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第40話
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『まあ、そんなところです。もちろん、あの人がどこにいるかは知りませんよ。ただ、新しい携帯電話の番号は知っています。少し前にうちの店のスタッフが、鷹津さんに似た男から手紙を預かって、そこに書かれてありました』
「……どういう意図があって、そのことをいままで黙っていたんだ」
『わたしはそこそこ野心は持っていますが、鷹津さんには多少なりと友情めいた感情を抱いているんですよ。さんざんタダ酒を集られましたが、その分の便宜は図ってもらいましたし。そして先生には、命を助けてもらった恩があります。――鷹津さんと先生は、お互いを気にかけていたでしょうから、わたしはささやかなお節介をしただけです。ときどき、先生の様子を知らせるというお節介を。鷹津さんは、聞きたくないとは一度も言いませんでした。ただ黙って聞き入って。そうですか……。あの人やっぱり、先生に会いに行かれたんですね』
危険を冒して、と念を押すように言われ、和彦はゾクリと身を震わせる。長嶺組と総和会から追われている男が繁華街をうろつく危険性は、鷹津自身がよく承知しているだろう。
それでもあえて、鷹津はやってきたのだ。胡散臭い秦からの情報を信じて。
感情が高ぶり、心を揺さぶられるものがあったが、和彦は必死に押し殺す。そうしなければ、鷹津の連絡先を教えてほしいと秦に頼んでしまいそうだった。
ゆっくりと深呼吸をしてから、なんとか平坦な声を作り出す。
「確認したかったことは、それだけだ。……鷹津の連絡先を君が知っていることを、他に誰が――」
『誰も。先生だけです。本当は、先生にも話すつもりはなかったんですよ。鷹津さんに口止められていましたから』
「……昨夜のやり取りは、ヒントのつもりだったのか」
『気づかれなければ、それはそれでよかったんです。知れば、先生は煩悶するでしょう?』
しない、と言い張るのも大人げなく、和彦は唇を引き結ぶ。
『先生なら大丈夫だと思いますが、わたしと鷹津さんが繋がっていることは他言無用でお願いします。当然、長嶺組長にも。後ろ盾になっていただいている身でわたしも心苦しいですが、ここは一つ、先生も共犯になってください』
「――……考えておく」
和彦としてできる返事は、これが精一杯だった。それでなくても賢吾には、俊哉のことで隠し事をしてしまい、結果としてさんざん迷惑と負担をかけたのだ。このうえ、鷹津を見かけたなどと打ち明けては、大騒ぎになる。
ここで和彦は、無意識のうちに前髪に指を差し込んでいた。
賢吾や長嶺組に負担をかけたくないというのは、気持ちの半分としてある。だが残りの半分を占めているのは、保身なのだ。自分自身と、鷹津のために。
「電話するんじゃなかった」
つい率直な感想を洩らすと、電話越しに微かな物音が聞こえてくる。何かと思えば、秦の抑えた笑い声だった。
『でも、確かめずにはいられない。先生はよくも悪くも、几帳面ですからね』
仮眠室の時計を一瞥して、次の予約までまだ少し時間があることを確かめる。こちらを翻弄してくるような物言いの秦に対して、ささやかな意趣返しをすることにした。
「他人の事情に首を突っ込むのもいいが、自分のことは大丈夫なのか? 昨夜のアレは、秦静馬らしくない醜態だった」
『ええ。そのせいで中嶋に、当分自分の部屋に戻ると言われました』
口に出しては言えないが、自業自得だと思ってしまう。
「しっかり話し合ったらどうだ。二十歳そこそこの子を巻き込む前に」
『子、ではないでしょう。彼は立派な男ですよ。ケンカのやり方を知っている、ね。……ただ、中嶋のほうが性質が悪いかもしれません』
ほろ苦さを感じさせる口調の秦に対して、さすがに和彦も追い打ちをかけることはできなかった。
自業自得というなら、中嶋も同じだ。昨夜、帰りのタクシーの中で中嶋から話を聞いたが、なんとなくだが、秦が大人げない行動に出た原因がわかった気がしたのだ。
海外出張から秦が帰国する日、出迎えに行くと自ら言い出した中嶋は、直前になってその発言を取り消すことになったそうだ。その理由が、加藤だった。
第二遊撃隊の方針として部屋を借りることになり、中嶋が物件探しなどを手伝ったのだという。そして、秦の帰国と加藤の引っ越しが重なり、中嶋は合理的な理由から、加藤を優先したそうだ。妙なところで世間知らずな男なので、危なっかしくて放っておけなかったし、世話を任された自分の責任もあると、中嶋は話していたが――。
