血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
1,007 / 1,268
第40話

(19)

しおりを挟む
 和彦は慌てて肉を掬い上げる。さきほどから龍造が、こちらのペースを一切無視して、次々に鍋に肉を入れてしまうため、いくら食べても追いつかない。すかさず御堂が龍造を窘めた。
「しゃぶしゃぶなんですから、佐伯くんのペースで食べさせてあげてください。しかも肉ばかり……。人のことはいいから、自分が食べることに集中したらどうです」
「……すっかり、佐伯先生の保護者だな。秋慈」
「彼に何かあったら、面倒なことになるのは、あなたですよ」
 大仰に肩を竦めた龍造が、すかさずまた猪口の酒を呷る。
「玲の奴が、こんな〈大物〉と知り合うのは予想外だった。せいぜいお前の伝手で、長嶺組の幹部でも紹介してもらえたらラッキーだと思っていたんだがなあ」
「結果としては上出来だったでしょう。北辰会の〈大物〉幹部のあなたとしては」
 龍造が苦々しげに唇を歪めた理由は、やはり、御堂の言葉を皮肉として受け止めたからだろう。
 この二人の会話は傍らで聞いていて心臓に悪いと、密かに和彦は嘆息する。だからといって玲の話題が出て知らない顔もできず、おずおずと会話に割って入った。
「……玲くんは、元気にしていますか?」
 この問いかけに対して、龍造は満面の笑みを見せた。
「おう、元気も元気。秋の連休にこっちに来てから、高校を卒業した後の自分の生活が具体的に見えてきたんだろうな。受験勉強も、必死にやっているようだ。それに、部活を引退してから走るのもやめていたくせに、気分転換になるといって、夜、一人でまた走り始めた」
「そう、ですか……」
「身が燃えて仕方ないんだろう」
 さりげない言葉とともに、男の色気を含んだ眼差しを龍造から向けられる。瞬く間に和彦の頬は熱くなった。動揺のため微かに震える手で、なんとかグラスを取り上げると、冷たいお茶を喉に流し込んだ。
「俺の前ではなんとか取り繕っている……つもりなんだろうが、やっぱりまだガキだ。のぼせ上がったまま突っ走っているという感じだなあ」
「……すみません」
 思わず和彦が謝罪すると、隣で御堂が短く噴き出す。あまりの居たたまれなさに、このまま消えてしまいたい心境だ。ただ、これが自分に与えられる罰だというなら、まだ甘い状況なのだろう。
 龍造は御堂を見遣ると、今夜は機嫌がいいなとぼそりと呟いてから、話を続ける。
「勉強もスポーツもできて、それなりにいい結果を出せる奴なんだが、大した努力をせずにそれができるからこそ、ガキの頃から冷めているというか、達観しているところがあったんだ。そのうえ俺の仕事のせいで、学校内で築く人間関係も微妙だ。だからといって捻くれるでも、荒れるでもなく、親の俺が言うのもなんだが、自慢できる息子に育ってくれた」
「ぼくが言うのもおこがましいですけど、いい父子関係だと感じました。……羨ましいというか」
「父親との関係で苦労しているという口ぶりだな、佐伯先生」
 曖昧な返事をした和彦は気を取り直すと、掘りゴタツから足を出し、畳の上で正座をする。
 高校生の玲とのことで、やはり何もなかったことにはできないし、龍造の前で知らぬ顔もできなかった。ほんの三日間のつき合いの中で起こった気の迷いだとしても、玲は、春になったら和彦の前に現れると言ってくれた。あのとき向けられた想いに、今はこんな形でしか報いることはできない。
 この場に同席しているのが、事情を理解している御堂だけというのは、幸運ともいえた。
「……あの、玲くんのことでお話があります」
 苦笑を浮かべた龍造が軽く手を振る。
「あんたが何を言おうとしているのか、だいたい予想はつく。いいから、もっと肉を食ってくれ」
「しかし――」
「謝罪したいというなら、さっきあんたから、『すみません』という言葉は聞いた。そもそも、申し訳ないと思う必要はない」
 それでも言い募ろうとする和彦の肩に優しく触れる感触があった。ハッとして隣を見ると、御堂の怜悧な眼差しとぶつかった。
「君を連れて来たら、こうなることは薄々わかっていたんだけどね。いい機会だから、君の抱えた罪悪感を消したいと考えたんだ」
「それは、どういう意味、ですか……?」
「本人の口から聞いたほうがいい。ほら、正座なんてしなくていいから」
 促されるまま和彦は、掘りゴタツに座り直す。それを待ってから、龍造が口を開いた。
「――とっくに聞いているかもしれないが、俺は昔、高校生だった秋慈に手を出した。お上品なあんたが聞いたら眉をひそめるようなえげつないこともしたが、俺はこいつに一度だって謝ったことはない。因果応報……、というと、しでかした悪さの報いを受けたことになるが、まあ、悪さをしたなんて思ったこともない」

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

朝起きたら幼なじみと番になってた。

オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。 隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた 思いつきの書き殴り オメガバースの設定をお借りしてます

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

処理中です...