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第38話
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驚きすぎて、すぐには声が出ない。和彦が顔を強張らせたまま黙っていると、賢吾は唇を緩めて、隣にドカッと腰を下ろした。このとき石けんの香りが鼻先を掠める。
「色気があったからな、オヤジは。そりゃもう女が放っておかなかった。中には、男も」
和彦が目を見開くと、賢吾はニヤリと笑う。
「男気に惚れる、ってやつだ。長嶺組の組長として容赦がなくて厳格だったが、一方で懐が深いところもあったんだ。面倒見もよくてな。俺は、オヤジのやり方を踏襲しているだけで、他人様から、さすがだと言われるようなご立派な組長というわけじゃない。……偉大すぎて、跡を継いだばかりの頃は、本当に苦労した」
「だったら……、千尋も苦労しそうだな」
ようやく発した和彦の言葉に対し、賢吾はなんともいえない表情を浮かべた。困惑したような、しかしそれだけではないような。もしかして照れたのだろうかと、賢吾の顔を覗き込みたい衝動に駆られたが、大蛇の尾は踏みたくないので、ぐっと堪える。
「それで、本宅にある古いアルバムを見たいなんて、いきなりどうしたんだ? 千尋の奴はちゃっかり、自分のアルバムも紛れ込ませているが」
「……長嶺の家のことを少し知りたいと思って。これからもっと――関わりが深くなっていくかもしれないし」
「いくかも、じゃないな。なっていくんだ。長嶺の男たち三人揃って、先生に骨抜きだからな。それはフェアじゃねーから、先生をズブズブに深みにはめている。逃げようなんて気が一切起きないように」
寒気がしそうなほど物騒なことを言っているくせに、耳に注ぎ込まれるバリトンは官能的で、甘い。おかげで和彦の背筋には、疼きが駆け抜けていた。
「まだ、満足しないのか……」
「鷹津のこともあったし、知り合ったばかりのいたいけな男子高校生と深い仲になったのは、誰だ?」
和彦が唇をぐっと引き結ぶと、おもしろがるような表情をした賢吾が、その唇に軽く噛みついてきた。慌てて肩を押し戻す。
「ぼくはまだ、アルバムを見てるんだっ」
「こんなもの、いつでも見られるだろ。なんなら貸してやる」
「簡単に言わないでくれ。長嶺家の大事なものだろ」
「――先生のほうが大事だが」
臆面もなく断言され、瞬く間に和彦の顔は熱くなる。おそらく赤くもなっているだろう。賢吾は楽しげな様子で一緒にアルバムを覗き込みながら、和彦の髪にそっと唇を押し当てた。
「オヤジの写真ばかり見てないで、俺の若い頃の姿も見てくれたか?」
「……まだだ」
ささやかなウソをついてしまったのは、紛れもなく嫉妬のせいだ。鋭い男はそのウソをあっさりと見抜いた。
「可愛いな、先生」
そう言って和彦の髪にまた唇を押し当てる。
「俺の結婚式の写真もあっただろ。千尋の母親のものはほとんど処分したが、写真ぐらいはな。これも、長嶺の歴史の一部だ。――今は、先生と築いている」
今日の賢吾はやけに甘い。いや、ここ最近、ずっと和彦に対して甘いのだ。
アルバムから顔を上げると、間近から大蛇の潜む目がじっと見つめていた。さらに距離が縮まり、目元に息が触れ、次いで唇が押し当てられた。心地よさに、微かに吐息をこぼすと、あごを掬い上げられた。
焦らすように上唇と下唇を交互に優しく吸われながら、口づけの合間に賢吾に言われる。
「千尋と約束しているらしいな。写真を一緒に撮ると」
そんな約束をしていたなと、和彦は思い出す。つい笑っていた。
「あんたになんでも報告するんだな、千尋は」
「報告じゃねーよ。自慢されたんだ。いいだろ、と言って」
「……本当に仲がいいな。あんたたち父子は」
下唇にそっと歯が立てられ、身震いしたくなるような疼きを感じる。後頭部に大きな手がかかり、和彦の官能の扉を開くための作業はすでに始まっているといわんばかりに、髪の付け根を荒っぽくまさぐられる。たまらず和彦は小さく喘ぎ声をこぼしていた。
「撮るなら、俺も一緒だ。きちんと正装して、写真館で」
「どういう理由で撮るんだ?」
この問いに対する答えはなかった。アルバムを閉じた賢吾に腕を取られて立ち上がると、もつれるような足取りで隣の部屋へと移動する。すでに布団が敷かれており、その上に押し倒された。
荒々しい手つきで帯を解かれて、浴衣の前を開かれる。こうなることを期待していたわけではないが、浴衣を脱がされながら和彦は、眩暈がするような高揚感に襲われていた。下着も引き下ろされて足から抜き取られる。