秦がいる部屋でも、加藤と連絡を取り合っていたと聞かされた和彦は、寒気のようなものを感じた。中嶋としては、隠し事はないという証明のつもりもあったのだろうが、とにかく秦にとっては耐え難い状況となったはずだ。
「……どういう意図があって、そのことをいままで黙っていたんだ」
『わたしはそこそこ野心は持っていますが、鷹津さんには多少なりと友情めいた感情を抱いているんですよ。さんざんタダ酒を集られましたが、その分の便宜は図ってもらいましたし。そして先生には、命を助けてもらった恩があります。――鷹津さんと先生は、お互いを気にかけていたでしょうから、わたしはささやかなお節介をしただけです。ときどき、先生の様子を知らせるというお節介を。鷹津さんは、聞きたくないとは一度も言いませんでした。ただ黙って聞き入って。そうですか……。あの人やっぱり、先生に会いに行かれたんですね』
危険を冒して、と念を押すように言われ、和彦はゾクリと身を震わせる。長嶺組と総和会から追われている男が繁華街をうろつく危険性は、鷹津自身がよく承知しているだろう。
それでもあえて、鷹津はやってきたのだ。胡散臭い秦からの情報を信じて。
感情が高ぶり、心を揺さぶられるものがあったが、和彦は必死に押し殺す。そうしなければ、鷹津の連絡先を教えてほしいと秦に頼んでしまいそうだった。
ゆっくりと深呼吸をしてから、なんとか平坦な声を作り出す。
「確認したかったことは、それだけだ。……鷹津の連絡先を君が知っていることを、他に誰が――」
『誰も。先生だけです。本当は、先生にも話すつもりはなかったんですよ。鷹津さんに口止められていましたから』
「……昨夜のやり取りは、ヒントのつもりだったのか」
『気づかれなければ、それはそれでよかったんです。知れば、先生は煩悶するでしょう?』
しない、と言い張るのも大人げなく、和彦は唇を引き結ぶ。
『先生なら大丈夫だと思いますが、わたしと鷹津さんが繋がっていることは他言無用でお願いします。当然、長嶺組長にも。後ろ盾になっていただいている身でわたしも心苦しいですが、ここは一つ、先生も共犯になってください』
「――……考えておく」
和彦としてできる返事は、これが精一杯だった。それでなくても賢吾には、俊哉のことで隠し事をしてしまい、結果としてさんざん迷惑と負担をかけたのだ。このうえ、鷹津を見かけたなどと打ち明けては、大騒ぎになる。
ここで和彦は、無意識のうちに前髪に指を差し込んでいた。
賢吾や長嶺組に負担をかけたくないというのは、気持ちの半分としてある。だが残りの半分を占めているのは、保身なのだ。自分自身と、鷹津のために。
「電話するんじゃなかった」
つい率直な感想を洩らすと、電話越しに微かな物音が聞こえてくる。何かと思えば、秦の抑えた笑い声だった。
『でも、確かめずにはいられない。先生はよくも悪くも、几帳面ですからね』
仮眠室の時計を一瞥して、次の予約までまだ少し時間があることを確かめる。こちらを翻弄してくるような物言いの秦に対して、ささやかな意趣返しをすることにした。
「他人の事情に首を突っ込むのもいいが、自分のことは大丈夫なのか? 昨夜のアレは、秦静馬らしくない醜態だった」
『ええ。そのせいで中嶋に、当分自分の部屋に戻ると言われました』
口に出しては言えないが、自業自得だと思ってしまう。
「しっかり話し合ったらどうだ。二十歳そこそこの子を巻き込む前に」
『子、ではないでしょう。彼は立派な男ですよ。ケンカのやり方を知っている、ね。……ただ、中嶋のほうが性質が悪いかもしれません』
ほろ苦さを感じさせる口調の秦に対して、さすがに和彦も追い打ちをかけることはできなかった。
自業自得というなら、中嶋も同じだ。昨夜、帰りのタクシーの中で中嶋から話を聞いたが、なんとなくだが、秦が大人げない行動に出た原因がわかった気がしたのだ。
海外出張から秦が帰国する日、出迎えに行くと自ら言い出した中嶋は、直前になってその発言を取り消すことになったそうだ。その理由が、加藤だった。
第二遊撃隊の方針として部屋を借りることになり、中嶋が物件探しなどを手伝ったのだという。そして、秦の帰国と加藤の引っ越しが重なり、中嶋は合理的な理由から、加藤を優先したそうだ。妙なところで世間知らずな男なので、危なっかしくて放っておけなかったし、世話を任された自分の責任もあると、中嶋は話していたが――。
秦がいる部屋でも、加藤と連絡を取り合っていたと聞かされた和彦は、寒気のようなものを感じた。中嶋としては、隠し事はないという証明のつもりもあったのだろうが、とにかく秦にとっては耐え難い状況となったはずだ。
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