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第40話
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「俺、カッとしやすいけど、自分にできることと、できないことの区別はつけているつもりだよ。和彦に何かあったとき、一番動けるのはオヤジ。そのオヤジが止めないんなら、多分俺にできることはない。……長嶺で一番力を持っているのはオヤジじゃなく、じいちゃんだからね。単なる父子ゲンカなら逆らうことも、殴り合うこともできるけど、二人とも、それぞれ組織を背負ってる。そこに面子が乗っかってるんだ。父子でも、絶対的な不可侵ってやつはある。いや、父子だから、かな」
千尋なりに、組織の力学というものをきちんと理解しているのだ。むしろ、裏の世界に引きずり込まれて二年も経っていない和彦より、生まれた瞬間からその世界で育まれてきた千尋のほうが、骨身に叩き込まれているはずだ。
そのうえで尚、千尋は成長している。以前に、和彦が兄である英俊と対面することになったとき、火のような激情を露わにして悔しさをぶつけてきた千尋だが、今は少し様子が違う。感情的になりながらも、経験と知識が歯止めとして働いている。
優しく甘いホットミルクの味が、そう知らせてくるのだ。
「――移動の車の中で、俺なりにオヤジの真意ってやつを考えてたんだ」
「うん?」
「和彦に関することでは、じいちゃんを……、長嶺守光を全面的には信用するな、って言いたいんじゃないかって。だからオヤジは、和彦がまた自分の父親と会うことになった経緯を教えてくれた」
どうだろう、と和彦は心の中で呟き、またホットミルクを啜る。賢吾が何を考えているのか推測することは難しいし、さらに父子間の機微となると、それはもう想像が及ばなかった。
それでなくても賢吾と千尋は一般的な父子とは言い難く、常識が当てはまらない。
「……思惑はどうあれ、ぼくは、父さんと会わざるをえない。父さんと会長の間に何かしら密約があって、履行のためにぼくは欠かせない駒なんだ。お前や組長には申し訳ないけど」
「そんなこと思わなくていいけどさ……。それより、俺の前でも遠慮なく、オヤジのことを名前で呼んだら? 賢吾さん、って」
思いがけない提案に、噎て咳き込んだ和彦はじろりと千尋を睨む。ニヤニヤと笑って返された。
「いいじゃん。俺だって、まだ慣れないなりに、和彦って呼んでるんだから。一緒にがんばろうよ」
「何をがんばるんだっ。――……話が済んだんなら、もう帰ったらどうだ」
「残念。車は帰らせたよ。今夜はここに泊まるって言っておいたから」
一方的に動揺させられたお返しというわけではないが、露骨に迷惑そうな顔をすると、途端に捨てられた子犬のような眼差しを向けられた。
こいつは本当に性質が悪い。和彦はそう心の中で呟く。
演技だとわかっていながら、こんな千尋を追い返すことは和彦にはできなかった。
「お前には、ホットミルクを作ってもらったしな……」
「和彦のためなら、何杯でも作ってあげるよ」
「別の機会にな。……眠れないからって、すぐに安定剤を飲まなくてよかったよ。おかげで、お前の珍しい姿を見ることができた」
ホットミルクを飲み干して立ち上がった和彦は、千尋の傍らを通るとき、茶色の髪をくしゃくしゃと掻き乱す。
「様になってたぞ、キッチンに立つ姿。お前がけっこうマメだってこと、すっかり忘れてたな」
千尋はくすぐったそうに首を竦めたが、急に立ち上がって和彦の手首を掴んできた。このときにはもう、千尋の表情は一変していた。
食い入るように和彦を見つめてくる両目にあるのは、紛うことなく強い情欲の色だった。
「あっ、バカっ――……」
強引に抱き締められそうになり和彦は反射的に身を捩ったが、体に絡みついてくる両腕の力は強い。すぐに抵抗の無益さを悟り、空のカップをテーブルの上に置く。待ちかねていたように掻き抱かれ、和彦もそっと千尋の背に両腕を回した。
この夜の千尋は、いつにも増して甘ったれで、ワガママだった。困ったことに和彦は、千尋のそんなところが嫌いではない。むしろ、好ましく、愛しいと思っている。
瑞々しく滑らかな肌をじっくりと舐め上げ、ときおりきつく吸い上げては愛撫の痕跡を残していく。そのたびにベッドに仰臥した千尋が切なげな吐息をこぼし、和彦が上目遣いにうかがうと、心地よさそうな蕩けた表情をしていた。
自分からせがんできただけあって、反応がいい。和彦は小さく笑みをこぼしていた。
