血と束縛と

北川とも

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第40話

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「体調を崩されているようなら、すぐに長嶺組に連絡して、連れて帰ってもらおうかと思ったんですが、違いますよね。――何かありました……ね」
 返事は、沈鬱なため息だった。
 昨日、総和会本部で守光と夕食を共にとったあと、ある要求をされた。
 曰く、来週の金曜日に俊哉が和彦との対面を求めており、そのときは、人目のない場所で父子で時間を気にせず語り合いたいと希望が出されたそうだ。
 守光が切り出した時点で、それはもう決定事項で、和彦に否という権利はない。能天気に構えていたわけではないが、再び俊哉と顔を合わせるのはもう少し先ではないかと、切望にも似た気持ちで考えていたのだ。
 和彦を一層精神的に追い詰めるのは、俊哉との定期的な対面を考えているという、守光の言葉だった。
 間に総和会が入ることで、和彦は俊哉を避けられない。求められるまま、総和会の護衛に守られ――見張られて、俊哉の放つ毒気を浴びることになる。
 守光は、疎遠だった父子を結びつけて、ただ偽善的な喜びに浸るような人間ではない。総和会を率いている狡猾な化け狐は何かを計算しているだろうし、そこを十分理解したうえで、俊哉も接触しているはずだ。
 聞きたいことはいくつかあったが、何も聞けずじまいだった。聞いてしまえば、さらに厄介な事態に引きずり込まれると考えたからだ。とにかく和彦の立場は、聞けば、従わずにはいられないという弱いものなのだ。
 今回は守光から口止めされなかったため、本部をあとにしてすぐに、賢吾に連絡し、報告した。もちろん、二人の権力者による計画を止めてほしかったわけではない。そんなことをすれば、賢吾と守光、長嶺組と総和会との間に要らぬ不和を生み出しかねないと、冷静さを失った頭でもわかる。
 電話越しに賢吾に対して何度も、堪えてほしいと和彦は訴えた。賢吾は納得していない様子だったが、不承不承、諾と言ってくれた。守光が決めた以上、賢吾もまた、それ以外の返事を持っていないのだ。
 自分が苦々しい思いを味わうのは仕方ないといえるが、同じものを賢吾に味わわせるのは、和彦にはつらかった。
「――……君は、両親と連絡を取り合っているか?」
 唐突な和彦からの質問に、軽く目を瞠ったものの中嶋は笑って答える。
「たまに、ですけど。俺がホスト稼業から足を洗って、まともとは言い難いけど、それなりにマシな生活を送っていると思っているんですよ、二人共。迂闊に電話で長話なんてしたらボロが出ますから、元気にやっていると話すぐらいです」
「本当のことを知ったら、どうなると思う?」
「当然、足を洗えと言うでしょうね。そうなったら俺は……、連絡を絶つかな。いまさら退けないというのもあるし、だからといって親の嘆く声も聞きたくない。だったら、そうするしかないでしょう。心苦しいですけど。それを思えば、今の状態はいいほうでしょう。俺のウソと誤魔化しが、上手く噛み合っている」
 ふうん、と声を洩らした和彦は、またラズベリーを口に放り込む。
「きちんとした家で育ってきたんだな、君は。隠すということは、親がまともな反応を示すとわかっているということだろう」
「先生がそれを言いますか。絵に描いたような上流家庭というやつでしょう、先生の家は」
「少なくともぼくの親は――、ぼくが心配で嘆いたりはしない。いい歳なんだから、親の反応にビクつくこともないんだろうけど、ぼくの場合、状況が状況だ」
 前回の、寒々とした空気が流れ続けた俊哉との対面を思い出し、身震いをする。その後、賢吾と千尋にさんざん気を使わせたことも併せて、また同じことを繰り返してしまうのかと恐怖すら覚える。
 せっかく飲みに誘ってくれた中嶋の前で、この世の終わりのような顔をまたするわけにもいかず、和彦は勢いよくグラスのワインを呷る。すかさず、ワインが注がれた。
「まあまあ、たった一時でも、嫌なことは飲んで忘れましょう」
「……君だけに盛り上げ役を押し付けるのは悪いな。〈彼〉はまだ来ないのか?」
 和彦の言葉に、中嶋は腕時計に視線を落とす。
「多分、もうすぐだと思います。一緒に部屋を出たんですけど、野暮用があるとかで、途中で別れたんです。すぐに終わる用だとは言っていたので――」
 そう話している最中に、個室と廊下を仕切るカーテンの向こうで、誰かが個室の前で立ち止まったのが透けて見えた。カーテンの下から、バックルが印象的なモンクシューズが覗いている。なんとなく二人は会話を止め、カーテンが開くのを待ち構えていた。
「遅れてすみません」
 明るい調子の言葉と共に、颯爽とカーテンを開けて入ってきたのは、秦だった。

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