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第39話
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底知れない和彦の貪欲さと浅ましさも、すべて承知で三田村は受け止めてくれる。その証拠に、一度腕を解かれて体を離したあと、正面から向き合ってきつく抱き締めてくれた。
「――……そのつもりはなかったのに、あんたにベタベタに甘えたくなった」
訴える和彦の声は、意識せずとも媚びを含んだものとなる。
「存分に甘えてくれ。そのために俺はいる」
掠れた囁きに鼓膜を震わされ、背筋にゾクリと疼きが駆け抜けた。和彦は恥知らずな言葉で応じようとしたが、それより先に腹が鳴る。一拍置いてから三田村が低く笑い声を洩らし、ゆっくりと抱擁を解いた。
「甘えるにしても、甘やかすにしても、とにかく腹を満たすのが先だな。先生」
異存はなく、和彦は顔を熱くしながら頷いた。
夕食後、キッチンに立った和彦は、三田村が洗った食器を拭きながら、改めて今日の出来事を詳細に語る。できるだけ深刻な口調にならないようにと気をつけていたつもりだが、次第に三田村の横顔は険しさが増していく。食事中は和らいでいたというのに、これでは台なしだ。
「三田村、あまり怖い顔をしないでくれ。自分の迂闊さに、今になって落ち込みそうになる」
ハッとしたようにこちらを見た三田村が、淡く笑む。
「先生は何も悪くないだろう。悪いのは――」
最後の言葉を三田村は呑み込んだが、和彦は察することができた。
「ところで先生、今日接触してきた小野寺とは、これまでにも会ったことがあるのか?」
「……会ったというか、少し前に紹介されてはいたんだ。新しく隊に入ったと言って。もう一人、小野寺くんと同時期ぐらいに隊に入った子も一緒に。その子が、やっぱりぼく絡みでちょっとした騒動を起こしたことがあって……」
「そっちの奴は直接知っている。加藤だろう。以前は、第二遊撃隊が雑用を任せているチームにいた。そこに小野寺もいたが、お互いの相性は悪かったそうだ。……まったくタイプが違うと加藤自身も話していたぐらいだから、なんとなく、小野寺がどんな奴なのか想像はできるな」
加藤と小野寺を紹介されたとき、チームについても南郷から説明を受けて知っている。和彦にとって意外だったのは、三田村と加藤の繋がりだ。
目を丸くすると、三田村はもったいぶることなく、加藤と知り合った経緯を話してくれた。中嶋が連れていた加藤を紹介されたことをきっかけに、ときどき二人で会っては、食事や酒を奢っているのだという。和彦は、自分の周囲の人間関係を何もかも把握しておきたいと傲慢な主張をするつもりはなく、ただ純粋に驚いた。
感情を表に出さず、口数も多くない三田村と加藤が、一体どんな顔で飲み食いしながら会話をしていたのだろうか――。
想像して和彦は、ふふっ、と声を洩らして笑っていた。
「若頭補佐は面倒見がいいな。自分がいる組の若い子たちだけじゃなく、他の組織の、それこそ言葉は悪いけど、下っ端になったばかりのような子まで目をかけているなんて」
「俺が面倒を見るのは、打算があるからだ。中嶋が紹介してくれたということは、それなりに使えて信頼がおける奴だと判断してのことだろう。だから俺も、その信頼に乗ることにした。些細なことでも、第二遊撃隊の情報は欲しい」
「でも、あんた自身の感覚でも、見どころがあると思っているんだろ。加藤くんのことは」
最後に洗い終わったグラスを受け取って水滴を拭き取る。三田村は思案げな様子でタオルで手を拭っていたが、ふっと息を吐いた。
「――……どことなく、ガキの頃の俺に似ていると感じたからかもしれない。……愛想笑いの一つもできないところとか、冷めているようで頭に血が上りやすそうなところとか」
「愛想笑いができないのは、今のあんたを見てもなんとなく想像ができるけど、頭に血が、っていうのは……、若い頃はそうだったのか?」
「今でも上りやすいだろう、俺は。……いや、逆上せやすいと言ったほうがいいのか」
意味ありげに三田村から横目で一瞥され、和彦の鼓動は大きく跳ねる。自惚れかもしれないが、三田村が言外に込めた意味がわかったような気がした。
ただでさえ近かった三田村との距離をさらに詰めると、腕が触れ合う。和彦が視線を上げると、優しいだけではない、狂おしいほどの熱情を湛えた三田村の眼差しとぶつかり、そのまま目が離せなくなった。
二人は自然な流れで顔を近づけ、そっと唇を重ねる。たったそれだけで和彦は、眩暈がするような心地よさに襲われた。
