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第41話
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声を上げようとして再び唇を塞がれた挙げ句、引き結んだ歯列を舌先でこじ開けられる。恐慌状態に陥った和彦は、本気で南郷の舌に歯を立てようとしたが、その気配を察したように後ろ髪を乱暴に掴まれ、さらに両目を覗き込まれる。
凄んではいない。それどころか、和彦の反応を楽しんでいるような、余裕すら湛えた南郷の眼差しに、心底震え上がる。
「寒いなら、まずはキスで暖めてやるよ、先生。嫌いじゃないだろ。俺とのキスは」
強張った唇を柔らかく啄みながら、南郷が囁きかけてくる。顔を背けたい和彦だが、後ろ髪を掴まれたままのうえに、腰に回された鋼のような腕の感触に怖気づく。無意識のうちに南郷の肩に手をかけていたが、押し退けるどころか、小刻みに震えていた。
「そう、怯えなくてもいいだろ、先生。俺はこれまで、手荒なことはしていないつもりだ。長嶺の男たちにとって宝物みたいな存在を、俺ごときが傷つけるはずがない。……少しばかり、意地の悪いことはしたが」
ここでまた、南郷にしっかりと唇を塞がれる。口腔に舌を押し込まれ、堪らず和彦は、南郷の顔を押し退けようとしたが、上唇に軽く噛みつかれる。頑丈そうな歯は、いつでも自分の唇を食い千切る凶器となりうる。和彦に一度も手荒なことはしていないという南郷の発言はウソではないが、今この瞬間もそうだとは限らない。そう思わせるものが、この男にはあるのだ。
ふいに唇を離した南郷が苦笑めいた表情を浮かべ、呟く。
「……今思い出した。今晩、俺の前に、あんたにキスした男がいたんだったな」
和彦は激しく動揺し、そして強い怒りに支配される。自分でも意外な力を発揮して南郷に体当たりをすると、後ろ髪を掴んでいた手が離れる。しかし、腰に回された腕の力が緩むことはなく、南郷は、和彦の反撃をおもしろがるように目を細めた。
「艶やかだな。あんたの怒りの表情は。どうして今怒ったのか理由はわからないが、聞いたところで教えてはくれないだろうな」
残念だ、と洩らした南郷がベッドに片手を伸ばし、枕代わりに使っていた毛布を掴む。一体何をするのかと思って見ていると、乱雑に床の上に広げた。
あっという間だった。前触れもなく足元を払われて、和彦の体は大きく傾ぐ。南郷の腕を掴もうとしたが間に合わず、そのまま敷かれた毛布の上に倒れ込む。衝撃に一瞬息が詰まった。
「痛っ……」
顔を伏せたまま動けないでいると、乱れた髪を掻き上げられる。ビクリと肩を震わせた和彦はぎこちなく顔を上げ、南郷が自分の上に覆い被さっていることを知る。
「俺が、これまでのように紳士的でいられるかどうかは、あんた次第だ。暴れて泣き叫んで俺を苛立たせるか、従順に身を任せて俺の機嫌を取るか、どっちかを選ぶといい。もっとも、あんたは――」
肩を掴まれて、簡単に体をひっくり返される。仰向けとなった和彦は無遠慮な視線に晒され、身が竦んでしまう。南郷にとっては予想通りの反応らしく、満足げに息を吐き出した。
「あんたは弱い。押さえ込まれると、抵抗らしい抵抗をしない。強い力に身を委ねるというより、身を差し出すという感じだ。……一度ぐらい、死に物狂いの抵抗というものを味わってみたい気もするが、俺の前では感情を露わにしたがらず、小動物みたいに臆病なあんたにそれを求めるのは、酷なのかな」
好き勝手なことを言いながら、南郷の手がトレーナーの下に入り込み、素肌を撫で回してくる。触れられた部分から鳥肌が立っていった。これ以上ない嫌悪の反応を示されて気づかないほど、南郷は愚鈍ではない。
それを知っているからこそ、南郷が見せた変化に和彦は震え上がった。
口元に愉悦の笑みが浮かび、両目には爛々とした光を湛えている。その光は強い欲情と表現できる。南郷は興奮しているのだ。
「弱いあんたが、さらに弱っている姿は、俺みたいな人間には毒だな。もっと痛めつけて、弱らせたくなる反面、慰めて、優しくしてみたくもなる。そう、妙な気持ちになるんだ。あんたの側にいると」
南郷が顔を寄せてきて、匂いを嗅ぐように耳元で鼻を鳴らす。粗野な仕種のあと、唇をベロリと舐められた。それを数回繰り返され、ようやく無言の求めを察した和彦は、引き結んだ唇をおずおずと開き、口腔に南郷を迎え入れた。
