血と束縛と

北川とも

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第42話

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 困惑する和彦にかまわず、御堂は慣れた様子で大きなカートを押してくると、こちらに手招きをして歩き始める。和彦としてはおとなしくついていくしかない。
「昨夜、賢吾にちょっと用があって電話したとき、ポロッと洩らしたんだよ。買い物に出かけると。そうしたら、うちの先生は買い物好きで、いい気晴らしになるかもしれないから同行させていいかと言われたんだ。……普段は抜け目ない男なのに、こっちが何を買いに行くかも聞かずにそんなこと言い出したものだから、おかしくてね。嫌とは言えないよ」
「……すみません」
「わたしとしては、うちの隊員以外の同行者は嬉しいけど、むしろ、君にとっては退屈な時間になるかもしれない。まあ、覚悟しておいてくれ」
「それは大丈夫です。ホームセンターに来ることなんてないので、商品を眺めているだけでも楽しそうで」
「わたしは、最近は足が遠ざかっていたんだけど、部屋に一人でいるとなんだか手持ち無沙汰で。それで、また始めてみようと思ったんだ」
 軽やかにカートを走らせて向かった先は、出入り口横に設けられた園芸コーナーだった。変わった形のプランターに和彦が気を取られている間にも、御堂はどんどん先を歩いていき、慌てて追いかける。
 ようやく足が止まったのは、たくさんの花苗や鉢が並んだ一画だった。
「前に住んでいた家に庭がついていたから、暇つぶしと体力作りのつもりであれこれ花を育ててたんだ。今はマンション暮らしになったけど、ベランダが広くて殺風景なのが気になってね。それで――」
 そう説明しながら、御堂はじっくりと花苗を眺めている。和彦は、そんな御堂の横顔を眺めていたが、ふと気になって振り返ると、さすがにこんな場所では目立つと考えたらしく、少し離れた場所に護衛が二人だけ立っていた。
「ずいぶん物々しいと思ったかもしれないけど、護衛というより、荷物持ちのために連れてきたようなものだよ。苗だけじゃなく、土も肥料も、大きな鉢も買って帰るつもりだからね、今日は」
「……花を育てるための準備って大変なんですね。ぼくはせいぜい、人に世話してもらっている鉢に、水をやっているぐらいで」
「わたしも似たレベルだったよ、最初は。植えてすぐに枯らせていた。花が可哀想だからやめようと思ったんだけど、なんだかムキになってしまって」
「花が好きなんですね」
 まあね、と御堂が曖昧に頭を動かす。
「難しいと思いながらも、人間を相手にするよりは気楽だよ。花は、あれこれ企まない」
「御堂さんがそういうことを言うと、重みがあるというか……」
「そういう境地にまだ至ってないということは、君は本当に見かけによらず豪胆だ」
 二神にも同じことを言われたなと、笑みをこぼしかけた和彦だが、すぐに顔を強張らせる。今の自分が置かれた状況を思い出し、キリッと胃が痛んだ。意味ありげな視線を寄越してきた御堂が、ビオラとパンジーの苗をカートに載せる。これぐらいポピュラーな花なら、札を見なくても名は知っている。
 ガーベラを選びながら御堂が、さりげなく切り出してきた。
「賢吾が、君に気晴らしをさせたかった理由に、南郷は関係あるのかい?」
 ここにいると、外の寒さを忘れそうだと、ぼんやりと考えていた和彦は、御堂の問いかけに即座に反応できなかった。ゆっくりと目を瞬き、御堂を見つめる。寸前まで、瞳に柔和な光を湛えていた人は、今はゾクリとするほど怜悧な表情となっていた。
「わたしが、君に余計なことを吹き込むか、あるいはあれこれ聞き出すはずだと、賢吾ならわかっているはずだ。それでも、こうやって君を預けたんだ。わたしなら情報の取捨選択をしてくれると、信頼されていると思っておこうか」
「……余計なことを吹き込むって、何か、あるんですか?」
 無意識に喉を鳴らした和彦は、数瞬だけ躊躇してから、こう問わずにはいられなかった。御堂から注ぎ込まれる毒は、痺れるようによく効くと知りながら。
「総和会の中で、なかなか興味深い噂が流れ始めているんだ。曰く、長嶺会長と長嶺組長の間に、不穏な空気が流れつつある。長嶺会長の南郷の重用ぶりが、長嶺組長はおもしろくないんだろう、と」
「そんなっ……」
「賢吾が、総和会と一定の距離を置いているのは今に始まったことじゃないし、長嶺会長の南郷の重用ぶりも同じだ。それがどうして、いまさらこんな噂が流れるのかと思って探ってみたら――」
 新たにガーベラをカートに載せ、御堂が歩き出す。
「珍しく賢吾が、ここ数日、本部に毎日顔を出していると聞いた。そして、幹部会にある要求をしているとも」
「要求?」

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