血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
979 / 1,268
第39話

(30)

しおりを挟む
「総和会を介さないで、人や物を組同士間で直接行き来させるのを、総本部は嫌がります。そういったことをよくご存知の長嶺組長ですが、〈心当たり〉のおかげで、今回は佐伯先生を寄越してくださったんでしょう」
 和彦は黙って聞きながら、さっそく縫合に取りかかる。
「最近、総和会の中で密やかに、ある噂が流れているんです。長嶺会長が、総和会の中の組織改革を目論む……というのは表現が悪いですが、計画しているようだと」
「ぼくも、その噂なら聞いたことがあります」
「その組織改革の一つに、創設当初から名を連ねている十一の組の数を変更するのではないか、というものがありまして……。佐伯先生も薄々とながら感じているでしょうが、十一の組の力は同等じゃありません。昔より、構成員の数と資金力の格差が大きくなっています。正直、力のある組に、力のない組がぶら下がっているという部分が、ないとも言えません。不公平だと不満を抱えている組があるのも確かです」
 さすがに自分の体が縫われている様は直視したくないのか、話しながら男は、振り返るようにしてブラインドを下ろした窓に顔を向ける。
 空調が利いていない室内は、血と汗の匂いが入り混じっている。できることなら窓を開けて換気したいところだが、それはさきほど止められた。外はすでに夜の闇に覆われ、普段使っていない部屋に電気がついていると目立つのだそうだ。
「だからといって、総和会の今の枠組みを壊したいかというと……、どうでしょう。組を減らすにしても、増やすにしても、揉めることになるでしょう。あくまで噂レベルの話とはいっても、浮き足立つ組はあります。古き良き助け合いの精神なんてものは、締め付けの厳しいこの時代には足枷でしかないと、長嶺会長が言い出してもおかしくない。幹部会に提議するための下調べを、もう始めているとしたら――」
 男がブルッと身を震わせる。その反応が、総和会会長としての守光の恐ろしさを物語っているようだった。
 御堂と親しくなったことで和彦は、清道会という組織の一端に触れた。清道会組長補佐の綾瀬と知り合い、清道会会長に挨拶もした。それらの出会いの中で、総和会会長の交代劇に遺恨めいたものを残していると肌で感じ取ったし、断片的な情報も耳に入る。
 守光は、和彦に対しては穏やかな物腰を崩さないが、総和会を取り仕切る立場にいて、大多数の者には苛烈な面を見せているのだ。
「噂だけでも、威力は絶大です。極道の身で、こんな言葉を使うのもおかしいですが、皆、品行方正に努めようとしています。総和会の目は、どこに光っているかわかりません。大きなトラブルになりかねない火種を抱えた組は、特に」
「ああ、それで、長嶺組長が……」
「つい何日か前、うちの組長が幹事となって、会食――というほど仰々しいものではなく、砕けた雰囲気の食事会を催したんです。そのとき、長嶺組長にいろいろと相談に乗っていただいたそうです」
 和彦は、賢吾の口から『会食』という言葉が出たことを覚えていた。最近、何かと誘いが多いとも言っていたが、もしかすると男が抱いている危惧が関係あるのかもしれない。
 総和会において、賢吾の立場は複雑だ。現会長の息子であり、総和会の中で最大の勢力を誇る組を率いてもいながら、その総和会に対してどこか忌避的である。だからこそ相談を持ちかけられたのだろうが。
 手を動かしながらも和彦が思索に耽っていると、部屋のドアがノックされる。和彦が応じると、大仰に一礼して若者が部屋に入ってきた。男が手招きをすると、大股で側まで歩み寄ってくる。今度は和彦に目礼してから、若者は男に耳打ちした。
 二人は小声で会話を交わし、聞き耳を立てるようなまねをしたくない和彦は、手元に意識を集中する。すぐに若者は出て行った。
「――うちの若い者ですが、このビルの周囲を見張らせているんです。妙な奴がうろついていないか。……不気味なんですよ。総和会の第二遊撃隊の動きが」
「南郷さんのところですよね。不気味というのは……?」
 意識せずとも和彦の声は暗くなる。夜闇と雨に紛れるようにして南郷がクリニックにやってきたのは、ほんの二日前だ。二人の間にあったことは、誰にも――賢吾にも知らせていない。
 和彦は腹の奥で静かで冷たい怒りを、ずっと抱き続けていた。
 縫合を終えた傷口を保護するため、テープを貼ろうとすると、男が顔をしかめながら覗き込んでくる。和彦はちらりと男を見上げた。
「第二遊撃隊の何が不気味なんですか?」

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...