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第40話
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毛皮特有の上品な光沢を帯びたロングコートにセカンドバッグという出で立ちは、美貌の怪しい青年実業家という肩書きを実によく演出しており、似合ってはいるものの、いつも以上に胡散臭く見える。
おやっ、と思ったのは和彦だけではなく、中嶋も軽く眉をひそめていた。
「部屋を出たとき、そんな格好はしてなかったでしょう。……なんだか、ホストをスカウトしていた頃のあなたに戻ったようですよ」
「人と待ち合わせをするのに、目立つ格好のほうが都合がよかったんだ。このコートは、うちの店のホストに借りた」
「……面倒くさいことを……。それで、野暮用は片付いたんですか?」
呆れたように問いかける中嶋に対して、秦が一瞬ドキリとするような鋭い笑みを向けた。華やかだが、同時に胡散臭さもつきまとう男を、その笑みはまったくの別人のように見せた。
和彦がよく知る、独占欲と執着心の強い、厄介な男たちのような――。
「まあ、片付いたと言えば、片付いたな。予定通り、連れて来ることができたから」
和彦と中嶋は同じタイミングで首を傾げ、数秒後には驚きの声を上げていた。秦に続いて、遠慮がちにカーテンを開けて個室に入ってきたのが、まったく予想外の人物だったからだ。
「加藤……」
ぽつりと中嶋が呟く。
トレーナーの上からライダースジャケットを羽織った格好の加藤は、状況がよく呑み込めない様子ながら会釈をしたあと、その場にいる三人を見回す。一体なんの集まりかと問うように視線を向けたのは、中嶋だった。一方の中嶋のほうは、困惑したように秦を見た。
和彦は不穏な空気を感じ取り、ソファの上で動けなくなっていた。秦の鋭い笑みを目にしたあとで、突然の加藤の登場だ。〈偶然〉によって作られた状況のはずがなかった。
秦は悠然とロングコートを脱ぐと、空いているソファに腰掛け、居心地悪そうに立ち尽くしている加藤にも座るよう促す。我に返った中嶋が口を開こうとしたが、秦は片手をあげて制すると、二人を案内してきたスタッフに注文を頼む。
スタッフが立ち去ったあと、今度こそ中嶋が秦に問いかけた。
「――どういうことか、説明してもらえますか? どうして加藤が、秦さんと一緒にいるんですか?」
「わたしがメールして、呼び出したんだ。お前の携帯から、お前のふりをして。待ち合わせ場所に来た彼を、ここまで連れてきたんだが……、よく躾けてあるな。警戒心が強くて、なかなか苦労した」
「どうして、そんなこと……」
「お前が紹介してくれないからだ。一度会って話をしたいと言っても、はぐらかすばかりだっただろ? 気になるじゃないか。お前が特に目をかけている『加藤くん』の存在は」
ピリピリしている中嶋とは対照的に、秦はどこまでも悠然とした態度を崩さない。和彦が知る限り、長嶺組の本宅に出入りしているときですら、こんな態度の秦だが、今はどこか芝居がかったものを感じる。
おそらく秦は、挑発しようとしているのだ。中嶋か、加藤か、それとも両方か――。
目の前にいる三人の関係をある程度把握しているだけに、和彦は気が気でない。知らず知らずのうちに腰を浮かせていた。乱闘が始まったところで止められる自信はまったくなく、一人うろたえていると、硬い表情で黙り込んでいる加藤と目が合った。困惑も動揺も面に出していないが、かえって加藤の立場を慮らずにはいられない。
いくらか険悪さを帯び始めている中嶋と秦のやり取りに、控えめに和彦は割って入った。
「……加藤くんに会いたかったのなら、何も、こんなときでなくてもいいだろ。ぼくは今夜は、自棄酒に中嶋くんをつき合わせるつもりだったんだ。そこに、君が加わることになって、まあいいかと思っていたのに……。せめて、ぼくが帰るまで待ってくれ」
和彦の苦言に対して、秦はヌケヌケと返してきた。
「先生がいると、抑止力という意味で大変心強いので、今夜は最適だったんです。先生の前で荒事を働こうという愚か者は、この場にはいませんから」
普段であればそうだろうが、今夜に限っては言い切れない。和彦は心の中でそう呟く。
「面倒なことに巻き込むなと言って、ぼくが酔って暴れるとは考えないのか?」
「ぜひ、そんなふうに乱れる先生を見てみたいですね」
和彦と軽い口調で会話を交わしながらも、秦の視線は油断なく中嶋と加藤に向けられている。