激しい情欲の高まりを感じながらも、もどかしさを楽しむように、唇を触れ合わせるだけの口づけを何度も交わす。その間にも三田村の両腕が体に回され、逞しい胸元に抱き寄せられる。もう、二人きりの空間と時間を堪能できるのだと、やっと実感できた。
「――……そのつもりはなかったのに、あんたにベタベタに甘えたくなった」
訴える和彦の声は、意識せずとも媚びを含んだものとなる。
「存分に甘えてくれ。そのために俺はいる」
掠れた囁きに鼓膜を震わされ、背筋にゾクリと疼きが駆け抜けた。和彦は恥知らずな言葉で応じようとしたが、それより先に腹が鳴る。一拍置いてから三田村が低く笑い声を洩らし、ゆっくりと抱擁を解いた。
「甘えるにしても、甘やかすにしても、とにかく腹を満たすのが先だな。先生」
異存はなく、和彦は顔を熱くしながら頷いた。
夕食後、キッチンに立った和彦は、三田村が洗った食器を拭きながら、改めて今日の出来事を詳細に語る。できるだけ深刻な口調にならないようにと気をつけていたつもりだが、次第に三田村の横顔は険しさが増していく。食事中は和らいでいたというのに、これでは台なしだ。
「三田村、あまり怖い顔をしないでくれ。自分の迂闊さに、今になって落ち込みそうになる」
ハッとしたようにこちらを見た三田村が、淡く笑む。
「先生は何も悪くないだろう。悪いのは――」
最後の言葉を三田村は呑み込んだが、和彦は察することができた。
「ところで先生、今日接触してきた小野寺とは、これまでにも会ったことがあるのか?」
「……会ったというか、少し前に紹介されてはいたんだ。新しく隊に入ったと言って。もう一人、小野寺くんと同時期ぐらいに隊に入った子も一緒に。その子が、やっぱりぼく絡みでちょっとした騒動を起こしたことがあって……」
「そっちの奴は直接知っている。加藤だろう。以前は、第二遊撃隊が雑用を任せているチームにいた。そこに小野寺もいたが、お互いの相性は悪かったそうだ。……まったくタイプが違うと加藤自身も話していたぐらいだから、なんとなく、小野寺がどんな奴なのか想像はできるな」
加藤と小野寺を紹介されたとき、チームについても南郷から説明を受けて知っている。和彦にとって意外だったのは、三田村と加藤の繋がりだ。
目を丸くすると、三田村はもったいぶることなく、加藤と知り合った経緯を話してくれた。中嶋が連れていた加藤を紹介されたことをきっかけに、ときどき二人で会っては、食事や酒を奢っているのだという。和彦は、自分の周囲の人間関係を何もかも把握しておきたいと傲慢な主張をするつもりはなく、ただ純粋に驚いた。
感情を表に出さず、口数も多くない三田村と加藤が、一体どんな顔で飲み食いしながら会話をしていたのだろうか――。
想像して和彦は、ふふっ、と声を洩らして笑っていた。
「若頭補佐は面倒見がいいな。自分がいる組の若い子たちだけじゃなく、他の組織の、それこそ言葉は悪いけど、下っ端になったばかりのような子まで目をかけているなんて」
「俺が面倒を見るのは、打算があるからだ。中嶋が紹介してくれたということは、それなりに使えて信頼がおける奴だと判断してのことだろう。だから俺も、その信頼に乗ることにした。些細なことでも、第二遊撃隊の情報は欲しい」
「でも、あんた自身の感覚でも、見どころがあると思っているんだろ。加藤くんのことは」
最後に洗い終わったグラスを受け取って水滴を拭き取る。三田村は思案げな様子でタオルで手を拭っていたが、ふっと息を吐いた。
「――……どことなく、ガキの頃の俺に似ていると感じたからかもしれない。……愛想笑いの一つもできないところとか、冷めているようで頭に血が上りやすそうなところとか」
「愛想笑いができないのは、今のあんたを見てもなんとなく想像ができるけど、頭に血が、っていうのは……、若い頃はそうだったのか?」
「今でも上りやすいだろう、俺は。……いや、逆上せやすいと言ったほうがいいのか」
意味ありげに三田村から横目で一瞥され、和彦の鼓動は大きく跳ねる。自惚れかもしれないが、三田村が言外に込めた意味がわかったような気がした。
ただでさえ近かった三田村との距離をさらに詰めると、腕が触れ合う。和彦が視線を上げると、優しいだけではない、狂おしいほどの熱情を湛えた三田村の眼差しとぶつかり、そのまま目が離せなくなった。
二人は自然な流れで顔を近づけ、そっと唇を重ねる。たったそれだけで和彦は、眩暈がするような心地よさに襲われた。
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