血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
1,010 / 1,268
第40話

(22)

しおりを挟む
 第一遊撃隊の詰め所前まで来たところで、なんとか平常心を取り戻し、自分の頬を軽く撫でる。ドアをノックすると、少し間を置いて、御堂の護衛として見かけたことのある男が顔を出した。御堂に会いたい旨を伝えると、数瞬、困惑の表情を見せたあと、一旦中に引っ込み、すぐに今度は二神が出てきた。
「申し訳ありません、佐伯先生。隊長は今、総本部のほうに行ってまして。今日はもう、こちらには顔を出さないと思います」
 本部を訪れて短時間の間に、二人の男から謝罪されてしまったと、和彦は心の中で苦笑する。
「こちらこそ、申し訳ありませんでした。事前の約束もしていないのに、図々しいお願いをして」
「図々しいなんて、とんでもない。隊長がここにいたら、喜んでお会いになっていましたよ。よろしければ、今から連絡を取って――」
 それこそとんでもないと、和彦は首を横に振る。すると二神が、ふっと眼差しを和らげた。隙がなくて、どことなくとっつきにくい雰囲気が漂う二神だが、こうして相対してみると気さくな人柄をうかがわせる。実際、総和会の中では、数少ない話しやすい相手ではあるのだ。
「御堂さんと少しお話ができればと思っただけなので、わざわざ連絡を取ってもらうほどのことではないんです」
「伝言がありましたら、遠慮なくおっしゃってください。伝えておきますから」
 せっかくなので、御堂への礼を託けようとした和彦だが、ここであることに気づく。火曜日の龍造との食事会のとき、御堂の護衛の中に二神の姿はなかった。そこに御堂の配慮めいたものを感じるのは、あてにならないオンナの勘か、考えすぎなのか。
 ひとまず、自分から食事会の話題は出さないほうがいいと、和彦は判断した。
「大丈夫です。本当に大した用事があるわけではなかったので」
 ふと、奇妙な沈黙が二人の間を流れる。
 二神は室内を振り返ったあと、慎重な口ぶりでこう切り出してきた。
「佐伯先生、お時間があるなら、少し話せませんか」
「ぼくと、ですか……?」
 一体何を言われるのかと身構えつつも、微笑を浮かべる二神から厳しく叱責されるとも思えず、和彦は頷く。
 応接室に通されソファに腰掛けようとして、駐車場でも聞いた重々しい音が聞こえてくる。反射的に窓のほうに顔を向けると、正面に腰掛けた二神は苦々しげに洩らした。
「ここはテニスコートに近いですから、よく聞こえるんです」
「テニスコートを潰して、整地している最中だと聞きました。何か計画があるそうですが、二神さんはご存知ですか?」
「いえ……。長嶺会長直々に命じたということで、ごく限られた人間しか詳細はまだ把握していないと思います。ただ――」
 あくまで噂として二神が教えてくれたのは、南郷の住居を中心とした建物が計画されているのではないか、というなかなか衝撃的な内容だった。
「……第二遊撃隊ではなく、南郷さんの、ですか……」
「さきほども言った通り、噂です。おもしろがって誰かが立てた根も葉もないものかもしれません。だとしても、そんな噂が立つ程度には、第二遊撃隊隊長に存在感と影響力があるということです」
 事実だとしたら、守光の南郷に対する偏重ぶりは度を過ぎている――と総和会の中で批判が起きそうだが、それがわからない守光ではないだろう。
 和彦が口元に指を当て考えていると、二神はまた微笑を浮かべた。
「噂などを佐伯先生の耳に入れるべきではありませんでしたね。なんといっても、長嶺会長に直接問うことができるのに」
「いまだに、長嶺会長の側にいるだけでなく、総和会というテリトリーの中にいると、緊張してしまいます。それでも、できる限り、いろんなことを見聞きしたいと思っているんです。ぼくは非力で臆病ですから、知ることで、できる限りのトラブルを避けたいなと……」
「我々からすると、けっこう豪胆だと思いますよ、佐伯先生は」
 どの辺りがだろうと聞いてみたかったが、すぐに二神が表情を改めて、いくぶん思い詰めた様子を見せたので、つい和彦は姿勢を正す。
「佐伯先生が今日見えられたのは、もしかして火曜日の夜のことが関係ありますか?」
「あっ……、はい、そうです。御堂さんが同席してくださって、ずいぶん助かりましたから、直接お礼を言いたくて」
「佐伯先生は義理堅いですね。先に携帯に留守電も入れられていたでしょう。隊長があとでそれを聞きながら、柔らかな表情をされていたので、気持ちは十分伝わっていますよ」
「そうですか。とにかく御堂さんに対して失礼がなかったのなら、ぼくはそれでいいんです」
 笑みをこぼしかけた和彦だが、二神がまだ本題を切り出していないことを思い出し、身を乗り出しつつ声を潜めた。

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

処理中です...