血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
1,025 / 1,268
第40話

(37)

しおりを挟む
「今ので、俺はますますあんたに怖がられたな。最初から嫌われてはいたが」
 当て擦りのようなことを言いながら南郷は、明らかに和彦の反応を楽しんでいた。お守りどころか、南郷自身が、和彦の脅威となっているのだ。だからといって、車から降りるわけにもいかない。
 早く目的地に着かないだろうかと一瞬願い、そんな自分に気づいてゾッとする。一方の南郷は、和彦を言葉で嬲って満足したのか、前列に座る男たちに短く指示を出したあと、ふうっと息を吐いてシートに身を預けた。
 前回同様、車がどこに向かっているのか、和彦は知らない。南郷は何も言わないし、また聞こうとも思わない。
 俊哉に関わることでは、どうしようもない無力感と諦観が、和彦を支配する。それでもなんとか自分を保ち、ささやかな抵抗ができるのは、情愛を注いでくれる男たちの存在のおかげだ。その熱さと甘さと狂おしさを知ってしまったら、失うことなど考えられなかった。
 だから、今晩も抗うのだ――。
 和彦は、膝の上に置いた手を、硬く握り締めた。


 人目のない場所で、二人きりで語り合いたいと伝えられた時点で、会える場所は限られてくる。互いに仕事を終えてからという時間も考えれば、喉を通るかはともかく食事をしないわけにもいかない。
 あれこれと想定はしていたため、南郷の案内によって、裏路地にひっそりと佇む料亭に連れて来られても、驚きはなかった。
 玄関へと続く露地を歩いていると、きれいに剪定された南天の木が目に入る。樹木に詳しくない和彦だが、印象的な実ぐらいは知っている。すっかり日が落ち、屋外灯の明かりがぼんやりと辺りを照らす中、南天の実の赤さはハッとするほど鮮やかだった。つい目を奪われ、歩調を緩めかけると、気配を察したように南郷が振り返った。
「――先生」
 南郷は、建物の外で待っているのかと思ったが、和彦と一緒に暖簾をくぐって玄関に入り、しかも靴まで脱ぎ始めた。物言いたげ――というより非難の眼差しを向ける和彦に対し、南郷はふざけたように軽く肩を竦める。
「あいにくだが、部屋の近くで待機していろと、オヤジさんから言われている。どんな輩が駆け込んでくるかわからないからな。いざとなれば俺が身を挺して、あんたたち父子を守る」
 どこまで本気で言っているのかと、和彦は暗然とした気分で思う。怒りも湧かなかった。総和会が恐れているのは、和彦が俊哉によって連れ戻される事態で、『駆け込んでくる輩』がいるとすれば、それは南郷を排除しようとする人間だ。
 暗に、余計なことはするなと釘を刺しているのかもしれない。和彦ではなく、俊哉に対して。
 入り組んだ廊下を通り、部屋へと案内される。引き戸が開けられて室内を目にした和彦は、胃がキリキリと痛むのを感じた。
 まさに、密談のためのこじんまりとした部屋だった。さほど大きくない座卓が部屋の中央に置かれ、向き合って座った相手と顔を寄せ合い、声を潜めて話したとしても、十分聞こえるだろう。
 設けられた座椅子の一つには、すでに俊哉がついていた。まるで上等な置き物のような端然とした姿で、背筋を伸ばし、グラスを手にしている。
 仲居がコートを掛けている間に、ぎこちなく向かいの席につく。南郷は引き戸の傍らに立ち、興味深そうに俊哉を眺めていた。俊哉は一瞬だけ、煩わしげに眉をひそめてから、これ以上なく冷やかな一瞥を南郷に投げかけた。
「父子の語らいの時間だ。別室を用意してあるから、そこで待機していてくれないか」
 南郷は余計なことは言わず、頭を下げた。ただ頭を上げたとき、何が気になったのか、部屋の奥を見遣り、スッと目を細めた。そこにあるのは襖で、その向こうにはもう一部屋あるのかもしれない。
 南郷が身を引き、姿が見えなくなる。すぐに料理を運ばせるという仲居の言葉に、俊哉は眼差しすら和らげ、にこやかな表情で応じた。
 料理が並ぶ間、俊哉は当たり障りのない世間話をしていた。省庁の若い部下の優秀さを褒め、佐伯家の遠戚の結婚話を喜ばしいと語り――。
 俊哉自身にとって欠片ほどの関心もないからこそ、耳当たりのいい言葉を惜しまないのは、昔からだった。
 仲居が部屋を出て、静かに引き戸が閉まると、前置きもなく俊哉が切り出した。
「――英俊が、何か感じているようだ」
「何か、って?」
「わたしとお前が、すでに接触しているんじゃないかと勘繰っている」
 グラスに口をつけようとしていた和彦は思わず動きを止める。俊哉から言われたことを頭の中で反芻したおかげで、驚くまでに十秒ほど要してしまった。
「兄さんに、言ってなかったのか……」

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...