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第40話
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ウェイトを調節して、今度こそまじめにバーを上げ下ろししながら、ほんの三日前に小野寺が言っていたことがふっと脳裏に蘇る。中嶋は、和彦のために隊に呼ばれたと言っていた。額面通りに受け止めるなら、和彦と親しいからこそ、世話役として相応しいと判断されたのだろう。
組預かりという立場から、第二遊撃隊へと〈出世〉した中嶋の姿を、和彦は間近で見ている。本人が直接報告してくれたぐらいだ。中嶋は、そのあたりの事情を理解したうえで第二遊撃隊に入ったのか、気にならないわけではない。見た目はハンサムな普通の青年である中嶋だが、中身はけっこう計算高く、何より出世欲が強い。
和彦の機嫌取りのために自分が必要とされたことは、むしろ目論見通りだったのかもしれない。どんな事情であれ足がかりにして、さらに上を目指す逞しさと、頭のよさが中嶋にはある。和彦も、自分がある程度利用されるのは気にならない。
ただ、南郷という男を知るにつれ、その南郷の隊に中嶋がいるということが、どうしても気にかかる。自分のせいで、妙な立場に追い込まれなければいいがと願うのだ。
中嶋は、和彦をトラブルに巻き込んだと言ったが、それは和彦も同じで、お互い様といえる。
考え事をしながらもバーを動かす和彦とは対照的に、中嶋は集中力が途切れたのか、バーに手をかけたまま動かない。
「なんだ、ぼくより先にバテたのか?」
「……総和会の中で、長嶺会長の側近でもある南郷さんは、敵は多いですが、表立って意見できる人はそういないんですよ。ただこの頃は、少し様子が変わってきました。南郷さんが……というより、第二遊撃隊自体が牽制されるようになったんです」
「どういうことだ?」
「ここ数年、総和会の遊撃隊として実働できたのは、第二遊撃隊のみだったのに、対抗勢力が出てきたということです」
なんとも湾曲な表現をした中嶋だが、それでも和彦には十分伝わった。あっ、と声を洩らし、バーから手を離す。
「――第一遊撃隊のことか」
「そんなに困っているなら、そこの隊長である御堂さんに相談されたらどうです。先生、御堂さんとも親しいんですよね」
「親しいというか、よくしてもらっているというか……」
御堂の置かれている難しい状況や、御堂と南郷から漂う犬猿の仲めいた険悪さを知っているだけに、相談しようなどと思いもしなかった。
「御堂さんは今はまだ、隊の立て直しで忙しいだろうから、面倒事を持ち込むのは……。それに、ぼく個人が迷惑を被ったという話なのに、第一遊撃隊まで巻き込んで騒動になったら、申し訳が立たない」
中嶋としても軽い提案のつもりだったのか、ため息をついて頷く。
「まあ、先生ならそう言いますよね。わかってはいたんですけど――」
意味ありげに言葉を切られて、嫌でも和彦は気になる。問いかける視線を向けると、寸前まで親身になって相談に乗ってくれていた中嶋は、今は怜悧な表情でじっとこちらを見ていた。
「残念。先生の相談に託けて、御堂さんを紹介してもらおうと思ったのに」
「……紹介って、総本部では会わないのか?」
「見かけることはありますけど、声をかけるなんて、とても、とても。第二遊撃隊とは違って、第一遊撃隊はなんというかガードが堅いんです。当然、御堂さんも。俺ごときが、近づくことも許されません」
隊が違えばそういうものなのだと言われれば、和彦としては納得するしかない。御堂を紹介するのはやぶさかではないが、今はとにかく時期が悪かった。
あれもこれもと面倒な事案を抱えて手一杯の和彦には、他人のお節介を焼ける余裕はない。
ただ、何かと世話になっている中嶋に対して、素っ気なく断ることもできず――。
「ぼく自身、御堂さんと頻繁に会えるわけじゃないから、いつまでにと確約することはできないけど、折を見て、君のことは話しておくよ。総和会の中での、唯一のぼくの相談相手で、友人だって」
中嶋はちらりと笑みをこぼしたあと、軽い口調でこう言った。
「先生が、南郷さんから〈ちょっかい〉をかけられる理由が、よーくわかりますね」