何も身につけていない姿となった和彦を、賢吾が目を細めて見下ろしながら、慰撫するようにてのひらをまず首筋に這わせてきた。肩先から腕へとてのひらが滑り、胸元にも押し当てられる。
「鼓動が少し速いな。もう興奮しているのか?」
「色気があったからな、オヤジは。そりゃもう女が放っておかなかった。中には、男も」
和彦が目を見開くと、賢吾はニヤリと笑う。
「男気に惚れる、ってやつだ。長嶺組の組長として容赦がなくて厳格だったが、一方で懐が深いところもあったんだ。面倒見もよくてな。俺は、オヤジのやり方を踏襲しているだけで、他人様から、さすがだと言われるようなご立派な組長というわけじゃない。……偉大すぎて、跡を継いだばかりの頃は、本当に苦労した」
「だったら……、千尋も苦労しそうだな」
ようやく発した和彦の言葉に対し、賢吾はなんともいえない表情を浮かべた。困惑したような、しかしそれだけではないような。もしかして照れたのだろうかと、賢吾の顔を覗き込みたい衝動に駆られたが、大蛇の尾は踏みたくないので、ぐっと堪える。
「それで、本宅にある古いアルバムを見たいなんて、いきなりどうしたんだ? 千尋の奴はちゃっかり、自分のアルバムも紛れ込ませているが」
「……長嶺の家のことを少し知りたいと思って。これからもっと――関わりが深くなっていくかもしれないし」
「いくかも、じゃないな。なっていくんだ。長嶺の男たち三人揃って、先生に骨抜きだからな。それはフェアじゃねーから、先生をズブズブに深みにはめている。逃げようなんて気が一切起きないように」
寒気がしそうなほど物騒なことを言っているくせに、耳に注ぎ込まれるバリトンは官能的で、甘い。おかげで和彦の背筋には、疼きが駆け抜けていた。
「まだ、満足しないのか……」
「鷹津のこともあったし、知り合ったばかりのいたいけな男子高校生と深い仲になったのは、誰だ?」
和彦が唇をぐっと引き結ぶと、おもしろがるような表情をした賢吾が、その唇に軽く噛みついてきた。慌てて肩を押し戻す。
「ぼくはまだ、アルバムを見てるんだっ」
「こんなもの、いつでも見られるだろ。なんなら貸してやる」
「簡単に言わないでくれ。長嶺家の大事なものだろ」
「――先生のほうが大事だが」
臆面もなく断言され、瞬く間に和彦の顔は熱くなる。おそらく赤くもなっているだろう。賢吾は楽しげな様子で一緒にアルバムを覗き込みながら、和彦の髪にそっと唇を押し当てた。
「オヤジの写真ばかり見てないで、俺の若い頃の姿も見てくれたか?」
「……まだだ」
ささやかなウソをついてしまったのは、紛れもなく嫉妬のせいだ。鋭い男はそのウソをあっさりと見抜いた。
「可愛いな、先生」
そう言って和彦の髪にまた唇を押し当てる。
「俺の結婚式の写真もあっただろ。千尋の母親のものはほとんど処分したが、写真ぐらいはな。これも、長嶺の歴史の一部だ。――今は、先生と築いている」
今日の賢吾はやけに甘い。いや、ここ最近、ずっと和彦に対して甘いのだ。
アルバムから顔を上げると、間近から大蛇の潜む目がじっと見つめていた。さらに距離が縮まり、目元に息が触れ、次いで唇が押し当てられた。心地よさに、微かに吐息をこぼすと、あごを掬い上げられた。
焦らすように上唇と下唇を交互に優しく吸われながら、口づけの合間に賢吾に言われる。
「千尋と約束しているらしいな。写真を一緒に撮ると」
そんな約束をしていたなと、和彦は思い出す。つい笑っていた。
「あんたになんでも報告するんだな、千尋は」
「報告じゃねーよ。自慢されたんだ。いいだろ、と言って」
「……本当に仲がいいな。あんたたち父子は」
下唇にそっと歯が立てられ、身震いしたくなるような疼きを感じる。後頭部に大きな手がかかり、和彦の官能の扉を開くための作業はすでに始まっているといわんばかりに、髪の付け根を荒っぽくまさぐられる。たまらず和彦は小さく喘ぎ声をこぼしていた。
「撮るなら、俺も一緒だ。きちんと正装して、写真館で」
「どういう理由で撮るんだ?」
この問いに対する答えはなかった。アルバムを閉じた賢吾に腕を取られて立ち上がると、もつれるような足取りで隣の部屋へと移動する。すでに布団が敷かれており、その上に押し倒された。
荒々しい手つきで帯を解かれて、浴衣の前を開かれる。こうなることを期待していたわけではないが、浴衣を脱がされながら和彦は、眩暈がするような高揚感に襲われていた。下着も引き下ろされて足から抜き取られる。
何も身につけていない姿となった和彦を、賢吾が目を細めて見下ろしながら、慰撫するようにてのひらをまず首筋に這わせてきた。肩先から腕へとてのひらが滑り、胸元にも押し当てられる。
「鼓動が少し速いな。もう興奮しているのか?」
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