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第39話
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「それが恥ずかしいんだろっ」
「……相変わらず、妙なところでモラリストだよね、先生」
「その言い方だと、妙なところ以外はインモラリストってことにならないか……」
違うの? と真顔で千尋に問われ、今度は力を入れて頬を抓り上げてやった。
肩にかかった手を押し退けてカーテンを閉めると、布団を敷いた部屋へと戻る。すると、背後から近づいてきた千尋に飛びつかれ、和彦は布団の上に倒れ込んだ。のしかかってきた千尋が真上から顔を覗き込んできたかと思うと、首筋に鼻先を擦りつけてくる。
「犬みたいだな、お前」
さりげなく千尋の肩を押し上げようとした和彦だが、びくともしない。一見ふざけているようで、しっかりと押さえ込みにかかっているのだ。
和彦は、浴衣に包まれた千尋の背に両腕を回し、てのひらでさすってやる。
「――……心配しなくても、ぼくは実家に戻るつもりはない。ただ、そうは言ってもすぐには諦めてくれそうにないから、時間を稼ぎながら、わかってもらうしかないんだけどな。それとも、会長が上手く交渉をしてくれるか……」
「わかってくれそうなの?」
「難しいな。昔から、子供の意見を聞き入れてくれたことのない人だ。なんでも、思う通りにぼくを動かしてきた。ぼくも、逆らわなかったし。……正直、今のようなぼくは佐伯家に必要ないと言って、縁を切られるんじゃないかと、少しだけ希望を持っていた。でも、父さんに久しぶりに会って、その気はまったくないんだと思い知った。よくも悪くも、ぼくは〈大事〉にされている。佐伯俊哉の息子として」
「それでも、戻るつもりはないと言い切るんだ」
千尋がまっすぐな眼差しを向けてくるのは、和彦の胸の内を探るためだ。少しでも気持ちが揺れていないか、里心が出ていないかと。不安だからではなく、強い執着心ゆえだ。
和彦は自分に向けられる執着心に、快感にも似たものを感じてしまう。
「戻らない。ここにいたいんだ」
現金なほどパッと表情を輝かせた千尋だったが、目を細めた和彦が優しく髪を梳いてやると、すぐに引き締まった顔つきとなる。
「先生、お願いがあるんだけど」
「なんだ」
「これから先生のこと、名前で呼びたい」
そんなことかと拍子抜けした和彦は、微苦笑を浮かべる。
「前にもお前、ぼくを名前で呼んでいたじゃないか。なんでいまさら改まって――」
「あのときはっ……、勢いっていうか、その場限りのつもりだった。今、俺がお願いしてるのは、これから先もずっと、先生を名前で呼びたいってこと。……最近のオヤジ、話していてときどきポロッと洩らすときがあるんだよ。『和彦』って。それを聞いて、羨ましいなあって」
千尋は真剣だ。こういうことでも父親である賢吾と張り合うのだなと思ったら、もう笑うことはできなかった。
和彦が黙り込んでいると、千尋の眼差しが不安に揺れ、捨てられた子犬のような表情で小首まで傾げる。
「……ダメ?」
「お前、寸前までの強気な発言はなんだったんだ。――名前なんて、好きに呼べばいいだろ。自分の名前を呼ばれて嫌なはずがないんだから」
次の瞬間、千尋が抱きついてくる。そして耳元で呼ばれた。
「和彦」
改まって名を呼ばれると、気恥かしいものがある。くすぐったさもあって和彦は首を竦めたが、かまわず千尋は何度も名を呼びながら、耳に唇を押し当ててきた。熱い吐息を注ぎ込まれて、鳥肌が立ちそうになる。
千尋は、名を呼ぶだけで満足するつもりはないらしく、和彦の腰の辺りに手を這わせてきたかと思うと、帯を解き始めた。反射的にその手を止めようとしたが、途端にぐっと腰を押しつけられる。
「……呆れた。名前を呼んでいるだけなのに、どうしてもう興奮してるんだ」
「それはもう、先生――じゃなくて、和彦が大好きだから」
きっぱりと言い切った千尋に浴衣の裾をたくし上げられ、露わになった腿を忙しい手つきでまさぐられる。下着に手をかけられたところで顔を覗き込まれた。
見つめ合ったまま唇を重ね、すぐに余裕なく舌先で互いをまさぐり合う。和彦は自ら腰を浮かせると、下着を脱がせてもらう。千尋ももぞもぞと体を動かしたあと、和彦の両足の間に腰を割込りませてきたが、直に擦りつけられた欲望は、熱くなっていた。
千尋の直情さは厄介だ。努めて冷静に、年上らしく余裕を持って接したいのだが、簡単に煽られてしまう。
「千尋、千尋っ……」
和彦は、千尋が着ている浴衣を握り締めながら、あまり慌てるなと宥めようとするが、すでにもう歯止めを失いかけている千尋には無駄だ。荒く息を吐き出して、和彦の首筋に歯を立ててきた。
