血と束縛と

北川とも

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第41話

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「いつ寝首を掻かれてもおかしくないことを、さんざんしてきた――というより、している最中だからな。そんな自覚があるからこそ、他人に住み家を知られるのが嫌なんだ。もっとも、多かれ少なかれ、極道ってのは、そういうもんだが。慎重な分、長生きできる確率が上がる。臆病だとそしられようがな」
 いつだったか、賢吾も似たようなことを言っていたなと、ふと思い出した。
 賢吾の顔が脳裏に浮かんだ途端、ギシギシと音を立てて和彦の胸は軋む。罪悪感のせいだけではなく、痛切に今、賢吾に会いたいと思ってしまったためだ。そんな和彦に追い打ちをかけるように、南郷が言った。
「――長嶺組長も同じタイプだ。むしろ、俺よりも慎重なぐらいだ。……ああ、最近は少しばかり、様子が変わったみたいだな。前までなら、護衛をつけずに出歩く人じゃなかった。しかも、オンナのためという理由で」
 嘲りを含んだ言葉の響きに、和彦は伏せていた視線を上げる。南郷に、おそろしく冷やかな眼差しで見つめられていた。
 南郷がなんのことを言っているのか、すぐにわかった。一瞬うろたえた和彦だが、次の瞬間には、ゾッとした。護衛もつけずに賢吾と二人だけで出かけたことを、当然のように南郷が把握していたからだ。
 このときまで、自分のことばかりに気を取られていたが、鈍くなった頭でようやく和彦は思い出す。
 今晩起こった予定外の出来事に対して、南郷は怒っているのだ。秘密裏に行われるはずだった俊哉との対面に、里見という未知の存在が割り込み、一人になりたいと和彦がワガママを言い出し――。
 さらにどんな容赦ない言葉を投げつけられるのかと、身を硬くする。しかし南郷は、何事もなかったように話題を変えた。
「トイレは二階にもあるが、シャワーを浴びたかったら、一階に下りてくれ。さっき俺が入った部屋の隣が、狭いがシャワー室になっていて、バスタオルなんかも揃っている。それと、〈給食室〉という名札がかかった部屋があるから、腹が減っているなら、そこにあるポットで湯を沸かしてカップ麺でも食ってくれ。冷蔵庫に水が入っている。あとは何を言っておけばいいんだ――、ああ、懐中電灯は、そこのテーブルの上だ。必要なら使ってくれ」
「……わかり、ました」
「俺はこれから、すぐにまた出ないといけない。一応、外から施錠はさせてもらうが、抜け出すことは簡単だ。だが、間違っても出歩こうとは考えないでくれ」
 南郷が出かけると聞いて意外に感じたが、二人きりで過ごさなくて済むということで、和彦は内心ほっとする。
「暖房はつけたままにして休んでくれ。あんたに風邪を引かれでもしたら、あとが怖い。それと、どうしても耐え難い状況だというなら、誰に連絡を取ろうが、好きにしていい。携帯を取り上げるつもりはない」
 南郷の言葉から優しさや寛大さではなく、まるで自分が試されているような居心地の悪さを覚え、和彦はそっと眉をひそめる。そんな和彦を振り返ることなく、南郷はさっさと部屋を出て行った。
 ベッドに腰掛けたままじっとしていると、庭のほうが急に明るくなり、車のエンジン音が聞こえてきたため、慌てて窓に歩み寄る。外の様子をうかがうと、ちょうど車が出ていくところで、少し間を置いてから鉄門扉を閉める重々しい音がした。
 やっと一人になれたのだと、和彦は肩から力を抜いた。
 最初は所在なく室内をうろうろと歩き回っていたが、気持ちが落ち着いてくるにしたがい、部屋の細かな様子が目に入るようになる。
 棚の一角を占める埃を被った絵本の表紙を眺め、その次に、少し開いた引き出しの中を覗き込み、すっかり色がくすんでしまった色紙を見つける。
 かつては子供たちが無邪気に過ごしていた場所を、今はヤクザたちが出入りし、大型の獣のような男が隠れ家にしているのかと、ほろ苦い感情が胸に広がっていた。
 部屋が暖まり始めてくると和彦は、自分がまだスーツ姿であることを思い出し、南郷から渡されたスウェットスーツに着替える。やはりサイズが大きくて、あちこちを折り曲げることになる。
 コートやスーツ一揃いを畳んでテーブルの上に置いてから、また窓に近づく。すでに庭は元の暗さを取り戻しており、窓からは人家の明かりや街灯すらも見当たらず、車も滅多に通りかからないようだ。まるで周囲の様子がわからない。そのせいで、狭い世界に自分だけが取り残されたように感じる。
 実際は、そうひどい状況ではないのだが、元は保育所だったという建物に一人取り残され、外から施錠された状態では、心細いのは確かだ。
 抜け出すことも、誰かに連絡を取ることすら可能だというのに。

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