血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
936 / 1,268
第38話

(17)

しおりを挟む
 今度一緒に飲もうと約束をして電話を終えると、そのまま電源も切ってしまう。無意識にため息をつきそうになった和彦だが、いろいろと邪推されるのではないかと自制心が働き、ぐっと堪えた。
 ようやく渋滞を抜けた車がいくぶんスピードを上げる。向かうのは、総和会本部だった。
 朝、出勤前に守光本人から連絡が入り、仕事を終えてから来るよう言われたのだ。はっきりとは言われなかったが、一夜を共に過ごすよう匂わされ、和彦に否と言えるはずもなかった。
 見方を変えれば、守光に疑問をぶつけられる機会を得たともいえる。
 自分の父親と守光は、本当はどんな関係であったのか――。
 緊張のためわずかに冷たくなった自分の手を、和彦はきつく握り締めた。


 食事をしながら守光に切り出してみようという和彦のささやかな計画は、実行には至らなかった。肝心の守光が、会食のため外で夕食をとったということで、用意されていたのは和彦一人分だったのだ。
 しかも守光は、急ぎの書き物があるということで自室に入ってしまった。結局和彦は、給仕をする吾川と他愛ない世間話をしつつ食事をとり、その後、勧められるまま風呂に入った。
 浴衣を着て髪を乾かしたあと、一旦客間に入ったが、なんとも身の置き場がない。守光に急ぎの用事が入ったのなら、このまま滞在していても自分は邪魔になるのではないかと、和彦はこっそり吾川に尋ねたが、穏やかな笑みを返されただけだった。
 その笑みの理由は、一時間もしないうちに理解できた。吾川に呼ばれて客間から顔を出すと、守光の用事が終わったと耳打ちされた。
 吾川が玄関から出ていき、取り残された和彦は数分ほどまごついていたが、いつもと同じ流れではないかと自分に言い聞かせ、守光の部屋の前に立った。こちらから声をかける前に、気配でわかったらしく中から守光に呼ばれた。
 そっと襖を開けて中に足を踏み入れると、まっさきに、延べられた布団が視界に入ってドキリとする。傍らには、すでに見慣れた漆塗りの文箱があった。無視できない妖しいざわつきが生まれ、思わず和彦は胸に手を遣る。
「どうかしたかね」
 文机の前に座っている守光に声をかけられて、和彦は我に返る。穏やかな眼差しを向けられると、まるで操られるかのようにぎこちない動きで襖を閉めた。守光に手招きされ、側に座る。
「もう、書き物のほうはよろしいのですか?」
「ああ。急に礼状が必要になった。年を取ると、書き慣れた文章でも捻り出すのに苦労して困る」
 ここで沈黙が訪れる。視線を伏せがちにしていた和彦だが、思いきって守光を見ると、冷徹ともいえる眼差しをまっすぐ向けられていた。胸に広がる衝撃に、一瞬息が止まる。
「あんたとこうしてゆっくりできるのは、何日ぶりだろうな」
「……すみません」
「責めているわけじゃない。あんたにはあんたの都合があって、予定もある。わしのわがままを押し付けるわけにはいかん。ただ、そろそろ急がねばならんことがあって、今日は慌ただしいことになってしまった」
「それは――」
 先日から言われている相談したいことだろうか。そう思った和彦は確認しようとしたが、口元に薄い笑みを浮かべた守光に先にこう言われた。
「まあ、その話はあとで」
 立ち上がった守光が羽織を脱いでから片手を差し出してくる。一瞬ためらいはしたものの和彦はその手を取った。
 布団の上に座って肩を抱かれたとき、和彦はやはりどうしても、俊哉のことを考えずにはいられなかった。守光は、やはりこうして、自分の父親の肩を抱いていたのだろうかと。もしくは、抱かれたのか。
 和彦の体の強張りを感じ取ったのか、宥めるように守光が浴衣の上から肩先を撫でる。
「憂いを帯びた顔をしている。何か心配事があるんじゃないのかね」
「いえっ、そういうわけでは……」
「あんたの場合、どこかの男に言い寄られているんじゃないかと、年甲斐もなく気を揉んでしまう。だったら、なんでも打ち明けてもらったほうが安心する。わしにできることなら、手を貸すこともできるし」
 守光の言葉に感じたのはもちろん心強さではなく、空恐ろしさだった。何も言えない和彦だったが、優しい手つきであごを持ち上げられたとき、ようやく小さく声を洩らす。しかし、言葉を発するには至らず、その前に守光に唇を塞がれていた。
 丹念に何度も唇を吸われながら、守光の片手が浴衣の合わせから差し込まれる。胸元にひんやりとしたてのひらが押し当てられたとき、速くなっている自分の鼓動を知られるのではないかと、和彦は緊張する。
 心の奥底まで探るように、守光がじっと両目を覗き込んでくる。狡猾で老獪な狐の放つ毒は、瞬く間に和彦の全身に回り、否応なく体の強張りを解いていく。

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...