血と束縛と

北川とも

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第39話

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「総和会を介さないで、人や物を組同士間で直接行き来させるのを、総本部は嫌がります。そういったことをよくご存知の長嶺組長ですが、〈心当たり〉のおかげで、今回は佐伯先生を寄越してくださったんでしょう」
 和彦は黙って聞きながら、さっそく縫合に取りかかる。
「最近、総和会の中で密やかに、ある噂が流れているんです。長嶺会長が、総和会の中の組織改革を目論む……というのは表現が悪いですが、計画しているようだと」
「ぼくも、その噂なら聞いたことがあります」
「その組織改革の一つに、創設当初から名を連ねている十一の組の数を変更するのではないか、というものがありまして……。佐伯先生も薄々とながら感じているでしょうが、十一の組の力は同等じゃありません。昔より、構成員の数と資金力の格差が大きくなっています。正直、力のある組に、力のない組がぶら下がっているという部分が、ないとも言えません。不公平だと不満を抱えている組があるのも確かです」
 さすがに自分の体が縫われている様は直視したくないのか、話しながら男は、振り返るようにしてブラインドを下ろした窓に顔を向ける。
 空調が利いていない室内は、血と汗の匂いが入り混じっている。できることなら窓を開けて換気したいところだが、それはさきほど止められた。外はすでに夜の闇に覆われ、普段使っていない部屋に電気がついていると目立つのだそうだ。
「だからといって、総和会の今の枠組みを壊したいかというと……、どうでしょう。組を減らすにしても、増やすにしても、揉めることになるでしょう。あくまで噂レベルの話とはいっても、浮き足立つ組はあります。古き良き助け合いの精神なんてものは、締め付けの厳しいこの時代には足枷でしかないと、長嶺会長が言い出してもおかしくない。幹部会に提議するための下調べを、もう始めているとしたら――」
 男がブルッと身を震わせる。その反応が、総和会会長としての守光の恐ろしさを物語っているようだった。
 御堂と親しくなったことで和彦は、清道会という組織の一端に触れた。清道会組長補佐の綾瀬と知り合い、清道会会長に挨拶もした。それらの出会いの中で、総和会会長の交代劇に遺恨めいたものを残していると肌で感じ取ったし、断片的な情報も耳に入る。
 守光は、和彦に対しては穏やかな物腰を崩さないが、総和会を取り仕切る立場にいて、大多数の者には苛烈な面を見せているのだ。
「噂だけでも、威力は絶大です。極道の身で、こんな言葉を使うのもおかしいですが、皆、品行方正に努めようとしています。総和会の目は、どこに光っているかわかりません。大きなトラブルになりかねない火種を抱えた組は、特に」
「ああ、それで、長嶺組長が……」
「つい何日か前、うちの組長が幹事となって、会食――というほど仰々しいものではなく、砕けた雰囲気の食事会を催したんです。そのとき、長嶺組長にいろいろと相談に乗っていただいたそうです」
 和彦は、賢吾の口から『会食』という言葉が出たことを覚えていた。最近、何かと誘いが多いとも言っていたが、もしかすると男が抱いている危惧が関係あるのかもしれない。
 総和会において、賢吾の立場は複雑だ。現会長の息子であり、総和会の中で最大の勢力を誇る組を率いてもいながら、その総和会に対してどこか忌避的である。だからこそ相談を持ちかけられたのだろうが。
 手を動かしながらも和彦が思索に耽っていると、部屋のドアがノックされる。和彦が応じると、大仰に一礼して若者が部屋に入ってきた。男が手招きをすると、大股で側まで歩み寄ってくる。今度は和彦に目礼してから、若者は男に耳打ちした。
 二人は小声で会話を交わし、聞き耳を立てるようなまねをしたくない和彦は、手元に意識を集中する。すぐに若者は出て行った。
「――うちの若い者ですが、このビルの周囲を見張らせているんです。妙な奴がうろついていないか。……不気味なんですよ。総和会の第二遊撃隊の動きが」
「南郷さんのところですよね。不気味というのは……?」
 意識せずとも和彦の声は暗くなる。夜闇と雨に紛れるようにして南郷がクリニックにやってきたのは、ほんの二日前だ。二人の間にあったことは、誰にも――賢吾にも知らせていない。
 和彦は腹の奥で静かで冷たい怒りを、ずっと抱き続けていた。
 縫合を終えた傷口を保護するため、テープを貼ろうとすると、男が顔をしかめながら覗き込んでくる。和彦はちらりと男を見上げた。
「第二遊撃隊の何が不気味なんですか?」

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