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第40話
(23)
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「二神さんは、何か気になることがあるのですか? ……火曜日の夜のことで」
自分で口にして、なんとなく見当はついた。そして、外れてはいなかった。
「――伊勢崎組長との食事会では、わたしは隊長の護衛は外れていました。副隊長という立場上、四六時中、隊長についていることは不可能で、今日も別々の場所でこうして仕事をこなしているわけですが……。火曜日は、隊長に休みを申しつけられて、動けませんでした」
「ああ……、そういえば、姿が見えませんでしたね」
我ながらぎこちない台詞回しに、和彦の視線は泳ぎそうになる。二神は何かを察したように、ふっと口元を緩めた。
「食事会の様子は、護衛についていた隊の者でもわかりません。佐伯先生と隊長と……伊勢崎組長の三人だけで楽しまれていたということですから。――そのあとのことも。せめて、食事会はどうだったか、一緒にいた佐伯先生からお聞きできないかと思ったんです」
「御堂さんは、なんと?」
「肉ばかり勧められて、佐伯先生が四苦八苦されていたとだけ。つまり、はぐらかされたわけです」
「御堂さんも苦労されていましたよ。伊勢崎さんは、ずいぶん御堂さんの体調を気にされていて。……和やかな雰囲気で食事をしていたと思います。会話も弾んでいましたし。ぼくは、お二人の詳しい事情は知らないので、能天気にそう感じただけかもしれませんが」
慎重に言葉を選んで話す和彦に、二神はいきなり頭を下げた。驚いた和彦はソファから腰を浮かせる。
「二神さんっ?」
「申し訳ありません。佐伯先生に気を使わせてしまって。それに、つまらないことで引き止めてしまいました」
気にしないでくださいと、もごもごと応じた和彦だが、ただ、これだけは言わずにはいられなかった。
「……御堂さんのこと、本当に大切にされているんですね。二神さんの気持ちも、しっかり十分伝わっていると思います。あくまで、ぼくの勘ですけど」
頭を上げた二神が穏やかな表情で頷いてくれたので、和彦はほっとする。
話題は変わり、今日はどうして本部を訪れたのかと問われたので、これから守光と夕食を一緒にとるのだと告げると、顔色を変えた二神に慌ただしくエレベーターホールまで連れて行かれる。
「本当に申し訳ありませんでしたっ。最初に予定を尋ねるべきでした」
エレベーターが到着するまで二神に何度も頭を下げられ、ひたすら恐縮するしかない。そもそも、訪ねていったのは和彦のほうなのだ。
扉が閉まると、御堂と二神の関係についてあれこれと考えを巡らせる。献身的に隊長を支える副隊長の胸の奥にあるのは、忠義や誠実さだけとも思えなかった。だからこそ御堂の間近に、力を持つ精力的で野心的な男が二人もいるとなると、二神のこの先の苦労を慮らずにはいられない。
しかし今の和彦に、他人の関係を気遣う余裕はなく――。
四階に到着してエレベーターを降りた途端、ぎょっとして足を止める。エレベーターホールの片隅に吾川が立っており、静かに頭を下げたのだ。
「ちょうどよろしかったです、佐伯先生。夕食の準備も整い、会長がお待ちしております」
和彦は顔を強張らせると、はい、と返事をした。
甘みの強いドライフルーツをつまみに、辛口の白ワインを味わっていた和彦だが、ふとした拍子に重苦しいため息が洩れる。
どこもかしこも混み合いにぎわう日曜日の街中に出る心境ではなかったが、美味しいワインが飲めると誘い出されてしまった。一人鬱々と部屋に閉じこもっていても、痛む胃を庇いながらベッドに転がっているだけだ。どちらがより、マシな気分になるかといえば、考えるまでもなかった。
それに、どれだけみっともない姿を見せても安心な同行者もいる。
一人掛けのソファに埋もれるようにして身を預けながら、和彦はテーブルに片手を伸ばす。皿の上から摘まみ上げたドライフルーツをまじまじ見つめ、ラズベリーだと気づくと、また口に放り込む。さきほどから、盛り合わせのドライフルーツを齧り続けているが、そんな和彦の姿がおもしろいらしく、斜め前のソファに腰掛けた中嶋が口元を緩めていた。
「少しは機嫌がよくなりましたか、先生?」
小皿にローストチキンのサラダを取り分けながら、中嶋に問われる。和彦は肘掛けにもたれかかり、髪を掻き上げる。個室という気楽さもあって、ワインを飲み進むにつれ、少々行儀が悪くなっていた。
「そう見えるか?」
「店に入る前までは、この世の終わりのような顔をしていましたけど、今は、不機嫌で堪らない、という顔をしています。少なくとも、表情筋が動くようになった分、いいんじゃないですか」
