1,058 / 1,267
第41話
(32)
しおりを挟む
内奥で感じる欲望の脈動と、冷静さをかなぐり捨てた獣じみた低い声に、和彦の意識は一気に舞い上がる。
「はあっ、あっ、あぁっ――」
ビクッ、ビクッと体を震わせながら細い声を洩らし、熱い体にしがみつく。
賢吾に欲望を掴まれ、乱暴に扱かれていた。鋭敏になりすぎた体には強い刺激は苦痛ですらあり、和彦は子供のように首を横に振ったが、賢吾は強引だ。和彦は、賢吾の腕に爪を立てたまま達していた。
やはり今度も、わずかな精を吐き出しただけだった。ただ、体中の力はごっそりと失ったようだ。
「きつかったか?」
荒い息を吐きながら賢吾に問われたが、和彦は満足に返事もできない。破裂する勢いで心臓が鼓動を打ち、全身の血が目まぐるしく駆け巡っている。息苦しさに目が眩み、浅い呼吸を繰り返す。そのくせ内奥は、離すまいとして賢吾の欲望をきつく締め付けていた。
「――中、まだ痙攣してるぞ」
ひそっと囁きかけてきた賢吾が緩慢に腰を揺する。硬さと熱さを保っている欲望に濡れた肉を擦られ、掠れた声を上げた和彦は、大蛇の巨体の一部が彫られた肩に歯を立てる。内奥で、賢吾の欲望がビクンと震えた。
呼吸を整えている間、汗で湿った髪を手荒く掻き乱され、こめかみや頬に何度も唇を押し当てられる。深い情愛が伝わってくる賢吾の行為に応えて、和彦も背の大蛇にてのひらを這わせる。
「そいつばかり可愛がるな。……本気で妬きたくなる」
あながち冗談とも思えない口調でこぼした賢吾に、食い入るように見つめられる。和彦は純粋な疑問をぶつけた。
「〈これ〉は、あんた自身だろ」
「どうだろうな。ときどき、重いものを背負ってる気になるんだ。こいつを剥がしたら、俺は――善良な人間になるのかもしれねーな」
その善良な人間は、好きだという美術を仕事にして、世界中を飛び回っていたかもしれない。だとしたら、和彦と出会うこともなかっただろう。
つい眉をひそめ、賢吾の頬に指先を這わせる。
「あんたの背中にいるものは、あんたそのものだ。だから……、刺青がなかったとしても、今のあんたと違う人間にはならない気がする」
「つまり俺は、どう転んでも善良さとは無縁、と言いたいのか」
「ぼくは、悪い男のあんたしか知らないからな。それを承知で、可愛がってるんだ。この大蛇を」
「……ますます俺を骨抜きにして、どうするつもりだ。和彦」
ちらりと笑みをこぼした和彦は、賢吾の肩にてのひらを這わせ、次いで唇を押し当てる。さらに大蛇の鱗に舌先を這わせていると、賢吾が微かに喉を鳴らし、内奥で欲望を蠢かした。
賢吾の分身ともいえる大蛇の刺青に触れることに、まったく抵抗はない。それどころか、体の奥から尽きることなく情欲が溢れてくるぐらいだ。恐れながらも愛しい。怖いと思いながら、自分を庇護してくれる存在として信頼もしている。
あの男と、あの男が入れている刺青に対して、微塵も抱かなかった感情だ。
硬い筋肉に覆われた脇腹に張り付いた百足の姿が、ふいに和彦の脳裏に蘇る。
「――賢吾」
助けを求めるように賢吾を呼んでいた。
今この瞬間、和彦の中に自分以外の男の存在が居座っていると察したのか、賢吾が剣呑な目つきとなる。和彦は声を潜めて切り出した。
「あんたにもう一つ、言っておくことがある」
「南郷のことか」
頷くと同時に、内奥に収まったままだった欲望がズルリと引き抜かれた。全身を戦慄かせながら和彦は、自分の右脇腹に片手を押し当てる。
「……大きな百足がいたんだ。この辺りに」
「それで」
「黒い体に、頭と足が赤くて、今にも動き出しそうだった。……ゾッとするほど気味が悪かった」
「惹かれたんじゃねーか?」
すぐには和彦は、その問いかけの意味が理解できなかった。瞬きもせず見上げる先で、賢吾の顔から表情が消える。
「お前は、刺青に弱い。それを入れている男にも。絆されて体を許して、次に許すのは――」
「怖かったんだっ」
和彦は悲鳴に近い声を上げる。
昨夜、南郷が言っていた言葉がどれだけの不穏さを含んでいるのか、改めて実感していた。蛇だろうが油断すれば、百足は餌にすると、あの男は言っていた。賢吾に対して含むところがあると、露骨に仄めかしたのだ。
南郷は、賢吾を恐れていない。だからこそ和彦は、南郷を恐れる。百足の刺青が、見た目の不気味さだけではなく、不穏さを感じさせる存在として、心に刻み込まれてしまったのだ。そんなものに惹かれるはずがない。
怖かったんだと、今度は消えそうな声で呟くと、優しく唇を啄ばまれる。和彦はおずおずと口づけに応え、すぐにそれは激しいものとなっていた。
「はあっ、あっ、あぁっ――」
ビクッ、ビクッと体を震わせながら細い声を洩らし、熱い体にしがみつく。
賢吾に欲望を掴まれ、乱暴に扱かれていた。鋭敏になりすぎた体には強い刺激は苦痛ですらあり、和彦は子供のように首を横に振ったが、賢吾は強引だ。和彦は、賢吾の腕に爪を立てたまま達していた。
やはり今度も、わずかな精を吐き出しただけだった。ただ、体中の力はごっそりと失ったようだ。
「きつかったか?」
荒い息を吐きながら賢吾に問われたが、和彦は満足に返事もできない。破裂する勢いで心臓が鼓動を打ち、全身の血が目まぐるしく駆け巡っている。息苦しさに目が眩み、浅い呼吸を繰り返す。そのくせ内奥は、離すまいとして賢吾の欲望をきつく締め付けていた。
「――中、まだ痙攣してるぞ」
ひそっと囁きかけてきた賢吾が緩慢に腰を揺する。硬さと熱さを保っている欲望に濡れた肉を擦られ、掠れた声を上げた和彦は、大蛇の巨体の一部が彫られた肩に歯を立てる。内奥で、賢吾の欲望がビクンと震えた。
