血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
1,044 / 1,268
第41話

(18)

しおりを挟む
 南郷が思わせぶりな手つきで、着ているワイシャツのボタンを上から外し始める。浅黒い肌が露わになっていくにしたがい、強い匂いが和彦の鼻先を掠めた。南郷自身の体臭に、汗だけではなくコロンや煙草の匂いも混じっている。
 不快なほど強烈な雄の匂いだと思い、反射的に顔を背けようとしたが、南郷がワイシャツを一気に脱ぎ捨てる。
 そこで姿を現したものを目にして、和彦は動けなくなった。
 まさに筋骨隆々という言葉がふさわしい体つきに圧倒されたからではない。そんな南郷の引き締まった右脇腹から下腹部にかけて、不気味な影が這っていたからだ。
 影の正体を知った途端、総毛立つ。本能的な忌避感と嫌悪感が、全身を駆け巡っていた。
 瞬きもしない和彦に見せつけるように、南郷がわずかに体の向きを変える。
「――こいつが俺のとっておきだ。立派なもんだろう?」
 南郷が身じろぐたびに、浅黒い肌に彫られた刺青が、まるで生きているように蠢く。和彦はおぞましさに顔を強張らせながら、詰めていた息をわずかに吐き出す。
 南郷の肌に棲んでいるのは、大きな百足むかでだった。
 艶々とした黒く長い体にはいくつもの節があり、そこから左右対となる無数の足が生えている。触覚を伸ばす頭と足は毒々しい赤色が使われ、それが気味の悪さに拍車をかけている。
 ただ、彫った人間の腕は確かなものだろう。精緻に彫られた百足はあまりに生々しく、身をくねらせている姿に卑猥さすら感じる。
「見惚れてくれてるのか、先生?」
 南郷がのしかかってきて、己の高ぶりを和彦の下腹部に擦りつけてくる。いや、刺青を擦りつけているのだ。意図を察した和彦は全身を使って南郷を押し退けようとするが、びくともしない。
 覆い被さってきた南郷と、汗で濡れた素肌同士が重なり合う。南郷から立ち昇る雄の匂いがますます強くなり、和彦は眩暈にも似た感覚に襲われる。そこに、まるで甘い毒でも注ぎ込むように、南郷が囁きかけてきた。
「あんたなら、俺の刺青とも仲良くなれると思っていた。長嶺の男たちですら甘やかしているあんただ。俺の百足こいつも、同じように甘やかしてくれ」
「な、に、言って……」
「俺の刺青を見せた途端、あんたの目の色が変わった。熱っぽい、物欲しそうな目つきになったんだ。――気づいているか? あんたまた、勃ってる」
 南郷の指摘に、刺青を目にして下がった体温が、一気にまた上がる。屈辱感に唇を噛むと、そんな和彦の姿に嗜虐的なものを刺激されたのか、南郷は荒い息を吐き出して一度体を離し、前を寛げていたスラックスと下着も脱ぎ捨てた。
 もちろん和彦はただ見ていたわけではなく、下肢を引きずり逃げようとしたが、あっさり足首を掴まれて引き戻される。
 もう言葉は必要ないとばかりに、南郷が猛々しく求めてくる。余裕なく和彦の両足の間に腰を割り込ませ、ひくつく内奥の入り口に凶暴な熱の塊を押し当ててきた。
「南郷さんっ」
「あんたに興奮してるんだ。刺青を見慣れた女でも、この百足を見ると顔を歪めるか、ひどいときには悲鳴を上げる。だが、あんたは違う。惹かれるものがあったんだろ? あんたは特別なんだ。どんな男だろうが、刺青だろうが、求められると甘やかさずにはいられない。情が深くて淫奔なオンナだ」
 和彦は最後の抵抗とばかりに、抱えられた両足を振り上げ、なんとか南郷の顔か肩を蹴りつけようとする。南郷は煩わしそうに顔をしかめると、柔らかな膨らみに手を伸ばした。
「暴れると痛い目をみるぞ、先生」
 手荒く揉みしだかれて甲高い声を上げる。的確に弱みを弄られて、ささやかな抵抗は完全に封じられてしまった。
 南郷が、指にたっぷり垂らした唾液を内奥の入り口に施してから、再び欲望を押し当ててくる。濡れた肉をわずかにこじ開けられたところで、堪らず和彦は細い声を上げる。無意識に片手を伸ばしてさまよわせると、その手を掴まれ、南郷の脇腹へと導かれていた。
 ごつごつとして硬い腹筋を指先でまさぐると、逞しい体がブルッと震える。
 気味の悪い百足の刺青になんとか触れまいとしたが、それを南郷は許さなかった。しっかりとてのひらを押し当てることを求められ、今にも内奥を犯されそうになりながら和彦は、百足を撫でた。
 ああ、と南郷が吐息を洩らす。この瞬間、和彦の中で湧き起こる感情があった。
 ある意味、馴染み深い感情ではあるが、南郷に対して持つべきものではない。和彦は必死に自分の中で否定しようとするが、その間にも南郷の行動は淫らさを増していく。
「んんっ――」
 欲望の先端で内奥のごく浅い部分をこじ開けられはするものの、深く押し入ってくることはなく、ただ擦られ、突かれ、浅ましい肉が自ら蕩けていくのを待つように刺激される。
「美味そうな肉だ。真っ赤に充血して、濡れて、蠢いて……。先生は、百足が肉食だってことぐらいは知ってるだろ。昆虫だけじゃなく、小さな動物にだって喰らいつく。そんな百足だが、喰われることもある。天敵ってやつだな。例えば――蛇だ」
 再び反り返った和彦の欲望の先端から、透明なしずくが垂れ落ちる。内奥に先端を浅く含ませたまま、南郷が片手で欲望を扱き始める。堪え切れず和彦は喘ぎ声を上げながら、腰を揺らしていた。
「が、一方的に喰われるだけじゃない。蛇だろうが油断すれば、百足は容赦なく餌にする。獰猛でふてぶてしいんだよ。地面を這いずり回るどころか、湿った暗い場所に身を潜めているような嫌われ者の生き物だが、だからこそ俺にぴったりだ。極道の世界に足を踏み入れたときに思ったんだ。どんなに嫌われて蔑まれようが、ふてぶてしく生き残ってやろうってな」
 南郷から与えられる感覚の波に意識をさらわれそうになりながらも、和彦の脳裏にふっと賢吾の顔が浮かぶ。南郷の話が、まるで賢吾を当て擦っているように思えた。
 つい非難の眼差しを向けると、南郷は欲望を扱く手を止めた。
「……あんたは骨の髄まで、長嶺賢吾という極道のオンナなんだな。そんなオンナ、恐ろしくて関わりたくないと思うのが人情だが、俺はむしろ、燃える。このままあんたを犯してみたいと思うぐらいには」
 内奥の入り口に擦りつけられていた欲望が離れ、安堵する間もなく南郷に口づけを求められる。押さえつけられながら和彦は、南郷を受け入れ、激しく舌を絡め合う。下腹部が密着し、刺青を押し付けられる。
 口づけの合間に、ゾッとするようなことを掠れた声で囁かれた。
「今はあんたを犯さない。その代わり、舐めてくれ。――俺の分身を」
 否とは言わせない、と付け加えられた時点で、和彦の取るべき行動は一つしかなかった。

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

処理中です...