少し前に秦は、自らを嫉妬深いと語っていたが、あれは大げさな表現ではなかったのだと、今になって実感していた。感嘆するような美貌と艶やかな雰囲気を持ち、扱うものはともかく商才にも恵まれている男は、二十歳をやっと過ぎたばかりの青年に大人げない嫉妬をしているのだ。
おやっ、と思ったのは和彦だけではなく、中嶋も軽く眉をひそめていた。
「部屋を出たとき、そんな格好はしてなかったでしょう。……なんだか、ホストをスカウトしていた頃のあなたに戻ったようですよ」
「人と待ち合わせをするのに、目立つ格好のほうが都合がよかったんだ。このコートは、うちの店のホストに借りた」
「……面倒くさいことを……。それで、野暮用は片付いたんですか?」
呆れたように問いかける中嶋に対して、秦が一瞬ドキリとするような鋭い笑みを向けた。華やかだが、同時に胡散臭さもつきまとう男を、その笑みはまったくの別人のように見せた。
和彦がよく知る、独占欲と執着心の強い、厄介な男たちのような――。
「まあ、片付いたと言えば、片付いたな。予定通り、連れて来ることができたから」
和彦と中嶋は同じタイミングで首を傾げ、数秒後には驚きの声を上げていた。秦に続いて、遠慮がちにカーテンを開けて個室に入ってきたのが、まったく予想外の人物だったからだ。
「加藤……」
ぽつりと中嶋が呟く。
トレーナーの上からライダースジャケットを羽織った格好の加藤は、状況がよく呑み込めない様子ながら会釈をしたあと、その場にいる三人を見回す。一体なんの集まりかと問うように視線を向けたのは、中嶋だった。一方の中嶋のほうは、困惑したように秦を見た。
和彦は不穏な空気を感じ取り、ソファの上で動けなくなっていた。秦の鋭い笑みを目にしたあとで、突然の加藤の登場だ。〈偶然〉によって作られた状況のはずがなかった。
秦は悠然とロングコートを脱ぐと、空いているソファに腰掛け、居心地悪そうに立ち尽くしている加藤にも座るよう促す。我に返った中嶋が口を開こうとしたが、秦は片手をあげて制すると、二人を案内してきたスタッフに注文を頼む。
スタッフが立ち去ったあと、今度こそ中嶋が秦に問いかけた。
「――どういうことか、説明してもらえますか? どうして加藤が、秦さんと一緒にいるんですか?」
「わたしがメールして、呼び出したんだ。お前の携帯から、お前のふりをして。待ち合わせ場所に来た彼を、ここまで連れてきたんだが……、よく躾けてあるな。警戒心が強くて、なかなか苦労した」
「どうして、そんなこと……」
「お前が紹介してくれないからだ。一度会って話をしたいと言っても、はぐらかすばかりだっただろ? 気になるじゃないか。お前が特に目をかけている『加藤くん』の存在は」
ピリピリしている中嶋とは対照的に、秦はどこまでも悠然とした態度を崩さない。和彦が知る限り、長嶺組の本宅に出入りしているときですら、こんな態度の秦だが、今はどこか芝居がかったものを感じる。
おそらく秦は、挑発しようとしているのだ。中嶋か、加藤か、それとも両方か――。
目の前にいる三人の関係をある程度把握しているだけに、和彦は気が気でない。知らず知らずのうちに腰を浮かせていた。乱闘が始まったところで止められる自信はまったくなく、一人うろたえていると、硬い表情で黙り込んでいる加藤と目が合った。困惑も動揺も面に出していないが、かえって加藤の立場を慮らずにはいられない。
いくらか険悪さを帯び始めている中嶋と秦のやり取りに、控えめに和彦は割って入った。
「……加藤くんに会いたかったのなら、何も、こんなときでなくてもいいだろ。ぼくは今夜は、自棄酒に中嶋くんをつき合わせるつもりだったんだ。そこに、君が加わることになって、まあいいかと思っていたのに……。せめて、ぼくが帰るまで待ってくれ」
和彦の苦言に対して、秦はヌケヌケと返してきた。
「先生がいると、抑止力という意味で大変心強いので、今夜は最適だったんです。先生の前で荒事を働こうという愚か者は、この場にはいませんから」
普段であればそうだろうが、今夜に限っては言い切れない。和彦は心の中でそう呟く。
「面倒なことに巻き込むなと言って、ぼくが酔って暴れるとは考えないのか?」
「ぜひ、そんなふうに乱れる先生を見てみたいですね」
和彦と軽い口調で会話を交わしながらも、秦の視線は油断なく中嶋と加藤に向けられている。
少し前に秦は、自らを嫉妬深いと語っていたが、あれは大げさな表現ではなかったのだと、今になって実感していた。感嘆するような美貌と艶やかな雰囲気を持ち、扱うものはともかく商才にも恵まれている男は、二十歳をやっと過ぎたばかりの青年に大人げない嫉妬をしているのだ。
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