血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
1,006 / 1,268
第40話

(18)

しおりを挟む
 さっそく出た玲の名に、和彦の心臓の鼓動は大きく跳ねる。意識するまいと思っても、顔が強張りそうになる。ゆっくりと息を吐き出して気を静めながら、さりげなく龍造の様子をうかがう。
 初めて会ったときにも思ったが、やはり龍造はオシャレだった。ジャケットは脱いでいるものの、ライトブルーのスリーピースで、今晩の集まりが気取らないものであるという表れかノーネクタイだ。やはり髪は後ろで一つに束ねられ、寒い季節だというのに艶々とした肌は日焼けしている。
 朗らかさを感じさせながらも、老獪なワンマン経営者を思わせる風体なのは、本人も計算してのことなのかもしれない。両目に宿る鋭さと力強さは、堅気が持つにしては物騒すぎる。それを誤魔化すための外見のアクの強さだと考えれば、しっくりくるのだ。
 掘りゴタツとなっているテーブルに御堂と並んで腰掛けると、正面の席に座った龍造が上機嫌といった面持ちで、しかし油断ならない無遠慮な視線を向けてくる。
「けっこうな贅沢だ。特別なオンナを目の前に二人も並べて、メシが食えるなんて」
 ドキリとするような龍造の発言に対して、表情を変えることなく御堂が応じる。
「わたしは、〈もう〉違いますよ。何より、デリカシーに欠ける発言はやめてくださいね。笑って受け流せるわたしと違って、佐伯くんはそうではないので。今晩は楽しく食事をするのが目的でしょう?」
「……すっかり怖くなったねー、お前は」
「そうですよ。あなたが知っている頃のわたしとは、違うんです」
「そうだったかな――」
 意味ありげな視線を龍造が投げかけ、御堂は無表情で受け止める。そんな二人を控えめに眺めながら、和彦はもうすでに居心地の悪い思いを味わっていた。
 龍造と御堂が体を重ねている光景を目にしたのは、遠い過去のことではない。そのとき和彦の隣にいたのは、よりによって龍造の息子である玲だった。おそらく、伊勢崎父子は〈オンナ〉という存在に魅入られている。いや、執着していると言ってもいいかもしれない。玲は、龍造に影響を受けたのだ。
 親しげではあるが、腹の探り合いのようなものも透けて見える二人のやり取りに、どんな顔をすればいいのだろうと和彦が困惑していると、仲居たちが鍋などを抱えて部屋に入ってきた。
 大きな皿に美しく盛られた牛肉を目にして、ようやく和彦は空腹を自覚する。わずかながら緊張が解れてきたのかもしれない。一方の御堂は、呆れたように呟いた。
「あなたは昔から肉が好きでしたね。そういえば」
「俺はともかく、二人に肉を食わせたくてな。特に、秋慈には。もっと太れよ。あまり痩せていると、また弱って倒れるんじゃないかと、周囲の人間がヒヤヒヤする」
 御堂は苦々しい顔となったが、反論はしなかった。
 しゃぶしゃぶ用の鍋が準備され、牛肉のブランドなどを仰々しく説明されるが、和彦はほとんど聞いていなかった。どうしても、龍造と御堂のやり取りに意識が向いてしまうのだ。
 仲居たちが出ていくと、龍造が景気づけとばかりに手を打つ。
「さあ、たくさん食ってくれ。どんどん追加で肉を運ばせるから、遠慮はいらない」
 龍造の勢いに圧される形で、和彦は見事なサシの入った牛肉をダシにくぐらせる。一度箸をつけると、遠慮はなくなった。和彦の様子に目を細めた龍造が、御堂に向けて軽くあごをしゃくる。
「秋慈、お前も食えよ」
 軽くため息をついて、御堂も箸を伸ばした。
 食事会の主催者である龍造は、人に肉を勧めるわりに、自身はもっぱら飲むほうを楽しんでいるようだった。手酌で、驚くほど速いペースで日本酒を流し込んでいく。このペースに巻き込まれては堪らないと、和彦は明日も仕事があることを理由に、飲み物はお茶だけにしてもらった。
 御堂も同じ理由を口にしたが、途端に龍造は気遣わしげな表情となった。
「――……俺より若いのに、お前のほうが先に、養生することになるとはなあ」
「ストレスに対する耐性の違いでしょうね。図太いというか、無神経な人たちが羨ましいですよ」
「俺以外にいるのか? そんなタフな奴が」
 ずいっとテーブルに身を乗り出した龍造に対して、ふふ、と御堂が笑う。横で見ていた和彦は、御堂のその表情に寒気に近いものを感じていた。秀麗な横顔に漂ったのは強い者に対する媚びではなく、柔らかな拒絶だった。龍造が入れた探りへの、それが御堂の返事なのだ。
 龍造の両目に険が宿るが、ほんの一瞬だ。静かに息を呑む和彦に気づき、ニッと笑って鍋を指さす。
「佐伯先生、早く食わないと、せっかくのいい肉が硬くなる」
「あっ、はいっ……」

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...