血と束縛と

北川とも

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第41話

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「君の人生をめちゃくちゃにした組織の人間に、会ってみたかった。どんなふうに悪びれていないのか、自分の目で確認したかったんだ。……ああ、なるほど。本当に、悪いことをしていると思っていないんだな」
 三田村は反論しない。和彦も、ある部分で里見の発言の正しさを認める。
「……やめて、里見さん。そのことはもういいんだ」
「よくないよ」
「いいんだっ。めちゃくちゃにされたのは、ぼくの人生だ。でも、新しい人生を見つけた」
「囲われ者の人生かい?」
 全身の血が沸騰したようだった。顔色を変えた和彦を見て、里見はハッとしたように唇を引き結ぶ。すまない、と小さな声が言った。
「だけどこれが、君の今の生活ぶりを聞いて、大半の人が抱く感想だと知ってほしい。おれは君に、胸を張って生きてほしいだけだ」
「父さんや兄さんみたいに?」
 和彦は、自分を守る壁と化している三田村の隣に立ち、そっと視線を向ける。誠実で優しい男は無表情ではあるものの、わずかな苦悩の翳りがあった。里見の言葉に動揺したのは、和彦よりも三田村なのかもしれない。
 そこで、この場で里見に告げておくべきことを思い出した。
「――この人は、ぼくのたった一人の〈オトコ〉だ。悪びれる必要なんてない。ぼくがそう望んで、この人は叶えてくれている」
 和彦は自分の胸にてのひらを当て、じっと里見の目を見据える。
「里見さんは、十代の頃のぼくじゃなく、今のぼくを見るべきだ。見たくないなら――もうぼくに関わるべきじゃないよ」
 里見は何か言いかけて、結局口を閉じた。そして、厳しい表情で待合室を出て行く。
 少しの間を置いて和彦は肩から力を抜くと、隣の三田村にもたれかかる。力強い腕に体を支えられた。
「先生、大丈夫か?」
 気遣いの言葉に応じるより先に、三田村を睨み付けていた。
「どうして、あんたが来たんだ。もしかすると警察と接触していたかもしれないのに……。迎えの車が停まってなかったみたいだと聞いて、少しほっとしてたんだ。それなのに――。組長から、行くように言われたのか?」
「先生を一人にしておけるはずがないだろう。車は、このビルから少し離れた場所に停めさせている。俺が来たのは、千尋さんに言われたからだ」
「千尋?」
「面倒な事態になっている先生を迎えに行ってほしいと。千尋さんは千尋さんで、組長から何か言われていたのかもしれないが」
 迎えに寄越すなら、三田村でなくてもよかったはずだ。それなのに千尋があえて、三田村に言ったということは、目的があったはずだ。三田村でなければならない〈何か〉が。
 ここで三田村に肩を抱かれて、和彦は我に返る。
「先生、帰ろう。俺の携帯に連絡が入らないということは、この辺りに怪しい人も車も見当たらないみたいだ」
「うん……」
 アタッシェケースを拾い上げた三田村に促され、クリニックを出る。
 エレベーターを待っていると、三田村が口元に微笑を浮かべた。和彦の視線に気づいて、三田村が慌てて表情を取り繕う。
「すまない。笑える状況じゃないのに」
「それはいいけど……、何がおかしかったんだ」
「おかしかったんじゃない。ただ、嬉しいんだ。先生が俺を、オトコと言ってくれたことが。里見という男は、先生にとって特別な存在なんだろう? そんな男に向けて、言ってくれた」
 和彦は漠然とながら、迎えに来るのが三田村でなければならなかった理由が、わかった気がした。
 三田村は、和彦を裏の世界に留めておくための鎖だ。表の世界に連れ戻そうとする里見と対峙させ、和彦にはっきりと選ばせたかったのだろう。千尋は――というより、長嶺の男は。
 もし三田村の身に何かあったらどうするつもりだったのかと、エレベーターに乗り込みながら怒りが込み上げてきたが、一方で、冷静な判断だったのだと納得もしている。
 千尋は、賢吾に相談したのかもしれないが、もし独断だったとしたら、末恐ろしい、という一言が和彦の頭に浮かんだ。

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