血と束縛と

北川とも

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第40話

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 普段であれば、どこか粛然とした空気が漂い、騒々しさとは無縁である総和会本部が、和彦が足を運んだこの日は様子が違った。
 いつもとは違う駐車場へと回されたときから、おやっ、と思ったのだが、車から出た途端、空気を震わせるような重々しい音が聞こえてくる。
 一体何事かと周囲に視線を向けていると、わざわざ出迎えにきてくれた吾川が傍らに立った。
「申し訳ありません、佐伯先生。うるさくしていて」
「いえ。……何をやっているのか、聞いてもいいですか?」
 その問いかけに重なるように、敷地への人や車の出入りを厳重に監視している出入り口の門が、左右に大きく開け放たれる。入ってきたのは二台のダンプカーだった。意外な車両の登場に、和彦は目を丸くする。
「今、テニスコートを潰して、整地をしている最中なんです。けっこうな広さがあるので、何か有効利用できないものかと、この施設を買い取ったときから話は出ていたのですが、ようやく計画が進み始めまして」
「ああ、そういえば、前に会長がそんなことを話されてました。若い人たちが詰められる建物でも作ろうかと……」
「長嶺会長は、もっと早くに工事に取り掛かりたかったようですが、場所が場所ですから、慎重な準備が必要なのです。いきなり工事車両が出入りするようになると、周辺の住人の方が不安がりますし、警察も、ここをさらに要塞化するのではないかと勘繰って、あれこれ詮索してくる可能性が高いですから」
「……つまり、根回しをしていた、ということですか?」
「そういうことです」
 吾川が頷き、和彦も一応納得したものの、内心では口にするのもはばかられる疑問を抱いていた。
 普通の工事に取り掛かるときでも、周辺の住人に粗品などを持って挨拶回りをすることがあるが、では、世間に悪名を轟かせる総和会の場合はどうなのか。地域社会に溶け込んでいると謳ってはいるが、総和会の人間が粗品を持って挨拶に回っている姿は、容易には想像がつかない。まるで、性質の悪い冗談のようだ。
 そんなことを考えながら、いつもの裏口を通ってエレベーターに乗り込んだところで、和彦は短く声を洩らす。ボタンを押そうとしていた吾川がわずかに首を傾げた。
「どうかされましたか?」
「あっ、いえ……」
 口ごもった和彦だが、思いきって吾川に切り出した。
「あの、先に二階に寄ってもいいですか? ……第一遊撃隊の詰め所にちょっと用がありまして」
 いい顔をされないのではないかと危惧したが、さすがと言うべきか吾川はなんでもないことのように頷き、二階のボタンを押した。
「わたしは先に四階に上がって、夕食の準備を整えておきます。長嶺会長にも伝えておきますので、お気になさらず」
 和彦が礼を言う間に、エレベーターは二階に到着する。一人エレベーターを降りた和彦は、扉が閉まるのを見届けてから、くるりと回れ右をする。
 相変わらず曜日に関係なく、総和会本部は粛々と動いていると実感させる光景が目の前に広がっていた。前回同様、和彦に気づいた男が、透明の仕切りの向こうから飛び出してこようとしたが、和彦は大げさに手を振って断る。
 集まる視線に居心地の悪さを感じながら、第一遊撃隊の詰め所に向かった。
 大層な用事というわけではなく、ただ、火曜日の龍造との食事会の件で、御堂に礼を言いたかったのだ。一応、御堂の携帯電話の留守電に簡単に礼の言葉は吹き込んでおいたが、守光から食事を共にしようと誘われてこうして本部を訪れたため、やはり直接会って言いたかった。
 賢吾の親しい人物に対して礼を欠きたくないというのは、理由の一つだ。そしてもう一つ、火曜日の夜、別れ際に見た龍造と御堂の姿が脳裏を離れず、ひとまず御堂の姿を見て安心したかった。
 自分が知る御堂と変わっていないと確かめたいというのは、我ながら不思議な心理だった。
 気になってしまうのは、御堂の姿に、将来の自分の姿がわずかでも重なるかもしれないと考えているからだ。男たちの庇護の下を離れたとき、どうやって自力で生きていくか、と。
 和彦がこんなことを考えていると知れば、長嶺の男たち――賢吾はどんな顔をするだろうかと、あえて想像はしなかった。それは、賢吾の側から離れたくないという気持ちの裏返しともいえる。
 賢吾の誕生日を二人きりで過ごして、これまで知らなかった面を見てから、よりその気持ちは強くなっていた。
 このとき、破廉恥な行為の記憶が蘇り、カッと顔が熱くなる。

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