血と束縛と

北川とも

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第40話

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 和彦は慌てて肉を掬い上げる。さきほどから龍造が、こちらのペースを一切無視して、次々に鍋に肉を入れてしまうため、いくら食べても追いつかない。すかさず御堂が龍造を窘めた。
「しゃぶしゃぶなんですから、佐伯くんのペースで食べさせてあげてください。しかも肉ばかり……。人のことはいいから、自分が食べることに集中したらどうです」
「……すっかり、佐伯先生の保護者だな。秋慈」
「彼に何かあったら、面倒なことになるのは、あなたですよ」
 大仰に肩を竦めた龍造が、すかさずまた猪口の酒を呷る。
「玲の奴が、こんな〈大物〉と知り合うのは予想外だった。せいぜいお前の伝手で、長嶺組の幹部でも紹介してもらえたらラッキーだと思っていたんだがなあ」
「結果としては上出来だったでしょう。北辰会の〈大物〉幹部のあなたとしては」
 龍造が苦々しげに唇を歪めた理由は、やはり、御堂の言葉を皮肉として受け止めたからだろう。
 この二人の会話は傍らで聞いていて心臓に悪いと、密かに和彦は嘆息する。だからといって玲の話題が出て知らない顔もできず、おずおずと会話に割って入った。
「……玲くんは、元気にしていますか?」
 この問いかけに対して、龍造は満面の笑みを見せた。
「おう、元気も元気。秋の連休にこっちに来てから、高校を卒業した後の自分の生活が具体的に見えてきたんだろうな。受験勉強も、必死にやっているようだ。それに、部活を引退してから走るのもやめていたくせに、気分転換になるといって、夜、一人でまた走り始めた」
「そう、ですか……」
「身が燃えて仕方ないんだろう」
 さりげない言葉とともに、男の色気を含んだ眼差しを龍造から向けられる。瞬く間に和彦の頬は熱くなった。動揺のため微かに震える手で、なんとかグラスを取り上げると、冷たいお茶を喉に流し込んだ。
「俺の前ではなんとか取り繕っている……つもりなんだろうが、やっぱりまだガキだ。のぼせ上がったまま突っ走っているという感じだなあ」
「……すみません」
 思わず和彦が謝罪すると、隣で御堂が短く噴き出す。あまりの居たたまれなさに、このまま消えてしまいたい心境だ。ただ、これが自分に与えられる罰だというなら、まだ甘い状況なのだろう。
 龍造は御堂を見遣ると、今夜は機嫌がいいなとぼそりと呟いてから、話を続ける。
「勉強もスポーツもできて、それなりにいい結果を出せる奴なんだが、大した努力をせずにそれができるからこそ、ガキの頃から冷めているというか、達観しているところがあったんだ。そのうえ俺の仕事のせいで、学校内で築く人間関係も微妙だ。だからといって捻くれるでも、荒れるでもなく、親の俺が言うのもなんだが、自慢できる息子に育ってくれた」
「ぼくが言うのもおこがましいですけど、いい父子関係だと感じました。……羨ましいというか」
「父親との関係で苦労しているという口ぶりだな、佐伯先生」
 曖昧な返事をした和彦は気を取り直すと、掘りゴタツから足を出し、畳の上で正座をする。
 高校生の玲とのことで、やはり何もなかったことにはできないし、龍造の前で知らぬ顔もできなかった。ほんの三日間のつき合いの中で起こった気の迷いだとしても、玲は、春になったら和彦の前に現れると言ってくれた。あのとき向けられた想いに、今はこんな形でしか報いることはできない。
 この場に同席しているのが、事情を理解している御堂だけというのは、幸運ともいえた。
「……あの、玲くんのことでお話があります」
 苦笑を浮かべた龍造が軽く手を振る。
「あんたが何を言おうとしているのか、だいたい予想はつく。いいから、もっと肉を食ってくれ」
「しかし――」
「謝罪したいというなら、さっきあんたから、『すみません』という言葉は聞いた。そもそも、申し訳ないと思う必要はない」
 それでも言い募ろうとする和彦の肩に優しく触れる感触があった。ハッとして隣を見ると、御堂の怜悧な眼差しとぶつかった。
「君を連れて来たら、こうなることは薄々わかっていたんだけどね。いい機会だから、君の抱えた罪悪感を消したいと考えたんだ」
「それは、どういう意味、ですか……?」
「本人の口から聞いたほうがいい。ほら、正座なんてしなくていいから」
 促されるまま和彦は、掘りゴタツに座り直す。それを待ってから、龍造が口を開いた。
「――とっくに聞いているかもしれないが、俺は昔、高校生だった秋慈に手を出した。お上品なあんたが聞いたら眉をひそめるようなえげつないこともしたが、俺はこいつに一度だって謝ったことはない。因果応報……、というと、しでかした悪さの報いを受けたことになるが、まあ、悪さをしたなんて思ったこともない」

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