血と束縛と

北川とも

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第41話

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 襖を閉めた和彦は、涙が出そうになるのを堪えながら里見に詰め寄った。
「どうして、里見さんがここにっ?」
 感情の高ぶりのままに声を荒らげたが、すぐに、襖一枚を隔てた俊哉の耳を気にする。
 突然の里見との再会に動揺する和彦とは対照的に、里見は落ち着き払っていた。こういう状況になることは織り込み済みだったのだろう。すべてを俊哉に打ち明けて、今晩のことも打ち合わせをしていたのだ。
 南郷の迎えの件も含めて、和彦だけが何も知らされていなかった。
 ふうっと深く息を吐き出した途端、足元が軽くふらつく。当然のように里見の手が肩にかかり、和彦の体を支えた。このとき互いの距離の近さを意識し、反射的に後ずさろうとしたが、里見にぐっと肩を掴まれた。
 包容力と知性を兼ね備えた、年齢を重ねた分だけ深みが増した容貌は、抗い難いほどに和彦の視線を奪ってしまう。一度目が合えば、もう逸らせなかった。記憶にある優しげな眼差しは、今は燃えるような熱情を湛えている。
 このひとは、こんな目をする人だっただろうかと違和感を覚え、どうしてだろうかと疑問に感じたが、それも一瞬だ。
 和彦はすでに、里見に甘やかされていた子供ではない。大人となり、里見以外の男たちと関係を持つという経験を経てきたのだ。昔と同じような目で見てほしいとは、口が裂けても言えない。
 里見は、かつての和彦との関係を話した対価として、俊哉から一体どれだけの事情を聞かされたのだろうかと、自虐的に和彦は想像する。
 軽蔑の眼差しを向け、罵ってもいいはずなのに、それでも里見は、会いたかったと言ってくれた。嬉しさよりも、ただ胸が苦しくなってくる。
「……父さんから、全部聞いたんだろう? 里見さんを、これ以上巻き込みたくないんだ。すぐ近くに、ぼくの見張りが……、ヤクザがいるんだ。目をつけられたら、厄介なことになる」
「気にしてないし、平気だ」
「気にしてよっ」
 再び声を荒らげてから、襖の向こうの俊哉を気にかける。
「覚悟は決めている。――君のお父さんから、協力してほしいと言われたときから」
 里見は慎重に言葉を選ぶように、眉をひそめて考える素振りを見せてから、和彦の耳元に顔を寄せてきた。髪と耳朶に触れる柔らかな息遣いに、条件反射のようにドキリとしてしまう。
「嬉しくもあったんだ。君と会える理由ができたことに」
「里見さん……」
「ひどい男だろう? 君が大変な目に遭っているというのに、こんなことを思うなんて」
 話すたびに触れる吐息に意識を奪われそうで、なんとか和彦は一歩だけ距離を取る。里見は、真剣な表情を浮かべていた。
「前に会ったとき、言ったことを覚えているかな。……大人になった君が、自分で幸福になる道を選べるようになったのなら、わたしがしゃしゃり出ることもないと思っていたと。君の行方がわからなくなったことで、少し様子が変ってきたことは感じていた。そして、君が今、どんな生活を送っているか教えられたことで、わたしは自分の正直な気持ちを認めたよ」
 これ以上聞いてはいけないと、和彦の本能が声を上げるが、その声は弱々しい。瞬きすら忘れて、里見の口元に見入っていた。次に放たれる言葉を待つために。
「――今の君の人生に、わたしは積極的に関わっていく。君を、〈こちら〉に連れ戻すために」
 ああ、と和彦は小さく声を洩らす。胸に一気に押し寄せてきた感情は、さまざまなものが入り乱れていた。それらを丹念に精査するまでもなく、口を突いて出たのは拒絶の言葉だった。
「そんなこと、しなくていい……。ううん。してもらいたくない」
「わたしに迷惑をかけたくないというなら――」
「違う。ぼく自身の希望なんだ。……ひどいというなら、ぼくのほうだ。みんなに迷惑をかけているのに、それでも帰りたいとは思わないんだから。できることなら、ずっと家族を避けていたかった」
 ここまで告げたとき、里見は悲しげな顔をした。そんな顔を見れば、里見が決して軽い気持ちでここまでやってきたわけではないとわかる。里見にとって和彦は、いまだに大事に守るべき存在として目に映っているのかもしれない。
 しかし、その和彦は、もう十代の子供ではない。三十歳を過ぎた大人の男で、自分の言動に責任が伴うことを知っている。今の生活が公になれば、社会的制裁を受けることになる現実も。
 それは和彦に限った話ではない。さきほどの俊哉の発言を思い出し、うかがうように里見を見つめる。
「……里見さん、父さんに全部話したんだね」
 里見はちらりと笑みをこぼすと、襖のほうを一瞥する。そして和彦の手首をそっと掴んできた。
「少し外の空気に当たろうか。ここは暖房が効きすぎていて、さっきから暑いんだ」
「でも……」

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