呼吸に合わせてゆっくりと上下する胸元にてのひらを這わせる。出会ったばかりの頃は少年っぽさも残していた体つきは、成熟した男のものへと確実に変化している。わずかに肩が逞しくなり、胸板は厚みを増し、腹筋の線はよりはっきりと現れている。それに、雄の匂いが強くなった。
千尋なりに、組織の力学というものをきちんと理解しているのだ。むしろ、裏の世界に引きずり込まれて二年も経っていない和彦より、生まれた瞬間からその世界で育まれてきた千尋のほうが、骨身に叩き込まれているはずだ。
そのうえで尚、千尋は成長している。以前に、和彦が兄である英俊と対面することになったとき、火のような激情を露わにして悔しさをぶつけてきた千尋だが、今は少し様子が違う。感情的になりながらも、経験と知識が歯止めとして働いている。
優しく甘いホットミルクの味が、そう知らせてくるのだ。
「――移動の車の中で、俺なりにオヤジの真意ってやつを考えてたんだ」
「うん?」
「和彦に関することでは、じいちゃんを……、長嶺守光を全面的には信用するな、って言いたいんじゃないかって。だからオヤジは、和彦がまた自分の父親と会うことになった経緯を教えてくれた」
どうだろう、と和彦は心の中で呟き、またホットミルクを啜る。賢吾が何を考えているのか推測することは難しいし、さらに父子間の機微となると、それはもう想像が及ばなかった。
それでなくても賢吾と千尋は一般的な父子とは言い難く、常識が当てはまらない。
「……思惑はどうあれ、ぼくは、父さんと会わざるをえない。父さんと会長の間に何かしら密約があって、履行のためにぼくは欠かせない駒なんだ。お前や組長には申し訳ないけど」
「そんなこと思わなくていいけどさ……。それより、俺の前でも遠慮なく、オヤジのことを名前で呼んだら? 賢吾さん、って」
思いがけない提案に、噎て咳き込んだ和彦はじろりと千尋を睨む。ニヤニヤと笑って返された。
「いいじゃん。俺だって、まだ慣れないなりに、和彦って呼んでるんだから。一緒にがんばろうよ」
「何をがんばるんだっ。――……話が済んだんなら、もう帰ったらどうだ」
「残念。車は帰らせたよ。今夜はここに泊まるって言っておいたから」
一方的に動揺させられたお返しというわけではないが、露骨に迷惑そうな顔をすると、途端に捨てられた子犬のような眼差しを向けられた。
こいつは本当に性質が悪い。和彦はそう心の中で呟く。
演技だとわかっていながら、こんな千尋を追い返すことは和彦にはできなかった。
「お前には、ホットミルクを作ってもらったしな……」
「和彦のためなら、何杯でも作ってあげるよ」
「別の機会にな。……眠れないからって、すぐに安定剤を飲まなくてよかったよ。おかげで、お前の珍しい姿を見ることができた」
ホットミルクを飲み干して立ち上がった和彦は、千尋の傍らを通るとき、茶色の髪をくしゃくしゃと掻き乱す。
「様になってたぞ、キッチンに立つ姿。お前がけっこうマメだってこと、すっかり忘れてたな」
千尋はくすぐったそうに首を竦めたが、急に立ち上がって和彦の手首を掴んできた。このときにはもう、千尋の表情は一変していた。
食い入るように和彦を見つめてくる両目にあるのは、紛うことなく強い情欲の色だった。
「あっ、バカっ――……」
強引に抱き締められそうになり和彦は反射的に身を捩ったが、体に絡みついてくる両腕の力は強い。すぐに抵抗の無益さを悟り、空のカップをテーブルの上に置く。待ちかねていたように掻き抱かれ、和彦もそっと千尋の背に両腕を回した。
この夜の千尋は、いつにも増して甘ったれで、ワガママだった。困ったことに和彦は、千尋のそんなところが嫌いではない。むしろ、好ましく、愛しいと思っている。
瑞々しく滑らかな肌をじっくりと舐め上げ、ときおりきつく吸い上げては愛撫の痕跡を残していく。そのたびにベッドに仰臥した千尋が切なげな吐息をこぼし、和彦が上目遣いにうかがうと、心地よさそうな蕩けた表情をしていた。
自分からせがんできただけあって、反応がいい。和彦は小さく笑みをこぼしていた。
呼吸に合わせてゆっくりと上下する胸元にてのひらを這わせる。出会ったばかりの頃は少年っぽさも残していた体つきは、成熟した男のものへと確実に変化している。わずかに肩が逞しくなり、胸板は厚みを増し、腹筋の線はよりはっきりと現れている。それに、雄の匂いが強くなった。
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