「……ぼくは、そんな顔をしていたのか」
自分で口にして、なんとなく見当はついた。そして、外れてはいなかった。
「――伊勢崎組長との食事会では、わたしは隊長の護衛は外れていました。副隊長という立場上、四六時中、隊長についていることは不可能で、今日も別々の場所でこうして仕事をこなしているわけですが……。火曜日は、隊長に休みを申しつけられて、動けませんでした」
「ああ……、そういえば、姿が見えませんでしたね」
我ながらぎこちない台詞回しに、和彦の視線は泳ぎそうになる。二神は何かを察したように、ふっと口元を緩めた。
「食事会の様子は、護衛についていた隊の者でもわかりません。佐伯先生と隊長と……伊勢崎組長の三人だけで楽しまれていたということですから。――そのあとのことも。せめて、食事会はどうだったか、一緒にいた佐伯先生からお聞きできないかと思ったんです」
「御堂さんは、なんと?」
「肉ばかり勧められて、佐伯先生が四苦八苦されていたとだけ。つまり、はぐらかされたわけです」
「御堂さんも苦労されていましたよ。伊勢崎さんは、ずいぶん御堂さんの体調を気にされていて。……和やかな雰囲気で食事をしていたと思います。会話も弾んでいましたし。ぼくは、お二人の詳しい事情は知らないので、能天気にそう感じただけかもしれませんが」
慎重に言葉を選んで話す和彦に、二神はいきなり頭を下げた。驚いた和彦はソファから腰を浮かせる。
「二神さんっ?」
「申し訳ありません。佐伯先生に気を使わせてしまって。それに、つまらないことで引き止めてしまいました」
気にしないでくださいと、もごもごと応じた和彦だが、ただ、これだけは言わずにはいられなかった。
「……御堂さんのこと、本当に大切にされているんですね。二神さんの気持ちも、しっかり十分伝わっていると思います。あくまで、ぼくの勘ですけど」
頭を上げた二神が穏やかな表情で頷いてくれたので、和彦はほっとする。
話題は変わり、今日はどうして本部を訪れたのかと問われたので、これから守光と夕食を一緒にとるのだと告げると、顔色を変えた二神に慌ただしくエレベーターホールまで連れて行かれる。
「本当に申し訳ありませんでしたっ。最初に予定を尋ねるべきでした」
エレベーターが到着するまで二神に何度も頭を下げられ、ひたすら恐縮するしかない。そもそも、訪ねていったのは和彦のほうなのだ。
扉が閉まると、御堂と二神の関係についてあれこれと考えを巡らせる。献身的に隊長を支える副隊長の胸の奥にあるのは、忠義や誠実さだけとも思えなかった。だからこそ御堂の間近に、力を持つ精力的で野心的な男が二人もいるとなると、二神のこの先の苦労を慮らずにはいられない。
しかし今の和彦に、他人の関係を気遣う余裕はなく――。
四階に到着してエレベーターを降りた途端、ぎょっとして足を止める。エレベーターホールの片隅に吾川が立っており、静かに頭を下げたのだ。
「ちょうどよろしかったです、佐伯先生。夕食の準備も整い、会長がお待ちしております」
和彦は顔を強張らせると、はい、と返事をした。
甘みの強いドライフルーツをつまみに、辛口の白ワインを味わっていた和彦だが、ふとした拍子に重苦しいため息が洩れる。
どこもかしこも混み合いにぎわう日曜日の街中に出る心境ではなかったが、美味しいワインが飲めると誘い出されてしまった。一人鬱々と部屋に閉じこもっていても、痛む胃を庇いながらベッドに転がっているだけだ。どちらがより、マシな気分になるかといえば、考えるまでもなかった。
それに、どれだけみっともない姿を見せても安心な同行者もいる。
一人掛けのソファに埋もれるようにして身を預けながら、和彦はテーブルに片手を伸ばす。皿の上から摘まみ上げたドライフルーツをまじまじ見つめ、ラズベリーだと気づくと、また口に放り込む。さきほどから、盛り合わせのドライフルーツを齧り続けているが、そんな和彦の姿がおもしろいらしく、斜め前のソファに腰掛けた中嶋が口元を緩めていた。
「少しは機嫌がよくなりましたか、先生?」
小皿にローストチキンのサラダを取り分けながら、中嶋に問われる。和彦は肘掛けにもたれかかり、髪を掻き上げる。個室という気楽さもあって、ワインを飲み進むにつれ、少々行儀が悪くなっていた。
「そう見えるか?」
「店に入る前までは、この世の終わりのような顔をしていましたけど、今は、不機嫌で堪らない、という顔をしています。少なくとも、表情筋が動くようになった分、いいんじゃないですか」
「……ぼくは、そんな顔をしていたのか」
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