血と束縛と

北川とも

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第38話

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 思わず呼びかけて、逞しい背にぐっと爪を立てる。賢吾は驚いたように軽く目を見開いたあと、惚れ惚れするような鋭い笑みを浮かべた。
「性質の悪いオンナだ。まだ、俺を骨抜きにする気か」
「……な、に……?」
 突然、賢吾にきつく抱き締められたかと思うと、上体を起こされた。
 胡坐をかいた賢吾の腰の上に、繋がったまま跨る。自らの重みで一層深く欲望を呑み込み、背をしならせて和彦は仰け反ったが、賢吾にしっかりと抱き寄せられる。
「ひっくり返るなよ」
 笑いを含んだ声で賢吾が言う。下から突き上げられる圧迫感に和彦は慎重に息を吐き出し、抗議の意味を込めて、もう一度背に爪を立てた。すかさず腰を動かされ、内奥で欲望が蠢く。
「あっ……」
 賢吾の両手に尻の肉を鷲掴みにされたが、痛みが心地よくて、和彦は自らゆっくりと腰を揺らしていた。
 室内に、粘膜同士が擦れ合う音と、和彦の掠れた喘ぎ声、そして賢吾の荒い息遣いが響く。ときおり、和彦が爪先で布団を蹴る音も。
「――和彦」
 ふいに名を呼ばれて伏せていた顔を上げる。唇を塞がれて余裕なく舌を絡め合いながら、和彦は堪え切れずに、賢吾の引き締まった下腹部に欲望を擦りつける。中からの刺激で再び身を起こし、先端から悦びのしずくを垂らしていた。
「んんっ」
 繋がっている部分を強く指の腹で擦られて、和彦の背筋が痺れた。ここで舌を解いて唇を離すと、大きく息を吸い込む。内奥でふてぶてしく息づく欲望をきつく締め付けると、耳元で賢吾が低く呻き声を洩らした。体の内で感じる大蛇の分身はドクドクと脈打ち、限界が近いのだとわかる。
 和彦は、強い衝動に促されるように、大蛇の巨体の一部が彫られた肩にじわじわと歯を立てた。身じろいだ賢吾に腰を掴まれて内奥を突き上げられる。
「……俺は、度し難いほど、独占欲と執着心が強い」
 突然の賢吾の言葉に、息を喘がせながら和彦は笑ってしまう。
「よく知っているつもりだ」
「だから、お前を今以上にどうやって雁字搦めにして、逃げ出さないようにするか考える。――俺が、先生を養子にするというのは、最善で最強の手段だと思っている」
 汗で濡れた後ろ髪を掴まれて、無理やり顔を上げさせられた和彦は、賢吾の真剣な表情を目の当たりにする。
「何度も言うが、俺は本気だ。総和会とオヤジの、お前に対する執着ぶりを見ていると、ますますこう考えるようになった。俺の養子にして、お前に同じ姓を名乗らせたいってな」
 話しながら賢吾の指が、再び繋がっている部分をなぞってくる。さらに、すでに欲望を呑み込んでいる内奥に、その指を押し込んでくる。
「あっ、賢、吾っ……」
「俺だけの特別なオンナになれ。嫌か?」
 こういう問いかけは、いつもの長嶺の男のやり口だった。
「……そんな大事なこと、すぐには決められない」
「俺と一緒にいたくねーか?」
 この言い方は卑怯だと、和彦は賢吾を睨みつける。すると賢吾が苦い笑みを浮かべた。
「せっかく求愛しているのに、そんな怖い顔するな」
「えっ……」
「打算だけで言ってるんじゃない。オヤジの養子になっても、同じ姓にはなる。だがそれは違う。俺とお前とで結びつくことに意味がある。――……お前と一緒になりたいんだ」
 賢吾の言葉をじっくりと噛み締め、理解していく。確かにこれは、紛うことのない求愛だ。
 呆然とする和彦の唇を、賢吾が優しく啄んでくる。半ば条件反射のように口づけに応えながら和彦の胸に広がるのは、喜びよりも戸惑いだった。自分に佐伯の姓が捨てられるだろうかというより、佐伯家が捨てさせてくれるだろうかと真っ先に思ったからだ。
 長嶺組や総和会と深く関わっていると知りながら、電話越しに話した俊哉は怯んではいなかった。だからといって和彦と絶縁するつもりがあるようにも感じられなかった。俊哉は、無策のまま行動に出る愚かな人間ではない。
 長嶺の男たちに何かを仕掛けるつもりなのだとしたら――。
 和彦はヒヤリとするような恐怖を感じ、つい賢吾に問いかけた。
「……もし、ぼくがあんたの養子になったとしたら、佐伯家から恨まれるとは考えないのか?」
「俺が、佐伯家に挨拶に出向いたほうがいいってことか。息子さんをくださいと……」
「冗談を言ってるんじゃなくて、佐伯の姓を捨てたぼくはきっと、長嶺の家にとっても、組にとっても、厄介者になる」
「お前のことを最初に調べたときに、なかなか面倒な存在だとは感じた。それでも俺は手を出して、オンナにした。逃げ出さないよう、いろいろ策を講じてな。厄介だなんだと考える時期は、とっくに過ぎたってことだ。お前は物騒な男と組織の事情に首まで浸かって、立派にこちら側の人間になった。佐伯家のほうが、お前を厄介者として放り出してくれねーかと、正直願っている」
 ひどい言われようだが、腹は立たなかった。和彦自身、そう都合よくなってくれないだろうかと、頭の片隅では考えていた。
「――今はまだ答えられない。事情が変わる、かもしれないし……」
「変わりそうな心当たりが?」
「……わからない。でも、あれこれ考えてしまう。あんただって、この先事情が変わるかもしれないし」
 賢吾がふっと眼差しを和らげた。
「それは、俺の心変わりを心配してるのか?」
 和彦は返事ができなかった。会話を交わしている間も賢吾の二本の指が、じわじわと内奥に侵入していたからだ。内奥に収まっている己の欲望を擦り上げるように、賢吾が指を動かす。内奥がきつく収縮を繰り返し、いつもはない圧迫感を訴える。和彦は息を喘がせながら、ヒクリと下腹部を震わせた。
「美味そうに、俺のものと指を咥え込んでる。ひくついているのがよくわかる。健気だが、いやらしいな。もっと、欲しいんじゃないか?」
「無理、だっ……」
 賢吾の指に、中から内奥を広げるように刺激されながら、ゆっくりと緩慢な動きで腰を揺らされる。和彦は短く声を上げながら、圧迫感に慣らされ、感じていた。その証拠に、賢吾の腹部に向けて精を放ってしまう。
 耳元で賢吾が笑った気配がしたが、和彦は顔を上げることはできなかった。内奥から指が引き抜かれ、ほっとする間もなく腰を掴まれて乱暴に突き上げられる。
 少し待ってくれと弱々しい声で訴えたが、明らかに興奮した様子の賢吾の耳には入っていなかった。
 もしかすると、わざと聞こえないふりをしたのかもしれないが――。

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