血と束縛と

北川とも

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第42話

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「問題を起こした南郷に対して、処罰を求めているそうだ。幹部会がその求めに応じると、総和会の中だけじゃなく、総和会に名を連ねるすべての組に対して、回状という形で通知が出されるんだ。与えられる罰は軽くても構わない。ただそのことが、組織中に知らされるわけだ。誰が求め、誰に対して処罰が下されたかを。南郷の起こした〈問題〉が何かまでは知らないが、賢吾は内々の謝罪で済ませるつもりはないんだろう」
 賢吾が、総和会本部に顔を出していたことは知っていたが、その理由を聞かされて、和彦は動揺する。もちろん賢吾は、そんなことは一言も言っていなかった。
「賢吾がそこまでするとなったら、理由は限られてくると思わないかい?」
「……半分、正解です」
 残念、と呟いた御堂は、このときにはもう眼差しを和らげ、次の花苗を物色している。和彦は控えめに尋ねた。
「それで、どうなるんでしょう?」
「どう? ……そうだね。多分、賢吾の要求は通らない。なんとなくだが、長嶺会長は南郷の名に傷をつけたくないんだと思う。回状を出されるぐらいなら、むしろ南郷に指を落とさせるほうを選ぶだろうね」
「それで、落とした指をぼくが縫合するんですか……」
 口にして、笑えない冗談だなと嘆息する。一方の御堂は、ニヤリと鋭い笑みを浮かべた。
「容易なことでは総和会という大樹は揺れない。わたしとしては、いろいろと波乱を期待しているんだが、忌々しいほど長嶺会長の下で組織は盤石だ。わたしというささやかな毒を平然と呑み込む程度には。それでも、足掻きたくなるんだ。わたしも、賢吾も。それ以外の一部の人間も」
 ほろ苦さを感じたような口調でそう言った御堂だが、すぐに何事もなかったように、十二月らしい植物ともいえるシクラメンの鉢へと歩み寄る。
「気分転換をしてもらうつもりだったのに、物騒な話をして暗い顔をさせてしまったね」
「いえ、いいんです。気になっていたことですし。南郷さんのこともですけど、それと同じぐらい憂鬱なことがあって……。これだけは、賢吾さんだけじゃなく、誰にも任せることができないんです。自分のことで、迷惑をかけたくない――」
 最後の言葉は心の中で呟いたつもりが、気がつけば声に出ていた。一人うろたえて口元に手をやっていると、御堂に、君も育ててみるかとシクラメンの鉢を示される。和彦は苦笑して首を横に振った。部屋に鉢を置いたとしても、年末年始は自分で水を与えることはできず、結局組員たちの手を煩わせることになる。
 御堂もそれ以上言ってくることはなく、シクラメンの鉢を選ぶ。
 他にいくつかの花苗をカートに載せたところで、御堂が言った。
「本格的な気分転換ということで、君とゆっくり飲みたいと思っているんだ。ささやかな忘年会みたいな感じで。今晩は用事があるから、日を改めて……と考えているけど、どうかな? さすがの賢吾も、買い物に連れ出すのはいいけど、夜遊びに連れ出すのはダメだなんて野暮は言わないだろうし」
 一瞬、賢吾の渋面を想像した和彦だが、すぐに承諾する。そこで、ある人物のことが頭を過った。
 一度精算をするという御堂についてレジに向かい、順番を待ちながら遠慮しつつ切り出した。
「――……実は、御堂さんのことを紹介してほしいという人物がいるんです」
「君の知り合いだよね?」
「友人、のようなものです。いろいろと相談にも乗ってもらっていて。その彼が、御堂さんと知り合うきっかけがほしいみたいなんです」
「ああ、つまり、さっき話した忘年会もどきに呼びたいんだね。わたしは構わないよ」
 御堂の返事に、いくらか緊張していた和彦は拍子抜けする。どういう人物なのか、当然のように質問されると思っていたのだ。目を丸くする和彦に、御堂が続ける。
「〈あの〉賢吾が、友人として君に近づくのを許している人物なら、身元はしっかりしているんだろう。あっ、こっちの世界で、という意味で」
「そういう意味でなら、確かにしっかりしています。その……、第二遊撃隊の隊員なんですけど」
 そう告げたとき御堂の反応は、はっきりいって見ものだった。噴き出したかと思うと、声を上げて笑い始めたのだ。なんとも華やかでよく通る笑い声で、そして少し芝居がかっており、和彦は圧倒されてしまう。
 御堂の目元がほんのりと赤く染まる様に、見てはいけないものを見た気がして、視線をさまよわせてもいた。
「いいね。わたしも会いたくなった。――密会するのに相応しい店を探さないと」
「そう言ってもらえると、ありがたいです」

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