血と束縛と

北川とも

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第38話

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「ぼくの護衛につくことになるから、そのためのシミュレーションを一人でやってたって……、気合いが入りすぎだ。それに、護衛云々はまだ先の話で、今は勉強中なんだろ?」
「だから、ただあとをつけて、見ているだけのつもりで……」
「見つかったのは、予想外だったというわけか」
 加藤がウソをついているとは思えなかった。せっかく第二遊撃隊に入って居場所と立場を得た青年が、和彦を襲う理由がそもそも見当たらない。蛮勇に駆られて何か企んでいたとしても、計画としてはあまりにお粗末だ。
 つい加藤を庇う方向で考えてしまうのは、彼自身を無条件に信用したからではなく、中嶋と関係を持っていると聞かされたからだ。つまり和彦は、加藤を受け入れた中嶋を信用したといえる。
「――中嶋くんには連絡してあるから、多分もうすぐ来るよ」
 和彦の言葉に、初めて加藤の顔に動揺の色が浮かんだ。その様子を一瞥した和彦は、焼けた肉を網の隅へと移し、今度は野菜をのせていく。
「君はまだピンとこないだろうけど、ぼくの扱いに対して、長嶺組と総和会は取り決めを交わしているんだ。連絡を取り合って、スケジュールを確認して、そうやって折り合いをつけて、無用な衝突を避けている。君の思いつきの行動は、そういう二つの組織の面子と苦労を踏みにじりかねなかったんだ」
「すみません……」
「ぼくは別に怒ってないけど、少なくとも長嶺組は、何様だと思うはずだ。君に対してだけじゃなく、第二遊撃隊、総和会、あとは――南郷さんにも。少し前まで堅気だったぼくでも、それぐらいは理解できるようになった。君は?」
 加藤が固く唇を引き結び、あまり他人に説教をすることがない和彦は、言い過ぎただろうかと内心で焦る。焼けた肉を慌てて加藤のほうへと押しやった。
「ほら、食べて。今日はこのあと、何か食べられる余裕がないかもしれないから」
 彼らのように、と別のテーブルで必死に肉を掻き込んでいる青年たちに目を向ける。そのときちょうど、店に飛び込んできた人物の姿に気づいた。軽く店内を見回したその人物と、いきなり目が合う。
 和彦が軽く手を上げると、その動作に反応したように加藤が箸を置き、呟いた。
「中嶋さん……」
 和彦たちのほうへと歩み寄ってくる中嶋は、緊張で顔を強張らせながら、加藤を見る目には明らかな怒気を滲ませていた。
 和彦が電話で指示した通り、中嶋は一人でやってきたようで、そのことにとりあえず安堵する。和彦としては、加藤の行動を大げさにする気は毛頭なかった。
 組員たちに頭を下げ、詫びの言葉を述べてから、中嶋がやっと和彦の傍らに立つ。
「先生――」
「とにかく、座ってくれ。目立つから」
 頷いた中嶋が、加藤の隣に腰掛ける。次の瞬間、テーブルに額を擦りつけるようにして頭を下げられた。
「うちの隊の若いのが、本当にご迷惑をおかけしました。つい最近まで、組織同士のルールも関係なく好き勝手に生きてきた奴なので、と言い訳するつもりもありません。こいつの不始末は、面倒を見ていた俺の不始末です。長嶺組が求める処罰を、一緒に受けるつもりです」
 いつもの中嶋らしくない硬い口調に、今の事態は自分が考えている以上に大事なのだと和彦は実感する。
 どうしたものかと、困惑するしかなかった。和彦としては事を荒立てるつもりはなく、次からはせめて事前に連絡をしてくれという注意で済む類のトラブルだと思っている。しかし、この場にいる組員や中嶋の様子を見ていると、事はそう簡単ではないようだ。
「処罰については、ぼくはよくわからないから、組に任せることになると思う。だけど、君がぼくの目の前に現れなくなるのは困るから、そこはしっかりと、組に要望を伝えさせてもらう。加藤くんについても、隊に入ったばかりだというし、張り切り過ぎたうえでのことだともわかるから……、君から上手く伝えてやってほしい」
 簡単な状況の説明を電話で伝えただけなので、すぐには和彦の話が理解できなかったらしい。中嶋が眉をひそめて、和彦と加藤を交互に見る。
「張り切り過ぎた、とは……?」
「ぼくのあとを尾行して、自分が護衛する状況をあれこれ考えていたらしい。黙って立ち去るつもりだったらしいけど、たまたま見つかったものだから――」
 いきなり中嶋が、拳で加藤の頭を殴りつけた。驚いて目を見開く和彦の前で、中嶋は大きくため息をつき、再び頭を下げる。一拍置いて、加藤も倣った。
「……本当に、申し訳ありません」
「ぼくの立場だと、軽々しいことは言えないけど、それでも、組長のほうには穏便に済ませてほしいと頼んでみるよ。それに……、南郷さんにも」
 そっと頭を上げた二人を眺めてから、和彦は別のテーブルの青年たちにも目を向ける。
「若いと、本当にいろいろと無茶をするもんだな……」
 微笑ましいという表現で済まないのが、この世界の怖さなのだが――。
 食事の邪魔はできないからと、中嶋が加藤の腕を掴んで立ち上がる。さすがに中嶋の強張った顔を目の当たりにしてしまうと、一緒に食べたらどうだとは誘えなかった。
 二人が立ち去る姿を見送ってから、テーブルに向き直った和彦は、うっ、と声を洩らす。網の上では、焦げかけた肉と野菜が山となっていた。

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