血と束縛と

北川とも

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第38話

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 南郷が軽く手招きすると、少し離れた場所に立っていた青年がこちらに駆け寄ってくる。タンクトップの上からシャツを羽織った、一見ごく普通の若者らしい服装をした青年だった。女の子に騒がれそうな華のある甘い顔立ちをしているが、感情を押し殺した無表情は、青年から個性を奪っているように思えた。
 彼のこともまた、和彦の記憶には残っていた。しかし、強く印象に残っているのは顔立ちよりも、青年の胸元で揺れるシルバーのネックレスと、耳にいくつも空いたピアスの穴だ。前に、南郷に騙されて呼び出されたとき、和彦をカラオケボックスの一室に案内した青年だった。
「こっちは小野寺おのでらだ。加藤もだが、この先、何かと先生と顔を合わせる機会もあるだろう」
 どういう意味かと、和彦は首を傾げる。南郷は口元に薄い笑みを湛え、車を示した。
「いつまでも立ち話もなんだ。車に乗ってくれ」
 素早く後部座席のドアを開けてくれたのは、小野寺だった。
 車が駐車場を出てすぐ、助手席の南郷が話し始める。
「――あいつらには、ゆくゆくはあんたの身の回りの世話や、護衛を任せたいと思っている。今は、あんたが本部に滞在していたり、総和会の仕事をするときにだけ、うちからの護衛をつけているが、いつまでもそういうわけにはいかない」
「と、言うと?」
「俺は……というより、オヤジさんの考えでもあるが、常にあんたに護衛を張りつかせておきたい。何かあってからじゃ遅いからな。これからあんたの価値と存在感はますます増す。そのことは、総和会の外にも知られるようになるだろう。目敏い組織だったら、すでにもうあんたに注目していても不思議じゃない」
 和彦が顔を強張らせると、その反応を読んでいたように南郷がちらりと肩越しに振り返る。ニヤリと笑いかけられた。
「心配しなくても、あんたの身はうちがしっかりと守る。例の刑事のような害虫は、金輪際近づけさせない」
 言いたいことはあったが、ここで南郷に抗議しても仕方がない。南郷の背後にいるのは、守光だ。守光はよほど、鷹津の存在を不快に感じていたのだろうと、南郷の発言からうかがい知ることができた。
「さっきの若い二人だけじゃなく、使える人材はいくらでも欲しい。あんたの事業が起ち上がれば、そこに回す人員もいるだろうしな」
「……それは、第二遊撃隊から回す人員、ということですか?」
 十秒ほど、ヒヤリとするような沈黙が訪れた。自分は何かマズイことを言っただろうかと、シートの上で和彦が身じろぎかけたとき、ようやく南郷が話し始めた。
「そう、〈うち〉からだ。元はどこの組にいたか、どんな仕事をしていたか、そんなことは関係ない。俺が欲しいと思った奴は、いくらでも隊に引き入れる。特に、若くて活きのいい奴なら、大歓迎だ。隊に任される仕事も増えてきたから、人員のやりくりはなかなか頭を悩ませるところだからな」
「第二遊撃隊は、今でもずいぶん人が多いんじゃないですか? ぼくは、総和会の他の隊……というか、部署や委員会にどれだけの人が所属しているのか把握しているわけではないので、ただそう感じるだけなんですけど」
「御堂が言っていたか? 第一遊撃隊に比べて、大所帯だと。御堂のところは、よくも悪くも少数精鋭にこだわっているからな。俺とは隊の運営に対して、根本的に考え方が違う」
 御堂が批判を口にしたように思われるのではないかと危惧して、和彦は返事ができなかった。南郷と話すとき、必要以上に己の発言には慎重になる。
 南郷は再び肩越しに振り返り、すぐに正面を向く。倣ったわけではないが、和彦も背後を振り返る。やはり、総本部を出たときにはいなかったはずの車が、ぴたりとついてきていた。ハンドルを握っているのは加藤だ。助手席には小野寺が。
 さきほど南郷が言っていた、彼らに和彦の身の回りの世話や護衛を任せるという話は、どうやら本気らしい。
「――心配しなくても、いきなりあいつらに危ない仕事を任せるわけじゃない。遊撃隊は一応は、保安部という部署に属していて、そこでみっちりと基礎を叩き込んでいる。上の人間を守るプロが揃っているからな。そのプロが、今のあんたを守っている。今日はあんたへの紹介も兼ねて、あの二人を呼んだんだが、せっかくだから近くで仕事ぶりを見て覚えろと言っておいたんだ」
 何もかも、和彦の知らないところで決定されることに、いまさらながら強い苛立ちを覚える。ただ悲しいことに、今のような生活を送り始めて、そういった感情を腹に呑み込む術を和彦は身につけてしまった。
 乱暴に息を吐き出すと、抑えた声音で応じる。
「……ぼくの生活に立ち入るようなことはしないでください」

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