和彦は目を瞬かせたあと、思わず天を仰ぎ見る。はっきりと指摘しなかったのは、中嶋の優しさなのだろう。
自分が押しに弱い八方美人であるということを、和彦自身、嫌になるほど痛感しているのだ。
組預かりという立場から、第二遊撃隊へと〈出世〉した中嶋の姿を、和彦は間近で見ている。本人が直接報告してくれたぐらいだ。中嶋は、そのあたりの事情を理解したうえで第二遊撃隊に入ったのか、気にならないわけではない。見た目はハンサムな普通の青年である中嶋だが、中身はけっこう計算高く、何より出世欲が強い。
和彦の機嫌取りのために自分が必要とされたことは、むしろ目論見通りだったのかもしれない。どんな事情であれ足がかりにして、さらに上を目指す逞しさと、頭のよさが中嶋にはある。和彦も、自分がある程度利用されるのは気にならない。
ただ、南郷という男を知るにつれ、その南郷の隊に中嶋がいるということが、どうしても気にかかる。自分のせいで、妙な立場に追い込まれなければいいがと願うのだ。
中嶋は、和彦をトラブルに巻き込んだと言ったが、それは和彦も同じで、お互い様といえる。
考え事をしながらもバーを動かす和彦とは対照的に、中嶋は集中力が途切れたのか、バーに手をかけたまま動かない。
「なんだ、ぼくより先にバテたのか?」
「……総和会の中で、長嶺会長の側近でもある南郷さんは、敵は多いですが、表立って意見できる人はそういないんですよ。ただこの頃は、少し様子が変わってきました。南郷さんが……というより、第二遊撃隊自体が牽制されるようになったんです」
「どういうことだ?」
「ここ数年、総和会の遊撃隊として実働できたのは、第二遊撃隊のみだったのに、対抗勢力が出てきたということです」
なんとも湾曲な表現をした中嶋だが、それでも和彦には十分伝わった。あっ、と声を洩らし、バーから手を離す。
「――第一遊撃隊のことか」
「そんなに困っているなら、そこの隊長である御堂さんに相談されたらどうです。先生、御堂さんとも親しいんですよね」
「親しいというか、よくしてもらっているというか……」
御堂の置かれている難しい状況や、御堂と南郷から漂う犬猿の仲めいた険悪さを知っているだけに、相談しようなどと思いもしなかった。
「御堂さんは今はまだ、隊の立て直しで忙しいだろうから、面倒事を持ち込むのは……。それに、ぼく個人が迷惑を被ったという話なのに、第一遊撃隊まで巻き込んで騒動になったら、申し訳が立たない」
中嶋としても軽い提案のつもりだったのか、ため息をついて頷く。
「まあ、先生ならそう言いますよね。わかってはいたんですけど――」
意味ありげに言葉を切られて、嫌でも和彦は気になる。問いかける視線を向けると、寸前まで親身になって相談に乗ってくれていた中嶋は、今は怜悧な表情でじっとこちらを見ていた。
「残念。先生の相談に託けて、御堂さんを紹介してもらおうと思ったのに」
「……紹介って、総本部では会わないのか?」
「見かけることはありますけど、声をかけるなんて、とても、とても。第二遊撃隊とは違って、第一遊撃隊はなんというかガードが堅いんです。当然、御堂さんも。俺ごときが、近づくことも許されません」
隊が違えばそういうものなのだと言われれば、和彦としては納得するしかない。御堂を紹介するのはやぶさかではないが、今はとにかく時期が悪かった。
あれもこれもと面倒な事案を抱えて手一杯の和彦には、他人のお節介を焼ける余裕はない。
ただ、何かと世話になっている中嶋に対して、素っ気なく断ることもできず――。
「ぼく自身、御堂さんと頻繁に会えるわけじゃないから、いつまでにと確約することはできないけど、折を見て、君のことは話しておくよ。総和会の中での、唯一のぼくの相談相手で、友人だって」
中嶋はちらりと笑みをこぼしたあと、軽い口調でこう言った。
「先生が、南郷さんから〈ちょっかい〉をかけられる理由が、よーくわかりますね」
和彦は目を瞬かせたあと、思わず天を仰ぎ見る。はっきりと指摘しなかったのは、中嶋の優しさなのだろう。
自分が押しに弱い八方美人であるということを、和彦自身、嫌になるほど痛感しているのだ。
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