血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
982 / 1,268
第39話

(33)

しおりを挟む
 和彦は大きくため息をつくと、小野寺をテーブルから追い払うのは諦める。南郷の指示なのだろうが、あえてクリニックの近くで接触してくるやり方に腹は立つが、寄越されたのが小野寺で、助かったとも思った。見た目だけなら、小野寺は無害そのものだ。あくまで見た目だけ。
「あの人たちに、俺と佐伯先生の関係って、どんなふうに見えているでしょうね」
「……さあ」
「まさか総和会の人間同士だとは、思いもしないだろうな……」
 思わずきつい眼差しを向けると、小野寺は皮肉っぽく唇の端を動かした。
「今の佐伯先生の反応、もしかして、自分は総和会の人間ではないと思っているということですか?」
「君に言う必要はないだろう。……無遠慮で無神経なのは、南郷さん譲りなのか。第二遊撃隊の人間をそんなに知っているわけじゃないが、少なくとも中嶋くんや加藤くんとは、話をしていて不愉快になったことはない」
「加藤はよくわかりませんが、中嶋さんは――特別ですよ。あの人は、佐伯先生のために隊に呼ばれたような人ですから」
 一瞬、小野寺の表情を過ったのは、嘲りの感情だった。第二遊撃隊の中の人間関係に興味がないわけではないが、それでなくても今は、自分のことでいっぱいだ。度を過ぎた好奇心は、今の和彦には単なる毒にしかならない。
「君の言葉が本当なら、中嶋くんのことだけは、南郷さんに感謝しないといけないな。それ以外では――」
 続きを聞きたそうな素振りを見せた小野寺を無視して、和彦は食事を続ける。大人げないと自覚するほど邪険な態度を取っているつもりだが、小野寺は痛痒を感ぜずといったところか、こんなことを言い出した。
「中嶋さんだけじゃなく、俺にも慣れてください。南郷さんはどうやら、そのうち俺と加藤を――もしかするとどちらかを、佐伯先生の専属の護衛としてつけたいみたいなので」
「この間、確かにそんなことを言っていたな。……ぼくの意見も聞かずに」
 胃の辺りが一気に重くなるのを感じて、和彦は顔をしかめる。意見を求められない自分の立場を甘受してはいるのだが、南郷から一方的に押し付けられるとなると、話は別だ。強い反発心が芽生えるが、目の前の小野寺にぶつけるわけにもいかない。
 和彦はグラスの水を一口飲んでから、早口に告げた。
「どんな理由があるにしても、職場の周りをうろつかれると迷惑だ。南郷さんにも伝えておいてくれ」
「俺が、ですか?」
「他に誰がいる」
「俺を佐伯先生のお世話係として認めてくれるなら、引き受けます」
「……だったらぼくが、南郷さんに直接電話をして言う。大変、無礼な態度を取られたから、二度と小野寺くんをぼくに近づけないでくれと」
 小野寺は返事をしなかったが、和彦はあえて無視して、エビフライを黙々と食べる。言おうと思えば自分だって、相手の嫌な部分を攻撃することだってできるのだ、と心の中で呟きながら。
 多少なりと己の自惚れと傲慢さを噛み締めることができたのか、ランチを食べ終えて和彦がさりげなくうかがうと、小野寺は神妙な顔となっていた。小野寺の分のランチも運ばれているが、まったく手をつけていない。
 ここで罪悪感が疼いてしまうのが、自分のダメなところだろうと、和彦は思わず洩れそうになったため息を誤魔化すように、紙ナプキンで口元を拭う。
「――……さっきのは冗談だ。ぼくのことで他人が叱られるなんて、気持ちがよくない。できることなら、南郷さんに連絡も取りたくないし」
「でも、加藤の件では、連絡したんですよね?」
 顔つきは神妙なまま、小野寺は挑むような眼差しを向けてくる。和彦の頭に浮かんだのは、対抗心という言葉だった。加藤とは同年代で、同時期に第二遊撃隊に入ったらしいので、小野寺としてはどうしても張り合ってしまうのだろう。
「あのときは切羽詰まっていたからだ。……だいたい南郷さんには、君らを紹介されたとき、ぼくの生活には立ち入らないよう言っておいたんだ。それが、次から次に……」
 和彦は控えめな抗議を口にしながら外の通りへと視線を向ける。そこで、こちらをうかがっている人影に気づいて目を瞬かせる。誰かと思えば、和彦の護衛をしている長嶺組の組員だ。ファミリーレストランで昼食をとる和彦の姿を確認しようとして、いつもとは様子が違うと感じ取ったようだ。
 普通のビジネスマンらしい装いをしている男が、鋭い空気を放ちながら、物言いたげな表情を浮かべている。何かあれば、即座に店内に飛び込んでくるつもりだと察し、慌てて和彦は席を立つ。訝しむように小野寺が見上げてきた。
「佐伯先生?」
「もう行く。君はゆっくり食べていろ」
 一瞬ためらいはしたものの、洋菓子店の紙袋を持ってテーブルを離れる。

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...