血と束縛と

北川とも

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第38話

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「たまたま用があってここに立ち寄ったら、ちょうど先生が来ていると教えられたんだ。だったら、俺たちが送っていこうと。ああ、途中でどこかで昼飯を食おう。少し早いが、混み合って待たされるよりいい」
 一方的に話しながら南郷が片手を差し出し、廊下に出るよう促してくる。やけに微笑ましい表情でこちらを見ている藤倉の前であまり邪険な態度も取れず、やむなく和彦は従った。
 不本意だが並んで歩きながらエレベーターホールへと向かう。和彦としては、南郷と会話を交わすつもりはなく、黙ってエレベーターを待っていると、隣で南郷はスマートフォンを操作しながら話しかけてきた。
「さて、どこでメシを食おうか。せっかくだ。いい店がいいな。フレンチでも中華でも、寿司でもいい。とにかく美味いものが食いたい」
 突きつけられたスマートフォンの画面には、さまざまな飲食店を紹介するサイトが表示されている。ちらりと一瞥した和彦は、うんざりしながら応じた。
「……ぼくは、昼は手軽に済ませたいです。ですから、わざわざ南郷さんに送ってもらわなくても――」
「たまたま用があって、というのは方便だ。あんたに話したいことがあったから、総本部まで足を運んだ。なんと言われようが、送っていく」
 和彦は露骨に顔をしかめて見せたが、対照的に南郷は、歯を剥き出すようにして笑った。和彦が逆らえないと確信している、傲慢さに満ちた表情だ。


 ステーキの厚みにありありと不満を見せながら、南郷は意外なほど器用にナイフとフォークを扱い、肉を切り分けていく。和彦は、南郷と同じテーブルについて食事をしている状況に内心うんざりしながら、フォークにパスタを巻きつけた。
「遠慮しなくてよかったんだぜ、先生。あんたに金を使うのは惜しくないんだから、もっと高い店をリクエストしてもらってもよかった」
 芝居がかった動作で南郷がぐるりと周囲を見回す。落ち着かないほど広々として見通しのいいファミリーレストランは、南郷のような〈職業〉の男にとっては、落ち着かないのかもしれない。仕切りの側に座りたがっていたが、あいにく、すでに店内は混み始めていたため、南郷の希望は通らなかった。
「自分の分は自分で払います。――それで、ぼくに話したいこととは?」
 見るからに筋者である南郷と、こんな場所で長居はしたくない。和彦のそんな苛立ちを知ってか知らずか、南郷はのらりくらりと本題をはぐらかし続ける。さすがに腹に据えかねて険のこもった視線を向けた。
 怖いな、と揶揄するように呟いた南郷は、口にステーキを押し込む。肉を咀嚼する様に、なぜかゾッとするものを感じて、和彦はさりげなく視線を伏せた。
「最近、あんたが本部に立ち寄ってくれないと言って、オヤジさんが寂しがっている」
「……それは、申し訳なく思っています。ぼくも忙しくて。外で食事はご一緒したんですが」
「そういうことじゃないだろう。オヤジさんが言いたいことは」
 南郷が言わんとしていることを察し、食欲が失せた和彦はフォークを置いていた。
「あんたと直接会って、相談したいこともあるそうだし、近いうちに呼ばれるはずだ。そのときは、よっぽどのことがない限り、受けてほしい」
 和彦としても、守光に会って俊哉との関係について確かめたい。一人であれこれ推測したところで答えが出るはずもなく、結局、本人に問うしかないのだ。だからといって自分から行動を起こすこともせず、守光に呼ばれることを待っていた。
 自分の狡さと意気地のなさに、いまさらながら胸が悪くなる。和彦は唇を歪めると、グラスの水を一気に飲み干した。
 ふと気になることがあり、南郷に尋ねる。
「先日からほのめかされていたのですが、長嶺会長がぼくに相談したいことがなんなのか……、わかりますか?」
「さあ。オヤジさんは、あんたに関することでは秘密が多い」
 ウソだ、と和彦は心の中で呟く。守光の行動をサポートし、その守光がいないときは主のように傲慢に振る舞っている男が、わからないはずがない。
「気になるなら、会って本人に聞くしかないということだ」
「そう、ですね……」
 そう返事をしたところで和彦は、軽く眉をひそめる。
「あの……、ぼくに話したいこととは、本部に顔を出せということですか? それなら、わざわざ場所を移動しなくても、総本部で言えば済んだのでは」
「立ち話だと、簡単に受け流されそうだったからな。俺にとっては重要なことだ。オヤジさんの体調だけじゃなく、気持ちを慮るのも」
「受け流すなんてしません」
「だがあんたは、一刻も早く俺から離れようとするだろ。――いい加減、俺の存在にも慣れてもらわないと」

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