血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
1,061 / 1,268
第41話

(35)

しおりを挟む
 今日だけは、護衛を外してもらうべきかと考え、次の瞬間には打ち消す。
 和彦の中に、里見と二人きりで会うという選択肢はまったくなかった。
 もう一度里見に連絡を取るのは無駄だと即座に判断を下し、和彦は迷うことなく賢吾の携帯電話を鳴らす。しかし、こんなときに限って繋がらない。そこで今度は、本宅の電話にかけてみる。電話番の組員に賢吾への取り次ぎを頼むが、今は出かけており、電話にも出られないのだという。
 もどかしげな和彦の空気を感じたのか、組員がある提案をしてくる。それを聞いて自分が安堵感を抱いたことに、和彦は率直に驚いた。
 頼む、と返事をすると、すぐに内線を回された。
『どうかした? せんせ――和彦から電話してくるなんて珍しいね。しかも、こんな時間に』
 律儀に名を呼び直す千尋に、つい唇を緩めそうになった和彦だが、すぐに用件を切り出す。
「たった今、里見さんと電話で話したんだ」
 へえ、と洩れた千尋の声は、すでに怖い響きを帯びていた。和彦は努めて冷静に、そして簡潔に、電話の内容を伝える。
「もちろん、行くつもりはないけど、組員と鉢合わせになったら大変じゃないかと思って。ぼくだけならなんとかなるけど、もし、騒ぎになって警察でも呼ばれたら……」
『本当に、和彦だけでなんとかなると思う?』
「それは……、なんとかするつもりだ」
 千尋から返ってきたのはため息だった。
『里見は厄介な存在かもしれないとオヤジが言ってたけど、クリニックにまで乗り込んでくるつもりなんだったら、俺も同意見だね。和彦が押しに弱いのをいいことに、連れ出すつもりだよ。わざわざ事前に連絡してきたということは、長嶺組や総和会が出てきても引くつもりはない、って言いたいのかも』
「……お前、落ち着いてるな」
『一瞬、頭に血がのぼったけど、和彦の不安そうな声を聞いたら、俺がしっかりしないと。――大丈夫。夕方までにはオヤジと連絡が取れるだろうし、もし話せなかったとしても、こっちで最善の手を考えるよ。和彦は、自分の心配だけしてて。騒ぎになるようなことにはしないから』
 まるで賢吾と話しているようで、このときばかりは千尋との十歳の年の差を忘れてしまう。だからこそ甘えたわけではないが、和彦は吐露する必要のないことまで口にしていた。
「こんなことを言えた義理じゃないけど、大事にはしないでくれ。その……、里見さんが危ない目に遭うような……」
『今言っただろ。自分の心配だけして、って。大丈夫。うちには、わかりやすい挑発に乗るような奴はいないから。とにかく和彦は、いつも通り仕事をしていればいいから』
 無神経なことを言ってしまったと後悔を噛み締めながら、うん、と応じる。
 和彦は電話を切ると、その場にうずくまりたい衝動に駆られたが、残念ながらもう昼休みは終わりだ。携帯電話をアタッシェケースに放り込むと、足を引きずるようにして仮眠室を出た。


 スタッフたちが帰ったあと、いつも以上に念入りにクリニックを見て回ってから、のろのろと帰り仕度をしていると、インターフォンが鳴った。
 和彦は応対せず、マフラーを首に巻く。すると、廊下を歩く足音が近づいてきて、待合室に里見が姿を見せた。何事もなかったような穏やかな微笑みを向けられ、なぜかゾッとしてしまう。里見が、見知らぬ男のように感じられた。
「――ここが、君の職場か」
 里見がゆっくりと辺りを見回す。和彦は、ソファに置いたアタッシェケースを取り上げると、里見を待合室から押し出そうとする。
「里見さん、もう閉めるから、外に出よう」
「君以外誰もいないなら、少し中を見てみたいな」
「困るっ」
「困る? どうして、きれいなクリニックじゃないか」
「ここは……、ぼくのものじゃないから、勝手なことはできない。それに、見たこと全部父さんに報告するんだろう。里見さん」
 里見は返事をせず、少し困ったような顔をした。和彦の頑なさに気づいたのかもしれない。
「……じゃあ、食事に行こうか。何か食べたいものが――」
「食事には行けない。これから帰るんだ。待ってる人がいるし」
「帰したくないな。君を〈オンナ〉にしている連中のところになんて」
 さりげなく里見の手が肩にかかり、和彦は咄嗟に払い退ける。本当は告げるつもりはなかったのだが、一瞬見せた里見の傷ついたような表情に、むしょうに腹が立った。
「関わってほしくないとぼくが何回言っても、里見さんは聞いてくれないだろうね。ぼくが、悪い男たちに騙されて、脅されて、身動きが取れなくなっていると思って……、そう信じたいんだろうから」
「実際、そうだろう」

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

朝起きたら幼なじみと番になってた。

オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。 隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた 思いつきの書き殴り オメガバースの設定をお借りしてます

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

処理中です...