血と束縛と

北川とも

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第41話

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 ハッとしたように里見は目を見開いたあと、苦しげに、すまない、と洩らした。一方の南郷は、皮肉たっぷりにこう言った。
「元刑事といい、先生は厄介な犬を躾ける才能があるな。あっという間におとなしくなった」
 二人の男が放つ殺気に当てられて、神経がざわつく。これ以上、毒気を含んだ南郷の言葉を、〈堅気〉である里見に聞かせては危険だと判断して、和彦は里見の腕を取る。
「一旦中に戻ろう。――構いませんよね?」
 敵意を込めた和彦の問いかけに対し、南郷は肩を竦める。
「このままおとなしくしてくれるなら、あんたたちが店の外に出ていたことについては、見なかったことにしよう。ただし、その男前の身元について、あとで先生から教えてもらえると、こちらがあれこれ調べる手間が省けていい」
「それは……」
 言い淀んだ和彦に代わり、返事をしたのは里見だった。
「――なんなら、名刺を渡しておきましょうか?」
 挑発的に応じた里見は、さっそくスーツの内ポケットから名刺入れを取り出す。南郷はニヤリと笑って、里見から名刺を受け取ろうとしたが、それは和彦がさせなかった。南郷の手に渡りかけた名刺を素早く奪い取り、里見に押し返す。
「やめて。この人は、すごく怖い人なんだ。関わらないほうがいい。……わざわざ、この場にいた証拠を残す必要はないよ」
「まあ……、怖い人というのは、一目瞭然だが」
 まだ何か言いたげな様子の里見にかまわず、和彦は腕を引っ張る。南郷の言動はいつものことだが、里見が冷静さを失っている。
 南郷がさらに煽ってこないうちにと思ったところで、二人の背にこんな言葉が投げつけられた。
「〈オンナ〉に守ってもらうとは、なかなかの紳士だな。俺たちのような輩がうろついているとわかっていながら、それでもあえてこの場に来たということは、よっぽどそこの先生に会いたかったんだろう? あの佐伯俊哉が同行を許したぐらいだ。本当のところ、あんたの正体がかなり気になっている。それに、その先生との関係も」
 和彦は、里見の腕をぐっと掴む。足を止めた里見が、次の瞬間には南郷に飛びかかると思ったのだ。しかし予想は外れた。それも悪いほうに。
 前触れもなく首の後ろに手がかかり、強引に里見の胸元へと引き寄せられる。何事かと和彦が目を見開いたときには、眼前に里見の顔が迫っていた。何をされるか即座に理解して、声を上げようとしたときには、唇を塞がれる。
 一度だけきつく唇を吸われて、すぐに離れたが、和彦は呆然として立ち尽くす。
 里見は、片腕で庇うように和彦を抱き寄せたまま、南郷に向けて言い放った。
「――今ので、わたしと和彦くんの関係がどんなものなのか、言わなくてもわかったでしょう。何者かについては、和彦くんか佐伯さんにでも、聞けばいい。わたしは、逃げも隠れもしません」
 里見に伴われて和彦は店へと戻ったが、玄関に入る寸前、ちらりと背後を振り返る。坂の途中に立つ南郷の表情は、野外灯の明かりによるぼんやりとした影に覆われて、確認することはできなかった。
 獰猛な表情を想像して肩を震わせると、里見の腕にわずかに力が込められる。人目を気にして、和彦は慌てて体を離してから、口元をてのひらで覆う。
 十三年ぶりの里見との口づけなのだと、ようやく実感が湧いてきたが、そこに喜びの感情はなかった。
「和彦くん?」
 サンダルを脱いでから、ようやく里見が声をかけてくる。和彦は視線を伏せていた。
「さっきの――」
「悪かった。君に断りもせずに」
「そうじゃなくてっ……。どうして、南郷さんを刺激するようなことをしたんだ。大げさじゃなく、あの人は本当に、怖い人なんだ」
「わかるよ。説明されなくても、立っている姿を見ただけで、とんでもなく危険な男だと感じた。表情も、話し方も、仕種も、君の隣に立っている〈おれ〉を威嚇していた。だけど、怯むわけにはいかない。あれは、宣戦布告だ」
 これだけ説明してもわかってくれないのかと、咎めるように里見を睨みつけていた。そんな和彦に対して、里見はどこか冷徹にも感じる静かな顔つきとなる。
「おれは、君に守ってもらう価値なんてない。下衆で、獣じみた最低な男なんだ。その本性を知られて君に嫌われたくないが、知ってもらわなければ、今の里見真也という存在を見てもらえないだろう。――佐伯さんから聞いたが、今の君の周囲には、アクが強くて執念深い男たちがたくさんいるそうだから」
 知らず知らずのうちに和彦の頬が熱くなってくる。俊哉が把握している、和彦の今の生活に関する情報は、守光と鷹津からもたらされたはずだ。守光は含んだように、鷹津は明け透けに、さまざまなことを語ったのだろうと、なんの根拠もないが想像してしまう。

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