呼吸を整えている間、汗で湿った髪を手荒く掻き乱され、こめかみや頬に何度も唇を押し当てられる。深い情愛が伝わってくる賢吾の行為に応えて、和彦も背の大蛇にてのひらを這わせる。
「そいつばかり可愛がるな。……本気で妬きたくなる」
あながち冗談とも思えない口調でこぼした賢吾に、食い入るように見つめられる。和彦は純粋な疑問をぶつけた。
「〈これ〉は、あんた自身だろ」
「どうだろうな。ときどき、重いものを背負ってる気になるんだ。こいつを剥がしたら、俺は――善良な人間になるのかもしれねーな」
その善良な人間は、好きだという美術を仕事にして、世界中を飛び回っていたかもしれない。だとしたら、和彦と出会うこともなかっただろう。
つい眉をひそめ、賢吾の頬に指先を這わせる。
「あんたの背中にいるものは、あんたそのものだ。だから……、刺青がなかったとしても、今のあんたと違う人間にはならない気がする」
「つまり俺は、どう転んでも善良さとは無縁、と言いたいのか」
「ぼくは、悪い男のあんたしか知らないからな。それを承知で、可愛がってるんだ。この大蛇を」
「……ますます俺を骨抜きにして、どうするつもりだ。和彦」
ちらりと笑みをこぼした和彦は、賢吾の肩にてのひらを這わせ、次いで唇を押し当てる。さらに大蛇の鱗に舌先を這わせていると、賢吾が微かに喉を鳴らし、内奥で欲望を蠢かした。
賢吾の分身ともいえる大蛇の刺青に触れることに、まったく抵抗はない。それどころか、体の奥から尽きることなく情欲が溢れてくるぐらいだ。恐れながらも愛しい。怖いと思いながら、自分を庇護してくれる存在として信頼もしている。
あの男と、あの男が入れている刺青に対して、微塵も抱かなかった感情だ。
硬い筋肉に覆われた脇腹に張り付いた百足の姿が、ふいに和彦の脳裏に蘇る。
「――賢吾」
助けを求めるように賢吾を呼んでいた。
今この瞬間、和彦の中に自分以外の男の存在が居座っていると察したのか、賢吾が剣呑な目つきとなる。和彦は声を潜めて切り出した。
「あんたにもう一つ、言っておくことがある」
「南郷のことか」
頷くと同時に、内奥に収まったままだった欲望がズルリと引き抜かれた。全身を戦慄かせながら和彦は、自分の右脇腹に片手を押し当てる。
「……大きな百足がいたんだ。この辺りに」
「それで」
「黒い体に、頭と足が赤くて、今にも動き出しそうだった。……ゾッとするほど気味が悪かった」
「惹かれたんじゃねーか?」
すぐには和彦は、その問いかけの意味が理解できなかった。瞬きもせず見上げる先で、賢吾の顔から表情が消える。
「お前は、刺青に弱い。それを入れている男にも。絆されて体を許して、次に許すのは――」
「怖かったんだっ」
和彦は悲鳴に近い声を上げる。
昨夜、南郷が言っていた言葉がどれだけの不穏さを含んでいるのか、改めて実感していた。蛇だろうが油断すれば、百足は餌にすると、あの男は言っていた。賢吾に対して含むところがあると、露骨に仄めかしたのだ。
南郷は、賢吾を恐れていない。だからこそ和彦は、南郷を恐れる。百足の刺青が、見た目の不気味さだけではなく、不穏さを感じさせる存在として、心に刻み込まれてしまったのだ。そんなものに惹かれるはずがない。
怖かったんだと、今度は消えそうな声で呟くと、優しく唇を啄ばまれる。和彦はおずおずと口づけに応え、すぐにそれは激しいものとなっていた。
38
お気に入りに追加
1,359
あなたにおすすめの小説
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
心からの愛してる
マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。
全寮制男子校
嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります
※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください
ヤクザと捨て子
幕間ささめ
BL
執着溺愛ヤクザ幹部×箱入り義理息子
ヤクザの事務所前に捨てられた子どもを自分好みに育てるヤクザ幹部とそんな保護者に育てられてる箱入り男子のお話。
ヤクザは頭の切れる爽やかな風貌の腹黒紳士。息子は細身の美男子の空回り全力少年。
目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
公爵家の五男坊はあきらめない
三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。
生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。
冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。
負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。
「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」
都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。
知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。
生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。
あきらめたら待つのは死のみ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる