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第39話
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格好だけなら小野寺は、華のある甘い顔立ちもあって、苦労知らずの大学生に見えた。それが実は、世に悪名を轟かせる組織の中で、どんな仕事でもこなす隊に所属しているのだから、人の見た目は本当にあてにならない。
もっとも和彦の周囲には、そんな男がけっこういる。例えば――。
「中嶋くんは?」
唐突な和彦の問いかけに、動じた様子もなく小野寺は首を横に振る。
「俺だけです」
「……加藤くんの件を知らないのか」
和彦は露骨に不機嫌な表情を浮かべたが、それでも小野寺は動じない。
「それは、あいつがドジを踏んだから大事になったんです。俺は正式に、隊から……というより、南郷さんからの使いで来ました」
南郷と聞いて、和彦の口元はピクリと引き攣る。小野寺を睨め上げたが、その反応をどう受け止めたのか、和彦の承諾も得ないで向かいの席についた。
「おい――」
和彦は抗議しようとしたが、すかさず差し出された紙袋に気を取られる。紙袋に印刷された上品なデザインには見覚えがあった。いつだったか患者が差し入れとして持ってきた、有名な洋菓子店のものだ。
どういうつもりかと理由を問おうとして、今度は頼んでいたランチが運ばれてくる。小野寺は居座るつもりらしく、ちゃっかりメニュー表を開いている。
声を荒らげるのも大人げなくて、呆れて小野寺を見ていた和彦だが、すぐに目を丸くする。
ここまで、不貞腐れているのかと思うほど無表情だった小野寺が、ウェイトレスの女の子に思いのほか優しい笑顔を見せ、柔らかな声音で注文をしている。この場面だけ切り取れば、目の前にいるのは完璧な好青年だ。
ただ、それなりに人を見る目を養ってきたと自負している和彦が感じたのは、女の扱いに慣れているなということだった。
ウェイトレスが立ち去ると、小野寺は無表情に戻る。意地悪や皮肉のつもりはなかったが、和彦は率直にこう口にしていた。
「ぼくには愛想がないんだな」
さすがに虚をつかれたのか、小野寺は目を丸くする。その反応に、ささやかな満足感を覚えた和彦は、軽い口調で続けた。
「そういえば、加藤くんも愛想がなかった」
「……あいつと比べられるのは心外です」
「だが、彼のほうが可愛げがあった」
忌々しげに一瞬だけ、小野寺は唇を歪めた。その様子に和彦は、なるほど、と心の中で呟く。もともと感情表現は素直な性質なのだろう。それが、一人前の極道のように感情を押し殺せていたのは、おそらく近くに南郷がいたからだ。有能な隊員を印象づけたかったのか、単に南郷が恐ろしかっただけなのか。
自分相手だと気安いというのもあるんだろうなと、和彦はひっそりと苦笑を洩らす。そもそも年若い青年が、和彦のような立場にある男に好印象を抱く可能性は低い。それが普通なのだ。
「――……それで、この袋はなんなんだ」
和彦は、テーブルの上に置かれたままの袋に手をかける。
「南郷さんに頼まれました。佐伯先生に失礼なことをしたので、お詫びの品として受け取ってほしいと」
「その……、失礼なことについては、何か聞いているのか?」
「粗相をして、佐伯先生の大事なものを汚してしまったとだけ」
和彦にだけ通じる言い方をしているのが、なんともいやらしい。南郷の野蛮な笑みがまた脳裏を掠め、そっと眉をひそめる。和彦のわずかな変化に気づいたらしく、小野寺は無遠慮な眼差しを向けてきた。
「どうかしましたか、佐伯先生?」
「別に。南郷さんがどう感じたかは知らないけど、ぼくは気にしてないから、お詫びの品なんて受け取るつもりはない」
「そう言われるだろうから、これはクリニックの皆さんで食べてほしいとも、言付かりました」
小野寺が袋を傾け、中を見せてくれる。きれいに包装された箱が入っていた。
「適当にお菓子を詰め合わせてもらいました。とりあえず受け取ってください。あとは、捨てるなりご自由に。俺としては、南郷さんにきちんと報告できればそれでいいので」
物言いに可愛げと素直さがないなと思いながら、仕方なく受け取る。お菓子に罪はないので、スタッフたちで分けてもらうしかないだろう。
紙袋を傍らに置いて、ようやく箸を手にした和彦は、ちらりと小野寺を一瞥して告げた。
「用が済んだら、別のテーブルに移動してくれないか。職場の近くなんだ。一緒にいるところを見られたくない」
「――もう遅いと思いますよ」
