血と束縛と

北川とも

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第40話

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 俊哉と再び対面することが決まったからといって、特別な変化が起こるでもなく、いつものようにクリニックで過ごす月曜日は始まった。
「……うーん」
 診察室のイスに深くもたれかかって、一声唸った和彦はこめかみを押さえる。前夜、中嶋の愚痴につき合ったあと、自宅マンションに帰宅した和彦だが、今度は一人で深酒をしてしまったのだ。おかげで、朝から頭痛がする。
 次の予約まで時間があるため、紅茶を飲みながらのんびりしているが、頭の中ではめまぐるしく懸念事項が駆け巡っていた。この辺りも頭痛と関係しているのだろう。
 和彦は深いため息をつくと、デスク上の卓上カレンダーを手に取る。週末まであっという間だと思ったあと、十一月ももうすぐ終わることに気づかされる。今年最後の月が巡ってくるということに、ささやかな感慨に耽っていた。
 そこでふと、去年の今頃、自分はどうしていたのだろうかと思い返す。男たちの事情に振り回されてはいたが、それでも比較的穏やかな日々を送っていた。守光とはまだ顔も合わせたことはなく、鷹津は相変わらず嫌な男ではあったが、なんとなく接し方がわかりかけていた頃で――。
「佐伯先生」
 突然呼びかけられて、和彦は姿勢を正す。メモを片手にスタッフが傍らに立っていた。
「どうかした?」
「十二月三日の午前中に予約を入れられている患者さんから、さきほど連絡があったのですが……」
 和彦はすぐにパソコンを操作し、言われた日付の予約状況を確認する。確かに予約が入っており、先日カウンセリングを行った患者の名が表示されている。
「まさか、キャンセル?」
「いえ、そうではないんです。予約の日は都合が悪くなったそうで、できればもう少し早い日に変更できないかとおっしゃられて。佐伯先生はまだ診察中だったので、折り返し連絡を差し上げるとお伝えしました」
「あー、そうだね。施術の予約だから、空いているところにポンッと入れるわけにもいかないし」
 和彦は、患者のカウンセリング表と予約状況を交互に眺めて検討し、メモにいくつかの日付と時間を書き込む。そのメモをスタッフに渡した。
「そこに書いた日付と時間を患者さんに伝えて、希望に合うものを選んでもらうようにして。難しいようなら、一度予約をキャンセルして、改めて予約を入れ直すことになるかなあ」
「そうですね。とにかく今から連絡して、確認してみます」
 スタッフが診察室を出て行き、その姿を見送った和彦はカップに口をつける。紅茶を一口飲んだところで、小さく声を洩らしていた。寸前の他愛ない業務上のやり取りが、まるで小骨のようにチクチクと和彦の中で刺さる。
 一体何が引っかかるのかと戸惑ったが、交わした会話を丹念に頭の中で辿っていくうちに、あることに気づく。拍子抜けするほど呆気なく、疑問は解けた。
 やられた、と和彦は呟く。まさに、そうとしか言いようがなかった。
 デスクの引き出しから携帯電話を掴み出すと、慌ただしく仮眠室へと駆け込む。腹立たしさすら覚えながらある人物へと電話をかけていた。
『――……珍しいですね。先生が、平日の午前中からわたしに連絡をくださるなんて』
 寝ているところを叩き起こしてしまったらしく、電話越しに聞こえる秦の声は低い。いつもであれば少しばかり罪悪感の疼きを感じるだろうが、今はそれどころではなかった。秦が寝ぼけているのをいいことに、前置きもなく要件を告げる。
「鷹津と連絡を取っているだろう」
 返ってきたのは、十秒以上の沈黙だった。秦が意識を覚醒させ、上手い対処法を考えるための時間だと、和彦は解釈する。
 ふっと息を吐き出してから、秦は慎重な口ぶりで問いかけてきた。
『どうして、そう思われるんですか?』
「昨夜店を出てから、……鷹津を――に、似た男を見かけた。あくまで、〈似た男〉だからな」
 和彦の言わんとすることを察したのか、秦が軽く相槌を打つ。
『〈似た男〉ですか』
「どこで飲んでいるか、知らせたんだろ。タイミングがよすぎたんだ。中嶋くんと夜遊びをするとき、ぼくに組の護衛はつかない。その中嶋くんといつ夜遊びに出かけるかなんて、ごく限られた人間しか知らないんだ。なのに……狙い澄ましたように、あの場所にいた」
 昨夜から違和感はあったが、今この瞬間になってようやく明確な言葉にできた。そうなのだ。あまりにタイミングがよすぎた。誰かがあらかじめお膳立てをしない限り、あんなことは起こらない。
「鷹津から連絡はないが、君から連絡は取っている、ということか」

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