「……相変わらず、妙なところでモラリストだよね、先生」
「その言い方だと、妙なところ以外はインモラリストってことにならないか……」
違うの? と真顔で千尋に問われ、今度は力を入れて頬を抓り上げてやった。
肩にかかった手を押し退けてカーテンを閉めると、布団を敷いた部屋へと戻る。すると、背後から近づいてきた千尋に飛びつかれ、和彦は布団の上に倒れ込んだ。のしかかってきた千尋が真上から顔を覗き込んできたかと思うと、首筋に鼻先を擦りつけてくる。
「犬みたいだな、お前」
さりげなく千尋の肩を押し上げようとした和彦だが、びくともしない。一見ふざけているようで、しっかりと押さえ込みにかかっているのだ。
和彦は、浴衣に包まれた千尋の背に両腕を回し、てのひらでさすってやる。
「――……心配しなくても、ぼくは実家に戻るつもりはない。ただ、そうは言ってもすぐには諦めてくれそうにないから、時間を稼ぎながら、わかってもらうしかないんだけどな。それとも、会長が上手く交渉をしてくれるか……」
「わかってくれそうなの?」
「難しいな。昔から、子供の意見を聞き入れてくれたことのない人だ。なんでも、思う通りにぼくを動かしてきた。ぼくも、逆らわなかったし。……正直、今のようなぼくは佐伯家に必要ないと言って、縁を切られるんじゃないかと、少しだけ希望を持っていた。でも、父さんに久しぶりに会って、その気はまったくないんだと思い知った。よくも悪くも、ぼくは〈大事〉にされている。佐伯俊哉の息子として」
「それでも、戻るつもりはないと言い切るんだ」
千尋がまっすぐな眼差しを向けてくるのは、和彦の胸の内を探るためだ。少しでも気持ちが揺れていないか、里心が出ていないかと。不安だからではなく、強い執着心ゆえだ。
和彦は自分に向けられる執着心に、快感にも似たものを感じてしまう。
「戻らない。ここにいたいんだ」
現金なほどパッと表情を輝かせた千尋だったが、目を細めた和彦が優しく髪を梳いてやると、すぐに引き締まった顔つきとなる。
「先生、お願いがあるんだけど」
「なんだ」
「これから先生のこと、名前で呼びたい」
そんなことかと拍子抜けした和彦は、微苦笑を浮かべる。
「前にもお前、ぼくを名前で呼んでいたじゃないか。なんでいまさら改まって――」
「あのときはっ……、勢いっていうか、その場限りのつもりだった。今、俺がお願いしてるのは、これから先もずっと、先生を名前で呼びたいってこと。……最近のオヤジ、話していてときどきポロッと洩らすときがあるんだよ。『和彦』って。それを聞いて、羨ましいなあって」
千尋は真剣だ。こういうことでも父親である賢吾と張り合うのだなと思ったら、もう笑うことはできなかった。
和彦が黙り込んでいると、千尋の眼差しが不安に揺れ、捨てられた子犬のような表情で小首まで傾げる。
「……ダメ?」
「お前、寸前までの強気な発言はなんだったんだ。――名前なんて、好きに呼べばいいだろ。自分の名前を呼ばれて嫌なはずがないんだから」
次の瞬間、千尋が抱きついてくる。そして耳元で呼ばれた。
「和彦」
改まって名を呼ばれると、気恥かしいものがある。くすぐったさもあって和彦は首を竦めたが、かまわず千尋は何度も名を呼びながら、耳に唇を押し当ててきた。熱い吐息を注ぎ込まれて、鳥肌が立ちそうになる。
千尋は、名を呼ぶだけで満足するつもりはないらしく、和彦の腰の辺りに手を這わせてきたかと思うと、帯を解き始めた。反射的にその手を止めようとしたが、途端にぐっと腰を押しつけられる。
「……呆れた。名前を呼んでいるだけなのに、どうしてもう興奮してるんだ」
「それはもう、先生――じゃなくて、和彦が大好きだから」
きっぱりと言い切った千尋に浴衣の裾をたくし上げられ、露わになった腿を忙しい手つきでまさぐられる。下着に手をかけられたところで顔を覗き込まれた。
見つめ合ったまま唇を重ね、すぐに余裕なく舌先で互いをまさぐり合う。和彦は自ら腰を浮かせると、下着を脱がせてもらう。千尋ももぞもぞと体を動かしたあと、和彦の両足の間に腰を割込りませてきたが、直に擦りつけられた欲望は、熱くなっていた。
千尋の直情さは厄介だ。努めて冷静に、年上らしく余裕を持って接したいのだが、簡単に煽られてしまう。
「千尋、千尋っ……」
和彦は、千尋が着ている浴衣を握り締めながら、あまり慌てるなと宥めようとするが、すでにもう歯止めを失いかけている千尋には無駄だ。荒く息を吐き出して、和彦の首筋に歯を立ててきた。
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