血と束縛と

北川とも

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第40話

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 第一遊撃隊の詰め所前まで来たところで、なんとか平常心を取り戻し、自分の頬を軽く撫でる。ドアをノックすると、少し間を置いて、御堂の護衛として見かけたことのある男が顔を出した。御堂に会いたい旨を伝えると、数瞬、困惑の表情を見せたあと、一旦中に引っ込み、すぐに今度は二神が出てきた。
「申し訳ありません、佐伯先生。隊長は今、総本部のほうに行ってまして。今日はもう、こちらには顔を出さないと思います」
 本部を訪れて短時間の間に、二人の男から謝罪されてしまったと、和彦は心の中で苦笑する。
「こちらこそ、申し訳ありませんでした。事前の約束もしていないのに、図々しいお願いをして」
「図々しいなんて、とんでもない。隊長がここにいたら、喜んでお会いになっていましたよ。よろしければ、今から連絡を取って――」
 それこそとんでもないと、和彦は首を横に振る。すると二神が、ふっと眼差しを和らげた。隙がなくて、どことなくとっつきにくい雰囲気が漂う二神だが、こうして相対してみると気さくな人柄をうかがわせる。実際、総和会の中では、数少ない話しやすい相手ではあるのだ。
「御堂さんと少しお話ができればと思っただけなので、わざわざ連絡を取ってもらうほどのことではないんです」
「伝言がありましたら、遠慮なくおっしゃってください。伝えておきますから」
 せっかくなので、御堂への礼を託けようとした和彦だが、ここであることに気づく。火曜日の龍造との食事会のとき、御堂の護衛の中に二神の姿はなかった。そこに御堂の配慮めいたものを感じるのは、あてにならないオンナの勘か、考えすぎなのか。
 ひとまず、自分から食事会の話題は出さないほうがいいと、和彦は判断した。
「大丈夫です。本当に大した用事があるわけではなかったので」
 ふと、奇妙な沈黙が二人の間を流れる。
 二神は室内を振り返ったあと、慎重な口ぶりでこう切り出してきた。
「佐伯先生、お時間があるなら、少し話せませんか」
「ぼくと、ですか……?」
 一体何を言われるのかと身構えつつも、微笑を浮かべる二神から厳しく叱責されるとも思えず、和彦は頷く。
 応接室に通されソファに腰掛けようとして、駐車場でも聞いた重々しい音が聞こえてくる。反射的に窓のほうに顔を向けると、正面に腰掛けた二神は苦々しげに洩らした。
「ここはテニスコートに近いですから、よく聞こえるんです」
「テニスコートを潰して、整地している最中だと聞きました。何か計画があるそうですが、二神さんはご存知ですか?」
「いえ……。長嶺会長直々に命じたということで、ごく限られた人間しか詳細はまだ把握していないと思います。ただ――」
 あくまで噂として二神が教えてくれたのは、南郷の住居を中心とした建物が計画されているのではないか、というなかなか衝撃的な内容だった。
「……第二遊撃隊ではなく、南郷さんの、ですか……」
「さきほども言った通り、噂です。おもしろがって誰かが立てた根も葉もないものかもしれません。だとしても、そんな噂が立つ程度には、第二遊撃隊隊長に存在感と影響力があるということです」
 事実だとしたら、守光の南郷に対する偏重ぶりは度を過ぎている――と総和会の中で批判が起きそうだが、それがわからない守光ではないだろう。
 和彦が口元に指を当て考えていると、二神はまた微笑を浮かべた。
「噂などを佐伯先生の耳に入れるべきではありませんでしたね。なんといっても、長嶺会長に直接問うことができるのに」
「いまだに、長嶺会長の側にいるだけでなく、総和会というテリトリーの中にいると、緊張してしまいます。それでも、できる限り、いろんなことを見聞きしたいと思っているんです。ぼくは非力で臆病ですから、知ることで、できる限りのトラブルを避けたいなと……」
「我々からすると、けっこう豪胆だと思いますよ、佐伯先生は」
 どの辺りがだろうと聞いてみたかったが、すぐに二神が表情を改めて、いくぶん思い詰めた様子を見せたので、つい和彦は姿勢を正す。
「佐伯先生が今日見えられたのは、もしかして火曜日の夜のことが関係ありますか?」
「あっ……、はい、そうです。御堂さんが同席してくださって、ずいぶん助かりましたから、直接お礼を言いたくて」
「佐伯先生は義理堅いですね。先に携帯に留守電も入れられていたでしょう。隊長があとでそれを聞きながら、柔らかな表情をされていたので、気持ちは十分伝わっていますよ」
「そうですか。とにかく御堂さんに対して失礼がなかったのなら、ぼくはそれでいいんです」
 笑みをこぼしかけた和彦だが、二神がまだ本題を切り出していないことを思い出し、身を乗り出しつつ声を潜めた。

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