血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
1,054 / 1,268
第41話

(28)

しおりを挟む



 和彦が小さく肩を震わせると、寒がっていると勘違いしたのか賢吾が暖房をつける。実際のところ和彦は、寒いどころか妙に体が熱く、特に頬が火照っていた。夢中で話し続けているうちに、興奮してしまったようだ。
 里見が、和彦を連れ戻すために行動を起こしたと聞いても、賢吾は特に言葉は発しなかった。胡坐をかき、腕組みをしながら、何か思案するように目を伏せていたのだ。
 相槌すらなく、一人話し続ける状況に、和彦の声はときおり不安で揺れ、そのときだけは賢吾がちらりとこちらを見る。その眼差しが軽蔑や怒りの色が浮かんでいたら、居たたまれなさに口を噤んでいたかもしれないが、賢吾の態度はあくまで淡々としていた。
「腹を括った堅気は、厄介だ」
 ようやく賢吾が言葉を発し、数瞬、和彦は反応が遅れる。
「……里見さんのことか?」
「誰が好きこのんで、ヤクザと関わりを持ちたがる。下手をすりゃ、自分の身も危ういっていうのに。かつて世話になった上司に頼まれたとしても、勘弁してくれという話だ。――よっぽど、お前が大事なんだろうな」
 口調は穏やかだが、賢吾の言葉には毒が含まれている。
「里見さんが見ているのは、昔のぼくだ。狭い世界で、甘えられる相手がたった一人しかいなくて、都合よく里見さんを利用していたんだ。あの人にとってぼくは、いつまで経っても放っておけない子供なんだと思う」
「その子供に手を出していたんだから、大したもんだ」
 咄嗟に覚えた反発心は、抑え込むまでもなく消えてしまう。賢吾に対して抱くには筋違いの感情だった。
「でもぼくは、救われていたんだ。……再会して実感した。お互い何もかも変わってしまって、昔のような関係にはなれないし、甘ったれた気持ちは抱けないって」
 こう告げた途端、本当にそうなのかと、和彦は自問していた。しかも自分の声ではなく、俊哉の声で。
 俊哉に、里見との関係を昔から知られていたことも衝撃的だが、同じぐらい、里見が英俊と関係を持っており、そのことすら俊哉は把握しているという事実が、和彦の胸をどす黒く染めていく。
 嫉妬という感情だけではなく、そこに嫌悪や屈辱、怒りという感情も入り混じっており、苦しさに身を捩りたくなる。いっそのことすべてを吐露してしまいたいが、ギリギリのところで踏み止まる。
 これは和彦だけではなく、英俊にとっても個人的な〈事情〉なのだ。そして、兄弟間の〈事情〉でもある。
 重要なのは、里見が俊哉の代理人となったという事実のみだ。
「――……会長は、里見さんのことをなんと言っていたんだ?」
「佐伯俊哉の代理人としてごり押しされて、やむをえず認めたから、一切手出しをするなと。里見という男は、おそらく監視役も任されているはずだとも言っていたな」
「監視役?」
「お前がどんな生活を送っているか、どんな人間に囲まれているか、自分の目で確認する役目ということだ。ある程度、鷹津から話は聞いているだろうが、それでも佐伯家側では、お前は檻に監禁されて、外出もままならないことになっていても不思議じゃない。そう思うのが、むしろ当然だろうしな」
 納得しかけた和彦だが、賢吾の無機質な眼差しに気づく。その眼差しの意味を、十秒ほどかかって察した。
「……今、鷹津って……」
 自覚もないまま鷹津の名を出していたのだろうかと、和彦は激しくうろたえる。すると賢吾がこちらに片手を伸ばしてきた。数時間前に頬を打たれたせいもあり本能的に身を竦める。
 賢吾に、さらりと髪を撫でられた。
「鷹津は、オヤジを脅迫していたそうだな。そのせいで、佐伯俊哉に連絡を取らざるをえなかったと言っていたが、さて、どうだろうな。俺は、総和会の誰よりも鷹津という男を知っている。少し前までなら、金欲しさに何をやらかしても不思議じゃなかったが、今は違う。あいつを動かすのは――」
 ぼくだ、と和彦は呟く。これが自惚れではなかった。賢吾も同じ意見らしく、微かに頷く。
「あいつは本気で、お前に取り憑いた厄病神どもを、どうにかしようとしているのかもな。だから佐伯家に、お前の情報を渡した」
「ぼくは……、鷹津が考えていることはわからない。あんたは、鷹津という男を知っているから、そんなに落ち着いているのか?」
「早いうちから、鷹津が佐伯家に接近する可能性は考えていた。それと、俺たちの把握していないところで、お前と鷹津が密会する可能性も。前々から言っているが、お前は色恋絡みの秘密を抱えると、艶が増す。もっとも最近は、心当たりが多すぎて、相手が誰なのかわかりにくくて仕方がねーんだがな」
 賢吾の読みは鋭く、正しい。
 和彦はやっと、鷹津が姿をくらます寸前に、ホテルの部屋で共に過ごしている最中、俊哉と電話で話したことを打ち明ける。

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...