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第40話
(12)
しおりを挟む昼過ぎに自宅マンションに戻った和彦は、抱え持った袋をダイニングのテーブルに置き、ほうっ、と息を吐く。
昨日は、賢吾の誕生日を祝うはずが、その賢吾に靴を買ってもらい、さらには家具店で見かけたルームランプを、和彦の意見も聞かずに注文してしまった。明日には組員の手によって、寝室に運び込まれているだろう。
自分の誕生日ではないかと錯覚しそうなほど至れり尽くせりだったが、和彦だけでなく賢吾も楽しんでいるように見え、抗議など野暮なことができるはずもなかった。そう、とにかく楽しかったのだ。
もらうばかりでは申し訳ないと、和彦もささやかながら何か買ってプレゼントしたいと提案したものの、賢吾が首を横に振り続けた。
デートができただけで十分だと殊勝なことを口にしていたが、そのときすでに賢吾の中に企みはあったのかもしれない。
結果として和彦は、賢吾にきちんと誕生日プレゼントを渡せた――というより、奪われた。
「……バカじゃないか、いい歳した男の〈初めて〉なんて」
そう呟いた和彦だが、口調には苦々しさだけではなく、恥じらいも含まれている。昨夜、自分がさんざん乱れた挙げ句に、どんな失態を演じたか、よく覚えているが故だ。
賢吾からは、失態ではなく痴態だと、ニヤニヤしながら言われ、何も言い返せなかった。悔しいことに。
和彦はダッフルコートを脱ぐと、少しの間ぼんやりとその場に立ち尽くしていたが、ふと我に返る。体の内側がまだ熱を発しており、急に喉の渇きを覚えた。
ふらふらとキッチンに入り、冷蔵庫を開ける。気の利く組員によって、冷蔵庫には和彦が持て余さない程度の食料が補充されており、しっかりベーコンもあった。賢吾が余計なことを言ったのではないかと勘繰りながら、オレンジジュースの紙パックを取り出す。
グラスに注いだオレンジジュースを一気に飲み干し、なんとか人心地ついた和彦は着替えを済ませる。少し横になろうとベッドに潜り込みかけて、あることを思い出した。
放置もできず、またふらふらと、今度は書斎へと向かう。賢吾と出かけている間は必要ないからと、携帯電話を置いていったのだ。
確認をしてみると、里見との連絡に使っている携帯電話に着信はなく、正直ほっとしたのだが、日常的に使っているほうの携帯電話には、ある人物からの着信が残っていた。
何かあったのだろうかと、いくぶん緊張しながら折り返し電話をかけてみる。
『――賢吾に振り回されたようだね』
呼出し音が途切れ、こちらが口を開くより先にそんな言葉をかけられた。咄嗟に反応できなかった和彦だが、電話の相手である御堂が、だいたいの事情を把握しているのだと察した途端、変な声が出た。
「えっ、あっ……、まあ、それは……」
電話の向こうから、微かな笑い声が聞こえてくる。その後ろからは、男たちの話し声が。まずいタイミングで電話をかけてしまっただろうかと、和彦は急に不安になってきた。
「すみません。かけ直したほうがいいなら――」
『ああ、大丈夫だよ。うちの隊の者しかいないから、気をつかわなくて』
ここでわずかな間、沈黙が流れる。体に残る筋肉痛とともに和彦が思い出したのは、一昨日、ジムで中嶋に言われた言葉だった。
ほんの一瞬だけ、南郷のことを相談してみようかと考えたが、賢吾にすらまだ打ち明けていないことだ。順序が違うし、賢吾の面子を潰す行為だと考え直した。
「……御堂さんは当然、知っていましたよね。賢吾さんの誕生日だということ」
『いや、知らなかった。腐れ縁とはいえ、互いの誕生日なんて把握してないよ。興味ないし』
御堂の口ぶりに、つい和彦は笑ってしまう。本当なのだろうかと勘繰るまでもない、素っ気なさだ。
『相談したいことがあって賢吾に連絡したら、自分から言い出したんだ。中年男の誕生日なんて何がめでたいのかと呆れていたが、昨日、君が携帯電話に出なかったから、なんとなく状況が予想できた。あの男が、君を振り回さないなんて、ありえないしね。どうやら、当たりだったみたいだ』
「振り回されたというか、あちこち連れて行ってもらいました。……まるで、ぼくの誕生日だったみたいで」
『賢吾にとってはいい口実だったんだろう。君を連れ出して気分転換するのは』
これ以上、賢吾のことを話していると、頭から追い払おうと努力している昨夜の痴態が蘇りそうだ。そんな和彦の空気が伝わったわけではないだろうが、御堂が砕けた口調を改め、こう切り出した。
『――突然で悪いけど、火曜日か水曜日に、君の時間をもらえないかな』
「えっ……、ぼくの、ですか?」
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