明るいうちから、普通のマンションで切ったり縫ったりは無理だろ」
「それが、よくわからないんです」
困惑気味に組員から返され、和彦も困惑の表情で返す。これまでも、状況が把握できないまま患者の元に連れて来られたことはあるが、それでも素人判断ではあっても容態ぐらいは告げられていた。組員にも緊迫感は漂っており、そこから何かしら感じ取ることはできていたのだ。しかし今は――。
「わたしらも、何も教えられてないんです。とにかく先生を連れて行けばいいとだけ」
「誰から?」
「組長です」
信用できる筋からの依頼ということは間違いないようで、頭の中に疑問符が飛び交いながらも、一応和彦は納得しておく。
エレベーターが最上階である四階に到着し、先に降りた組員が慎重に辺りを見回して頷くのを確認してから、和彦も降りる。エレベーターホールを出て、部屋はどこだろうかと探すまでもなかった。一番奥の部屋の前に、いかつい風貌の男二人が所在なさげに立っていたからだ。
こちらに気づいた途端、大げさなほど背筋を伸ばしたあと、深々と頭を下げてきた。どこかで見かけたことがある男たちだと気づき、和彦は首を傾げたが、その間にも、組員が男たちと言葉を交わす。声を潜めて何度かやり取りをしたあと、和彦は男たちを紹介された。やはり声を潜めたまま。
「城東会の組員たちです」
城東会といえば、三田村が補佐を務めている若頭が組長として仕切っている組だ。ああ、と声を洩らしたものの和彦は、微妙な表情を浮かべてしまう。城東会顧問である館野から、前に言われた言葉が蘇っていた。
正直、城東会から自分はよく思われておらず、何か行事ごとでもない限り関わることはないだろうと考えていたので、この遭遇は予想外もいいところだ。
「――……もしかして、この部屋に患者が?」
和彦の問いかけに、城東会の組員が頷く。
「多分、患者だと思います」
「……多分?」
「部屋に入って確認したわけではないのですが、うちの組長に状況を報告したら、すぐに佐伯先生に来てもらうことにするとおっしゃられて……」
わけがわからない。思いきり疑問が顔に出ていたらしく、城東会の組員が真剣な表情で言った。
「ドア越しに聞こえたんです。ひどく咳き込む声が」
「だったら、どうしてまず部屋に入らなかったんだ? ドアは開くんだろ」
見れば組員の足元には、ワイヤーカッターがある。前に、一人暮らしをしていた千尋の部屋に押し入ってきた賢吾たちのことを思い出し、ヤクザのやり方は共通なのだなと、妙な感心をしていた和彦だが、それどころではないとすぐに思い直す。
「本当に、大丈夫、なのか? もしかして、中にいるのが堅気の人間なんてこと――」
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わけがわからないと、今度こそ和彦は声に出して呟く。慌てて城東会の組員が言い募った。
「堅気ですが、組の……というか、組長の身内です。その組長が、荒っぽい手段もやむなしとおっしゃったんです」
「……それなら、まあ、言われた仕事はやるけど……」
ぼやき混じりの言葉を承諾の返事と受け取ったのか、素早く組員が動き、合鍵を使ってドアを開けると、隙間からワイヤーカッターを突っ込んでドアチェーンを千切る。和彦は、恭しく差し出されたマスクをして玄関に入った。
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