今度の口づけは無反応ではいられなかった。いきなり唾液を流し込まれ、拒むことも許されず嚥下する。すると、搦め捕られた舌を激しく吸われる。外に引き出された舌に軽く歯を立てられ、痛みがあったわけではないが喉の奥から声を洩らす。恫喝としてはこれ以上ないほど効果的で、南郷の口づけに、和彦は応えざるをえなかった。
凄んではいない。それどころか、和彦の反応を楽しんでいるような、余裕すら湛えた南郷の眼差しに、心底震え上がる。
「寒いなら、まずはキスで暖めてやるよ、先生。嫌いじゃないだろ。俺とのキスは」
強張った唇を柔らかく啄みながら、南郷が囁きかけてくる。顔を背けたい和彦だが、後ろ髪を掴まれたままのうえに、腰に回された鋼のような腕の感触に怖気づく。無意識のうちに南郷の肩に手をかけていたが、押し退けるどころか、小刻みに震えていた。
「そう、怯えなくてもいいだろ、先生。俺はこれまで、手荒なことはしていないつもりだ。長嶺の男たちにとって宝物みたいな存在を、俺ごときが傷つけるはずがない。……少しばかり、意地の悪いことはしたが」
ここでまた、南郷にしっかりと唇を塞がれる。口腔に舌を押し込まれ、堪らず和彦は、南郷の顔を押し退けようとしたが、上唇に軽く噛みつかれる。頑丈そうな歯は、いつでも自分の唇を食い千切る凶器となりうる。和彦に一度も手荒なことはしていないという南郷の発言はウソではないが、今この瞬間もそうだとは限らない。そう思わせるものが、この男にはあるのだ。
ふいに唇を離した南郷が苦笑めいた表情を浮かべ、呟く。
「……今思い出した。今晩、俺の前に、あんたにキスした男がいたんだったな」
和彦は激しく動揺し、そして強い怒りに支配される。自分でも意外な力を発揮して南郷に体当たりをすると、後ろ髪を掴んでいた手が離れる。しかし、腰に回された腕の力が緩むことはなく、南郷は、和彦の反撃をおもしろがるように目を細めた。
「艶やかだな。あんたの怒りの表情は。どうして今怒ったのか理由はわからないが、聞いたところで教えてはくれないだろうな」
残念だ、と洩らした南郷がベッドに片手を伸ばし、枕代わりに使っていた毛布を掴む。一体何をするのかと思って見ていると、乱雑に床の上に広げた。
あっという間だった。前触れもなく足元を払われて、和彦の体は大きく傾ぐ。南郷の腕を掴もうとしたが間に合わず、そのまま敷かれた毛布の上に倒れ込む。衝撃に一瞬息が詰まった。
「痛っ……」
顔を伏せたまま動けないでいると、乱れた髪を掻き上げられる。ビクリと肩を震わせた和彦はぎこちなく顔を上げ、南郷が自分の上に覆い被さっていることを知る。
「俺が、これまでのように紳士的でいられるかどうかは、あんた次第だ。暴れて泣き叫んで俺を苛立たせるか、従順に身を任せて俺の機嫌を取るか、どっちかを選ぶといい。もっとも、あんたは――」
肩を掴まれて、簡単に体をひっくり返される。仰向けとなった和彦は無遠慮な視線に晒され、身が竦んでしまう。南郷にとっては予想通りの反応らしく、満足げに息を吐き出した。
「あんたは弱い。押さえ込まれると、抵抗らしい抵抗をしない。強い力に身を委ねるというより、身を差し出すという感じだ。……一度ぐらい、死に物狂いの抵抗というものを味わってみたい気もするが、俺の前では感情を露わにしたがらず、小動物みたいに臆病なあんたにそれを求めるのは、酷なのかな」
好き勝手なことを言いながら、南郷の手がトレーナーの下に入り込み、素肌を撫で回してくる。触れられた部分から鳥肌が立っていった。これ以上ない嫌悪の反応を示されて気づかないほど、南郷は愚鈍ではない。
それを知っているからこそ、南郷が見せた変化に和彦は震え上がった。
口元に愉悦の笑みが浮かび、両目には爛々とした光を湛えている。その光は強い欲情と表現できる。南郷は興奮しているのだ。
「弱いあんたが、さらに弱っている姿は、俺みたいな人間には毒だな。もっと痛めつけて、弱らせたくなる反面、慰めて、優しくしてみたくもなる。そう、妙な気持ちになるんだ。あんたの側にいると」
南郷が顔を寄せてきて、匂いを嗅ぐように耳元で鼻を鳴らす。粗野な仕種のあと、唇をベロリと舐められた。それを数回繰り返され、ようやく無言の求めを察した和彦は、引き結んだ唇をおずおずと開き、口腔に南郷を迎え入れた。
今度の口づけは無反応ではいられなかった。いきなり唾液を流し込まれ、拒むことも許されず嚥下する。すると、搦め捕られた舌を激しく吸われる。外に引き出された舌に軽く歯を立てられ、痛みがあったわけではないが喉の奥から声を洩らす。恫喝としてはこれ以上ないほど効果的で、南郷の口づけに、和彦は応えざるをえなかった。
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