小野寺が軽く指さしたほうを見ると、少し離れたテーブルに、クリニックのスタッフ二人がついていた。和彦と目が合うなり笑って手を振ってきた。小野寺と話し込んでいる間に入店したようだ。
もっとも和彦の周囲には、そんな男がけっこういる。例えば――。
「中嶋くんは?」
唐突な和彦の問いかけに、動じた様子もなく小野寺は首を横に振る。
「俺だけです」
「……加藤くんの件を知らないのか」
和彦は露骨に不機嫌な表情を浮かべたが、それでも小野寺は動じない。
「それは、あいつがドジを踏んだから大事になったんです。俺は正式に、隊から……というより、南郷さんからの使いで来ました」
南郷と聞いて、和彦の口元はピクリと引き攣る。小野寺を睨め上げたが、その反応をどう受け止めたのか、和彦の承諾も得ないで向かいの席についた。
「おい――」
和彦は抗議しようとしたが、すかさず差し出された紙袋に気を取られる。紙袋に印刷された上品なデザインには見覚えがあった。いつだったか患者が差し入れとして持ってきた、有名な洋菓子店のものだ。
どういうつもりかと理由を問おうとして、今度は頼んでいたランチが運ばれてくる。小野寺は居座るつもりらしく、ちゃっかりメニュー表を開いている。
声を荒らげるのも大人げなくて、呆れて小野寺を見ていた和彦だが、すぐに目を丸くする。
ここまで、不貞腐れているのかと思うほど無表情だった小野寺が、ウェイトレスの女の子に思いのほか優しい笑顔を見せ、柔らかな声音で注文をしている。この場面だけ切り取れば、目の前にいるのは完璧な好青年だ。
ただ、それなりに人を見る目を養ってきたと自負している和彦が感じたのは、女の扱いに慣れているなということだった。
ウェイトレスが立ち去ると、小野寺は無表情に戻る。意地悪や皮肉のつもりはなかったが、和彦は率直にこう口にしていた。
「ぼくには愛想がないんだな」
さすがに虚をつかれたのか、小野寺は目を丸くする。その反応に、ささやかな満足感を覚えた和彦は、軽い口調で続けた。
「そういえば、加藤くんも愛想がなかった」
「……あいつと比べられるのは心外です」
「だが、彼のほうが可愛げがあった」
忌々しげに一瞬だけ、小野寺は唇を歪めた。その様子に和彦は、なるほど、と心の中で呟く。もともと感情表現は素直な性質なのだろう。それが、一人前の極道のように感情を押し殺せていたのは、おそらく近くに南郷がいたからだ。有能な隊員を印象づけたかったのか、単に南郷が恐ろしかっただけなのか。
自分相手だと気安いというのもあるんだろうなと、和彦はひっそりと苦笑を洩らす。そもそも年若い青年が、和彦のような立場にある男に好印象を抱く可能性は低い。それが普通なのだ。
「――……それで、この袋はなんなんだ」
和彦は、テーブルの上に置かれたままの袋に手をかける。
「南郷さんに頼まれました。佐伯先生に失礼なことをしたので、お詫びの品として受け取ってほしいと」
「その……、失礼なことについては、何か聞いているのか?」
「粗相をして、佐伯先生の大事なものを汚してしまったとだけ」
和彦にだけ通じる言い方をしているのが、なんともいやらしい。南郷の野蛮な笑みがまた脳裏を掠め、そっと眉をひそめる。和彦のわずかな変化に気づいたらしく、小野寺は無遠慮な眼差しを向けてきた。
「どうかしましたか、佐伯先生?」
「別に。南郷さんがどう感じたかは知らないけど、ぼくは気にしてないから、お詫びの品なんて受け取るつもりはない」
「そう言われるだろうから、これはクリニックの皆さんで食べてほしいとも、言付かりました」
小野寺が袋を傾け、中を見せてくれる。きれいに包装された箱が入っていた。
「適当にお菓子を詰め合わせてもらいました。とりあえず受け取ってください。あとは、捨てるなりご自由に。俺としては、南郷さんにきちんと報告できればそれでいいので」
物言いに可愛げと素直さがないなと思いながら、仕方なく受け取る。お菓子に罪はないので、スタッフたちで分けてもらうしかないだろう。
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「用が済んだら、別のテーブルに移動してくれないか。職場の近くなんだ。一緒にいるところを見られたくない」
「――もう遅いと思いますよ」
小野寺が軽く指さしたほうを見ると、少し離れたテーブルに、クリニックのスタッフ二人がついていた。和彦と目が合うなり笑って手を振ってきた。小野寺と話し込んでいる間に入店したようだ。
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