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第41話
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しおりを挟む和彦が小さく肩を震わせると、寒がっていると勘違いしたのか賢吾が暖房をつける。実際のところ和彦は、寒いどころか妙に体が熱く、特に頬が火照っていた。夢中で話し続けているうちに、興奮してしまったようだ。
里見が、和彦を連れ戻すために行動を起こしたと聞いても、賢吾は特に言葉は発しなかった。胡坐をかき、腕組みをしながら、何か思案するように目を伏せていたのだ。
相槌すらなく、一人話し続ける状況に、和彦の声はときおり不安で揺れ、そのときだけは賢吾がちらりとこちらを見る。その眼差しが軽蔑や怒りの色が浮かんでいたら、居たたまれなさに口を噤んでいたかもしれないが、賢吾の態度はあくまで淡々としていた。
「腹を括った堅気は、厄介だ」
ようやく賢吾が言葉を発し、数瞬、和彦は反応が遅れる。
「……里見さんのことか?」
「誰が好きこのんで、ヤクザと関わりを持ちたがる。下手をすりゃ、自分の身も危ういっていうのに。かつて世話になった上司に頼まれたとしても、勘弁してくれという話だ。――よっぽど、お前が大事なんだろうな」
口調は穏やかだが、賢吾の言葉には毒が含まれている。
「里見さんが見ているのは、昔のぼくだ。狭い世界で、甘えられる相手がたった一人しかいなくて、都合よく里見さんを利用していたんだ。あの人にとってぼくは、いつまで経っても放っておけない子供なんだと思う」
「その子供に手を出していたんだから、大したもんだ」
咄嗟に覚えた反発心は、抑え込むまでもなく消えてしまう。賢吾に対して抱くには筋違いの感情だった。
「でもぼくは、救われていたんだ。……再会して実感した。お互い何もかも変わってしまって、昔のような関係にはなれないし、甘ったれた気持ちは抱けないって」
こう告げた途端、本当にそうなのかと、和彦は自問していた。しかも自分の声ではなく、俊哉の声で。
俊哉に、里見との関係を昔から知られていたことも衝撃的だが、同じぐらい、里見が英俊と関係を持っており、そのことすら俊哉は把握しているという事実が、和彦の胸をどす黒く染めていく。
嫉妬という感情だけではなく、そこに嫌悪や屈辱、怒りという感情も入り混じっており、苦しさに身を捩りたくなる。いっそのことすべてを吐露してしまいたいが、ギリギリのところで踏み止まる。
これは和彦だけではなく、英俊にとっても個人的な〈事情〉なのだ。そして、兄弟間の〈事情〉でもある。
重要なのは、里見が俊哉の代理人となったという事実のみだ。
「――……会長は、里見さんのことをなんと言っていたんだ?」
「佐伯俊哉の代理人としてごり押しされて、やむをえず認めたから、一切手出しをするなと。里見という男は、おそらく監視役も任されているはずだとも言っていたな」
「監視役?」
「お前がどんな生活を送っているか、どんな人間に囲まれているか、自分の目で確認する役目ということだ。ある程度、鷹津から話は聞いているだろうが、それでも佐伯家側では、お前は檻に監禁されて、外出もままならないことになっていても不思議じゃない。そう思うのが、むしろ当然だろうしな」
納得しかけた和彦だが、賢吾の無機質な眼差しに気づく。その眼差しの意味を、十秒ほどかかって察した。
「……今、鷹津って……」
自覚もないまま鷹津の名を出していたのだろうかと、和彦は激しくうろたえる。すると賢吾がこちらに片手を伸ばしてきた。数時間前に頬を打たれたせいもあり本能的に身を竦める。
賢吾に、さらりと髪を撫でられた。
「鷹津は、オヤジを脅迫していたそうだな。そのせいで、佐伯俊哉に連絡を取らざるをえなかったと言っていたが、さて、どうだろうな。俺は、総和会の誰よりも鷹津という男を知っている。少し前までなら、金欲しさに何をやらかしても不思議じゃなかったが、今は違う。あいつを動かすのは――」
ぼくだ、と和彦は呟く。これが自惚れではなかった。賢吾も同じ意見らしく、微かに頷く。
「あいつは本気で、お前に取り憑いた厄病神どもを、どうにかしようとしているのかもな。だから佐伯家に、お前の情報を渡した」
「ぼくは……、鷹津が考えていることはわからない。あんたは、鷹津という男を知っているから、そんなに落ち着いているのか?」
「早いうちから、鷹津が佐伯家に接近する可能性は考えていた。それと、俺たちの把握していないところで、お前と鷹津が密会する可能性も。前々から言っているが、お前は色恋絡みの秘密を抱えると、艶が増す。もっとも最近は、心当たりが多すぎて、相手が誰なのかわかりにくくて仕方がねーんだがな」
賢吾の読みは鋭く、正しい。
和彦はやっと、鷹津が姿をくらます寸前に、ホテルの部屋で共に過ごしている最中、俊哉と電話で話したことを打ち明ける。
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