血と束縛と

北川とも

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第39話

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「すぐ側で、あんたの護衛が張っているのに、のこのこと連れ立って歩けるはずがないだろう。長嶺組からは、第二遊撃隊は蛇蝎のごとく嫌われているからな」
 さりげなく出た〈蛇蝎〉という言葉に、ピクリと肩が揺れた。
「今晩は、俺一人だ」
「雨も降っている中、わざわざ一人で、ここに来られたんですか?」
 なんのために――。ようやくわずかに平静を取り戻した和彦は、南郷に対する露骨な警戒と敵意を隠そうとはしなかった。もっとも南郷にしてみれば、捕えることもたやすい小動物のささやかな反抗だとしか感じていないだろう。余裕たっぷりの表情と口調を保ったまま、和彦の腕を掴む力は強い。
「昨日、長嶺の本宅からマンションに戻ったことは報告を受けている。本宅にいられると、あんたに話があるといくら訴えたところで、体よく追い払われるからな。さっそく出向いてきたというわけだ」
「話って……」
「あんたが、自分の父親と会ったとき、本当に鷹津の話題が出なかったのか、確かめたかった」
「……出なかったと答えたはずです」
「いや。さあ、と一言答えただけだ」
 足元から寒気が這い上がってくる。威圧的に見下ろしてくる南郷の視線から逃れたいが、壁に押し付けられたうえに腕まで掴まれていると、身じろぎすらできない。
「だったら言い直します。鷹津さんの話題なんて出ませんでした。父は……、彼の存在すら知りませんから」
 南郷は、ひどく鷹津の存在を気にかけている。正確には、警戒している。総和会の護衛を欺いて和彦を連れ去ったのだから、南郷の立場からすれば無理からぬことだろうが、鷹津が姿を消したことで、警戒心がより強まったようだ。
 和彦の言葉を信じたのか、端から聞く気などないのか、南郷はふいに視線を非常階段に通じるドアへと向けた。
「――ここの非常階段はいい具合に、通りからも駐車場からも死角になっている。あんたが、監視の目を気にせず男を連れ込むには最適というわけだ」
「そんなこと……」
「してるだろ? ドアを開けたときのあんたの顔を見たらわかる。待ちかねていたという顔だった」
 南郷はあからさまに一人の男の存在をほのめかしてくるが、和彦は動揺を表に出すまいと努める。さりげなく南郷の体を押しのけようとして、びくともしなかった。反対に、さらに体が密着してきた。髪に南郷の息が触れ、ゾッとする。
「悪いオンナだ。ちょっと目を離すと、あっという間に男が群がってくる。……まあ、俺も人のことは言えないが」
 話しながら南郷の指にあごの下をくすぐられ、思わず顔を上げた和彦は、次の瞬間、身が竦んだ。じっと見つめてくる南郷の眼差しの鋭さに、本能的な危機感を覚えた。
「久しぶりに二人きりになれた」
 そう囁いた南郷の顔が、すぐ眼前に迫っていた。ああ、と和彦が声にならない声を洩らしたときには、唇を塞がれる。
 久しぶりの肉を味わうように、まず上唇を吸われた。執拗に、丹念に。次に下唇にはじわりと歯が立てられ、今にも食い千切られるのではないかという恐怖に、和彦はされるがままになるしかない。歯列に舌先が擦りつけられ、無言の求めに応じておずおずと歯を食い縛っていた力を緩める。南郷の太い鞭のような舌が悠々と口腔に入り込んできた。
 感じやすい粘膜を荒々しく舐め回され、上あごの裏にまで舌先が這わされたとき、ゾクゾクするような感覚が和彦の背筋を駆け抜ける。おぞましいと思いながらも、南郷を突き飛ばすことはできなかった。体を強張らせている間に、南郷の両腕の中にしっかりと捕らわれてしまった。
 抵抗しない――できない和彦に、南郷は積極さを求めてきた。
「舌を出せ、先生。俺によく見えるように」
 後頭部に南郷の手がかかり、髪の付け根をまさぐられる。獰猛な光を湛えている南郷の目を間近から見つめていると、逆らう気持ちなど湧かなかった。
 言われるまま舌を出すと、いきなりきつく吸われる。
「もっと出せるだろ」
 舌先に軽く歯を立てられて、慌てて従う。あとは、なし崩しだった。
「んっ、あぁ……」
 南郷にきつく抱き締められながら、差し出した舌を浅ましく絡め合う。唾液を流し込まれ、反対に啜られて、ときおり舌を甘噛みされたときには背を震わせる。再び口腔に南郷の舌を受け入れて、まさぐられていた。息苦しさに和彦が喘ぐと、ようやく唇が離された。
 名残り惜しげに南郷が唇を啄んでこようとしたが、寸前のところで顔を背けて手の甲で口元を拭う。
「もう……、気が済んだでしょう」
「そう思うか、先生?」
 南郷がぐっと腰を押しつけてきて、高ぶりを感じる。和彦が愕然としながら見つめると、南郷は楽しげに喉を鳴らして笑った。

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